ナージェの買い物


「うわぁーーーー。すげえ······」


見上げる程に大きな建物の前に立って、俺はそんなことしか言えなかった。入り口と思われる扉は出入りする人々によってひっきりなしに動き続け、正面のガラスケースに飾られた鎧や武具の数々は、まるで護衛の騎士のようだ。


『装備品ギルド』


デカデカと掲げられた看板には、飾りっ気のない文字でそう書かれていた。

ギルドということは、それだけ格が高いということ。そこいらの商人が小さく商品を並べる時も、武器や防具は扱われている。しかしそれらはあくまでも審査に通っていない物が多く、粗悪品を買ってしまっても文句は言えない。


だが『装備品ギルド』に加盟している店や団体が出品する物は、どれも厳しい審査に通ったものだ。故に性能面や保証面は限りなく完璧であり、御高いことを除けば、完璧であると言える。


そう、御高いのだ。


普段の俺であれば、そもそも『装備品ギルド』に立ち入ろうとすらしないだろう。安い小物ですら銀貨数十枚は下らず、鎧一式揃えようものなら、金貨が吹き飛ぶ。

だが―――と胸を張るのも可笑しいが、今の俺には借金した銀貨32枚がある。


俺の戦い方は、素早さにものを言わせた手数でのごり押し。故に鎧などは必要なく、むしろ邪魔なだけである。今日買いに来たのは、籠手だ。普段使っている籠手がとうとう壊れてしまったため、"小物"に分類される籠手の新調をするのだ。


「いや、セラ。本当にごめん。そしてありがと」


念のためもう一度感謝の意を示した後、俺は恐る恐る『装備品ギルド』へと足を踏み入れた。


「「「いらっしゃいませ!」」」


タイミング、角度、声の調子。

入店早々俺を出迎えたのは、全てを計算し尽くされた完璧な挨拶。それだけで、自分が貴族にでもなったんじゃないかと錯覚してしまうそうな程に、完璧だった。


「装備品ギルドへようこそ。本日は、どのようなご用件でしょうか?」


案内人の1人だろうか?スーツを着た人当たりの良さそうな青年が、俺が入店した瞬間にそう言った。あまりの行動力に思わず度肝を抜かれるが、仕事が早いのは嫌いじゃない。


「今日は、籠手の新調に来ました。以前は安物を使っていたんですけど、この間壊れてしまって。予算は銀貨32枚なんですけど、俺に合う物って有りますか?」


「銀貨32枚ですか······。分かりました。良いものを見繕いましょう。こちらになりますので、着いてきて下さい」


いくら籠手だけとはいえ、それも命を守るもの。流石に銀貨32枚では、候補が絞られてしまうようだ。だが、それすらもセラに借りたお金。自分の無力さを押し付けられるようで、つくづく惨めな気持ちになってくる。


俺の案内をしてくれる人の後ろについていくこと数分。

大きなギルドであるだけあり、移動にはそれなりの時間を費やした。そうして到着した場所には、形や大小様々な籠手が飾られていた。


「少々お待ちください」


そう言った案内人は、立て掛けられている籠手の選別を始めた。どうやら俺の要望に合うものを選んでいるらしい。だが中々見つからないのか、右に左に行ったり来たりだ。


「お客様のランクはどれくらいでしょうか?参考までにお伺いしたいのですが······」


下位のランクでは、危険な魔物とは相対しない。それ故粗末な装備でも命の危険はないのだ。そして俺くらいの年齢では基本的に、Dランクになりたての奴等が多い。なので案内人は、ランクに応じた防御力が低い物を選ぼうとしているらしい。


「ええと······Bランクです」


「え?」


あ、案内人の手が止まった。ちょっと待って。流石にこれは酷いぞ。


「本当に?Bランクなのか?!」


おい。敬語を置き忘れてるぞ。

そして案内人が大声を出したせいで、周囲の注目を浴びてしまった。俺のような20歳にも満たない子供がBランクであることに、信頼が持てないようだ。


「はい」


そう言って、俺は懐からギルドカードを取り出した。案内人は俺が出したギルドカードを数秒間凝視した後、ガックリと肩を落とした。


「お客様······。どのような事情で銀貨32枚しか持ち合わせていないのかは存じませんが、それではBランクの戦場に見合う品を購入出来ません。最低でも銀貨60枚は必要かと」


「そうですか······」


だとしたら、仕方がない。籠手以外に買うべき防具はないし、そもそも選べるだけの金を持っていない。帰るしかなさそうだ。


そう思って体の向きを変えると、不意に視界の端―――下の方にトンガリ帽子が見えた。

この特徴的なトンガリ帽子は、ナージェの物か。


「ナージェ、こんなところで何してるんだ?」


「―――っ?!ああ、フェイルなの。ナージェはい―――うぶっ」


あー、そうだった。ナージェは知らない、もしくは馴染みのない人と会話すると、猛烈な吐き気に襲われるちょっと変わった人見知りだったんだ。


「いや、いい!これ以上話すな!」


俺が懸命にナージェを止めると、ナージェは呼吸を落ち着かせるためにペッタンこな胸に手をあてた。


「イテっ」


「フェイルが、酷いこと考g」


やはり、ナージェの言葉が途中で止まる。


「大丈夫か?」


「―――――――――――うん」


長い、とてつもなく長い間を開けて、ナージェがゆっくりと頷いた。

そしてその一連の流れを見ていた案内人が、唐突に口を開いた。


「お二人は、カップルなんですか?」


「は?」


「ちがっ······そんなんじゃ―――」


突然の言葉に、俺は唖然として口を開くしかなく。

ナージェに限っては、何時もの人見知りは何処へ行ったんだと言うほどに、切羽詰まった感じで反論しようとしていた。


だが俺たちのその反応は、次に案内人が発した言葉によって、呆気なく打ち砕かれた。


「只今、カップル割引というものを実施しておりまして。カップルのお客様に限って御一人様銀貨25枚分の金額が割引されます」


「カップル。カップルなの――!」


その言葉に必死に食らいつくナージェは?金が無いのだろう。


その後なんやかんや案内人を言いくるめて、ナージェは上物のローブを買った。

俺もギリギリ注文に合うものを見つけられ、予算内で購入出来た。


そして『装備品ギルド』のそとにて。


「ブクブク······」


俺にお礼を言おうとしたナージェが、呆気なく泡を吹いてしまった。



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