動き出す者たち


「はあ、はあ、はあ。流石に疲れた。これ以上は踏めない。」


剣の柄を踏みすぎた足をいたわるように、ゆっくりとその場に座り込む。今更足の裏が発する痛みに顔をしかめるが、思えば金属を足蹴していたのだ。痛くて当然だろう。


「でも、改めて見ると良い剣だよなあ。」


眼前に映る黒剣の柄を握り、(いい感じに刀身の半分が地面に埋まっていて、選定の剣に見える)疲労が溜まった身体を刺激しないよう、ゆっくりと引き抜く。


一切の抵抗なく、地面からスルリと剣が抜ける。その事実が恐ろしいまでの切れ味を代弁しており、あれ程地面に打ち付けてなお、刃こぼれ一つ無いことも加味すると、恐らくは上級冒険者ですら御目には掛かれないような業物だろうか。


ダンジョン内部の薄暗い明かりを鈍く反射する刀身には、白銀色の装飾が細部まで施されており、柄には滑り止めの黒い布が巻かれている。


この剣を手にして、数多の戦場を駆け抜けたい。しかし、俺程度の実力者では、剣の性能を十全には発揮できないだろう。そんな終わりなき思考のループに陥り始めた時、ラーシェに後ろから声を掛けられた。


「あるじー。宝箱の中に、まだ何か入ってるよ。何だこれ?」


そう言ってラーシェが宝箱から取り出したのは、形からして恐らくこの剣の鞘だろう。刀身とはうって変わって飾りっ気の無い、シンプルなデザインだが、色の基調だけは同じく黒だ。


「ラーシェ、それは鞘だ。仕舞ってみたいから、貸してくれないか?」


俺の言葉に従って剣の鞘を渡すかと思いきや、ラーシェはそれを舐めるという狂行に出た。


「へー。そういう効果なんだ。あるじー。この鞘はね、戦闘してるとき限定で、納めた剣に魔力を込められるみたいだよ。特殊効果がある武器だから、一応は魔剣の類いだね。」


何故だか当たり前のように口にするラーシェだが、魔剣というのは物によっては国宝になったりもする。どんなに弱くても、一財産にはなってしまうのだ。どうしよう。売りたいけど、売りたくない。自分で使いたい。


「てかどうして鞘を舐めたんだ?普通に考えて、汚いだろ。ってほら!鞘の表面に、よだれが付着したままじゃんか?!やめろって、俺に渡す前に拭け!」


しかし俺の必死の努力も虚しく、ラーシェは鞘についているよだれを、俺の頬につけてきた。


「やったあ!あるじのファーストよだれ間接キス、いっただき~♪ラーシェちゃん、大勝利!お外――――」


「それ以上喋るなーーー!!」


何でか分からないが、これ以上の言葉を紡がせてはいけないような気がした。だから、取り敢えずラーシェの後頭部をチョップし、それから靴を脱いでその靴裏で頬を拭う。


その様子を見ていたラーシェが、驚愕に目を見開いた。

「ちょっ?!あるじ何やってんの!ボクのよだれが神々しすぎて、頭のネジがパッパラパーになっちゃったの?!」


「ん?どうかしたのか。俺は頬についたバードうんちを綺麗にしてただけだよ。」


「ひどっ?!ボクのよだれが、鳥の糞以下だって言われたよ!しかもあるじの目が本気すぎて、『いやだなぁ~。あるじはツンデレラさんなんだから♪』なんて言おうものなら、何をされるかが分からないよ!ねぇ?何で剣の柄を握ってるの?ちょ、ちょっと待ってって?!素振りなんかしなくても、別に問題は無いんだよ!」


俺はストレッチしてるだけなのに、何故かラーシェは謝り始めた。


「そんなことより、何でラーシェはさっき、この鞘の効果が分かったんだ?俺も出来たりするスキルか?」


「うわぁ、ボクの嘆きが露骨に無視されたよ。」


肩をがっくりと落として落ち込むも、ラーシェはすぐに立ち直った。


「あるじも出来るよ。【スライム鑑定】って言うスキルを使ったんだよ。このスキルは、対象物の表面を舐めとることによって、情報を手に入れるんだ。生命の源に近ければ近いほど色々と分かるから、ボクがあるじのち――――」


「だぁあらっっっしゃぁぁぁぁぁああ!!!!!」


笑顔のラーシェがとんでもないことを言い出す前に、俺はラーシェに向かってそこいらに転がっていた大岩を投げ飛ばした。風を切り裂く勢いを持ってラーシェに突撃したそれは、着弾と共に大きな衝撃波と土煙を発生させた。


そのままラーシェを放置して帰路につくこと数十分。俺の視界が脇道に入っていったゴブリンを捉えた。すぐに視界から外れてしまったが、場所は覚えている。冷静にゴブリンの後を追い、最後の角を曲がってゴブリンと戦うために剣の柄を握ると同時に、ラーシェがゴブリンの顔を鷲掴みにして、地面に叩き落とす光景が見えた。


「え?」


「あ、もう終わっちゃったよ?」


なに食わぬ顔でそう言うラーシェに対し、俺はもうゴブリン狩りを諦めていた。


「そうですか。ラーシェはゴブリンを見たら、ゴブ・即・斬なんですか。はいはい、分かりました。」


俺はラーシェに対する更正処置を諦め、おとなしくギルドに帰ることにした。










樹木が生い茂ることのない、荒廃しきった魔族領の最果て。その一角に建っている螺旋状の塔。最上階はおろか、塔の半ばから上は雲に隠れていて、その全貌を拝むことは叶わない。


外部からの侵入を拒むかのように空を行き交うガーゴイル達は、それぞれがA級冒険者と同等の力を有していて、地を這う土龍にいたっては、人知を超えた規格外だ。


魔王の塔と呼称されるこの塔は、人類の大敵である魔王をはじめとし、その幹部や重要人物が住まう――――魔族領の王宮。


そして現在、その魔王の塔にある会議室は、おも苦しい雰囲気に包まれていた。


「どういうことじゃ?わしには難しいことは、さっぱり分からん。もっと分かりやすく言ってはくれんか?」


円卓を囲うように設置された十個の椅子。その中でも最も豪奢な椅子にふんぞり返って座っている少女は、右隣の女に命令した。


「はい。それではもう一度説明を改めましょう。まず、人間領にはダンジョン都市という、ダンジョンを町で囲った場所があります。」


「いや、待て待て!何を言っているのかが、さっぱり分からん!もっと分かりやすく言わんか!」


円卓を無遠慮に叩く少女だが、この場においてそれを止めようとするものは、一人もいない。皆「ああ、また始まった。」といった表情を浮かべているだけだ。


「ここをこーして、あそこはこうか。えーと、つまりですね。町の中にダンジョンがあるんです。だからそこでスタンピートを起こせば、人間は大打撃でしょう?」


魔力で空中に説明の絵を描き、懇切丁寧に少女に話し掛ける女。これくらい噛み砕けば、少しは分かるようだ。少女は、ンムムム、と呻きながらも、何とか思考を追い付かせる。


「そう考えて、ダンジョン内部に合計四千匹のスライムを用意したんです。」


それを聴いた他の幹部たちが、口々に女を賞賛した。


しかし


「そのスライム達の反応が、突如無くなりました。一匹残らず、戦闘の兆候すら無くです。」


「なんと・・・・・・それは誠か?」


少女が女に聞くと、女は「はい、間違いありません。」と答えた。


女は、更に口を開く。


「私とてスライム達の長です。長には長の役目があります。魔王様、どうか私に直接調べさせては頂けないでしょうか?お願いです!」


相手が魔王であるとはいえ、自分の誇りと矜恃を絶対としている幹部が、頭を下げた。その効果は絶大だ。反対をした幹部を一瞬で黙らせ、魔王を頷かせた。


(ダンジョン都市で、何かが起きている。調べなければ。)


女は決意を新に、ダンジョン都市へと出発する準備を始めた。

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