俺はゴブリンに復讐する


ここはダンジョンの第三層。

その道中で、俺はラーシェと歩いている。


「なあラーシェ、このあと帰らないでゴブリン狩りしてもいいか?この体の試運転をしたいんだけど。」


『いいよ。あとね、さっきあるじがスライムを沢山テイムした時に、【酸弾】が使えるようになったんだ。あるじも使えるか確かめてくれない?』


「【酸弾】ねえ。」


何となく壁に手を向けると、手の平から勢いよく黄色い液体が射出され、その液体を被った壁がシュウシュウと音を立てて溶け出していく。もくもくと沸き上がる煙の臭いは、物が溶けたとき特有の臭さを感じさせていて、不快な気分になりそうだ。


「うわあ、俺のスキルがどんどん人外じみてきてるよ。もっとマシなスキルは無いのかよ?」


―――ィィン。


ん?

突如聞こえてきた音を拾おうとして耳を澄ますと、ラーシェがヨジヨジと俺の体をよじ登ってきて、耳元で囁いた。


『この先で人間とゴブリンが戦ってるみたいだよ。ボクは遠くからでも見えるけど、あるじは見えないでしょ?ボクのスキルの中に【索敵】っていうスキルがあるから、使ってみるといいよ。すぐに分かるから。』


「【索敵】な。了解了解。」


周囲を岩の壁に包まれているだけの簡素なダンジョン内部だが、それ故音がよく響く。よーく目を凝らすと、人間とゴブリンが戦っているのがぼんやりと見えてきて、それに合わせて微かに剣戟の音が耳に届いてきた。


状況をしっかりと把握するために【索敵】を使うと、一歩を踏み出すたびに自分を取り巻く周囲の動きがゆっくりになっていき、それと比例するかのように、俺の動きが速くなっていく感覚に陥る。自分と世界が隔絶してしまいそうな、そんな曖昧な思考回路の中で、俺の視界がはっきりと戦いの様子を捉え、俺の耳が地面を伝わる足音すらをも拾い上げる。


「くそっ!数が多すぎるだろ、そっちはまだ保つか?!」


「分からない、あと少しなら!!」


「やべっ!こっちが抜けられた!!後衛陣気を付けろ!!」


聞こえた音によると、人間の数は全部で六人だ。その内前衛として防衛線を張っているのが三人で、残りの三人は防衛線の内側から魔法で応戦していたようだが、いかんせんゴブリンが多すぎる。総勢二十七匹で襲い掛かってきたら、初層を探索するような冒険者では抑えられないだろう。


防衛線を突破したゴブリン、その数七匹が後衛の三人に斬りかかる。二人は手持ちの杖で応戦したが、残った一人の杖は既に折れていたようで、只立ち尽くしている。


「コリー!!」前衛の一人が庇おうとするが、次々と迫り来るゴブリン達に邪魔されて、動くに動けない様子だ。座して死を待っている冒険者の少女に群がる三匹のゴブリンが、それぞれ剣を振り上げて今にも襲い掛かろうとしている。それが届く直前、俺は一匹のゴブリンを鷲掴みにして、地面に叩き付けた。


グチャァッ!! ドゴォーン!!


そのゴブリンの頭部が血飛沫をあげて弾け飛び、地面に数十センチのクレーターが形成される。そこで止まらずに、少女を左から殺そうとするゴブリンの剣を投げた石で弾くと、それを乱暴に取り上げて袈裟斬りにし、その勢いを利用して体を一回転させてゴブリンの肩に着地し、登頂部から剣を突き入れた。


崩れ落ちるゴブリンの肩から飛び降りると俺は、ゴブリンと杖で打ち合っている二人に加勢。近くにいた方のゴブリンを後ろから切り飛ばし、もう一匹を回し蹴りで昏倒させる。あとの二匹は俺の戦いぶりを見て逃げていったからそのまま放置する。


「俺は冒険者だ!死人が出そうだったから助けに来た!防衛線を抜けた七匹は全て片付けたから、撤退戦の準備をしろ!!俺が殿をするから、十五秒で隊列を整えてくれ!」


「は?お前はだれ――――」


「そんなのは後だ!!早く逃げる準備をしろ!!!」


以前ゴブリンに殺されかけた経験が、俺の中でかなりのトラウマになっているようだ。有無を言わさずとばかりに叫ぶ俺に気圧された前衛の男が、「分かった。みんな、今すぐに逃げる準備を整えてくれ!!十五秒後にここを離れる!!」と仲間に言い聞かせた。


十五秒きっかりで逃げ始めた六人の後ろについた俺は、耳元にラーシェを配置させる。


「俺よりもラーシェの方が【索敵】が上手いだろ?目につくゴブリンは俺が殺すから、ラーシェは飛んでくる矢の方向を教えてくれ。」


『分かったよ。でもさー、あるじー?それだけじゃ暇だから、ボクも【酸弾】でゴブリン狩りしてもいい?』


「ああ、助かる!」


逃げる俺たちを追い掛けてくる二十匹のゴブリン達。その最初の三匹が剣の一つも持たないで俺に掴み掛かろうとしてきた。俺はその内の一匹の足を払って転ばせ、もう一匹がそれに躓いて転ぶ。更に追撃せんと残りの一匹のゴブリンに斬り掛かろうとして、突如耳元でピシュウ!と小さな風切り音が響いた。次の瞬間、ゴブリンの上半身と下半身がぱっくりと断裂されて崩れ落ちていく。


『やったーー!あるじあるじ!!今の見た?!ボクが一匹殺したよ!!』


「お、おう。そりゃあ随分とエキセントリックなことで・・・・・・。――――てか俺の自慢の黒髪が溶けたらどうすんだよ!?」


『別に平気だよーー?当たったりしないかっら!!』会話の途中で力んだと同時に伸びた触手から、黄色い液体が目にも留まらぬ速さで射出され、後方を走る四匹のゴブリンが肉塊と化した。まだほとんど核と変わらないくらいには弱っているはずなのに、それにしてもこの強さ。俺は改めてラーシェがエンペラースライムであることを実感した。


『あるじの髪の色って、どちらかと言うと少し青色っぽくない?』


「そうか?そんなこと無いと思うけどっな!!」俺に追い付いたゴブリンの腹を蹴り飛ばし、そのせいでゴブリンが空振った剣を空中でキャッチする。その剣をゴブリン達に投げ付けると、三匹が串刺しにされて即死した。


「よし、あと九匹だ!!」

思いのままにゴブリンを殺せるようになった俺がはしゃいでいるたとき、冒険者達は思い思いに驚愕していた。


「すげえ、あのガキ従魔と談笑しながらゴブリンを片手間で殺してやがる。」


「あの人は何ランクでしょうか?Bランク位はありそうですけど、それにしてはあんな人見たことありませんし。」


「肩にいる従魔は、見た感じスカイスライムだな。だとすると、あいつの実力はほとんど自力で得たものだろう。」


「――――――――――――――すごい。」


「あの水魔法って、法級クラスの[エアリアスプラッシュ]じゃないですか?だとしたら彼って、【水魔法=技】以上のスキルも持っていることになります!」


魔法のクラスとは、その魔法の強さを表すもので、下から下級、中級、上級、技級、法級、極級、神話級まであり、人間が扱えるのは極級までと言われていて、上位の龍種でようやく神話級が使える。ちなみに、賢龍が使った転移魔法は神話級を越えた、ロストマジックとされていたりする。


何か色々言ってますけど、本っっ当!!にごめんなさい!!全部スライム、ス・ラ・イ・ムなんですよ!!


『あるじ!!三時の方向から二秒後に矢が飛んでくるよ!!』


ラーシェの言葉で現実に帰ってきた俺は、三時の方向に耳を傾けて、【索敵】を発動した。強化された聴力がヒュオ!!という音を拾い、それにあわせて右手を顔の目の前で握り締める。すると、俺の手には矢が掴まれていた。


「あいつ矢を掴んだぞ!?いよいよ何者だよ!!」


「そんなことよりも、中立エリアが見えてきたぞ。あと少しだから、みんな頑張れ!!」先頭を走るリーダー格の青年が叫び、皆が頷いて更に速く走り出す。それを受けて俺も、【酸弾】のスキルで出現させた溶解液の表面を、【硬化】のスキルで固めて即席の酸爆弾を作り、投げることで足止めをする戦法に変える。それを十回程繰り返したとき、ふと思い付いた。


「ラーシェ、体をY字に変形できるか?出来たら今すぐにやってほしい。」


『Y字って人間で言うところの、尻軽女が簡単に股ぐらをおっ広げた感じの形?』


「あってるけど、あってるけど!!もっとマシな言い回しはなかったのか?!」

文句を垂れながらもY字になったラーシェを掴むと、パチンコの要領で酸爆弾を発射していく。


とうとう中立エリアに到着すると、ゴブリン達は境目のラインを越えずに帰っていった。


「ああーーー!マジで緊張したあ!!!助かったぜ!」リーダー格の青年とは別の金髪チャラ男が、糸を切らしたかのように座り込んでそう言うと、他のメンバーも次々に座り込んでいく。


しかし、そのなかでも座らない女の子が一人いて、その、全身を黒い魔女っ子服で包んで、さらにトンガリボウシまで被った女の子は、「――――――ありがと。」と言った。帽子を深く被っているから、その表情は窺えなかったけど声色からしてお礼を言っているようだ。


「そうだぜ、お前がいなけりゃ俺たちは死んでたんだからな!ありがとさん、俺はタールってんだ。宜しくな!!」俺よりも十センチ程身長が高いチャラ男は、そう言うと手を出してきた。チッ。近くでよく見ると、こいつワイルドイケメンじゃないか。チッ。大事なことだから三回言うぞ。チッ。


「俺の名前はフェイルだ。このダンジョン都市で冒険者をやっている。今日はたまたま通りかかってんだ。間に合って良かったよ。で、魔女っ子さんは何時まで俺の前にいるんだ?」チャラ男の手はムシムシ。


「――――――」


何も言わない。


「――――――」


魔女っ子は、何も言わない。


何も言わない魔女っ子に何て話し掛ければいいのか悩んでいると、青い髪の毛をショートボブに切り揃えて白いローブを着た女の子(多分俺と同い年くらい)が話し掛けてきた。


「ナージェちゃんは極度の人見知りなんですよ。だから、今フェイルさんに話し掛けたときに気絶しちゃったみたいです。いや、今日は頑張ったんですよ?いつもは初対面の人と目を会わせるだけで、口から泡を吹いてぶっ倒れるんですから。」


「はあ?」


さすがににわかに信じられなくてナージェの方を見ると、リーダー格の青年に担がれていた。どうやら本当に気絶しているらしい。


ナージェを担いだままのなんともシュールなリーダーは、ナージェを担いだまま俺に頭を下げて、ナージェを担いだまま礼を言った。


「本日は本当にありがとうございました。フェイルさんがいなければ、僕たちは本当に死んでいたでしょう。このお礼はいつかしますので、今は地上に戻ってギルドに報告に行きましょう。」


「あっ。」

どうしよう?パワー全開で戦っちゃった。ゴブラーでスライマーな俺がこんなに強かったらおかしいだろうに。まあいいか。あとで考えよう。


俺の今後を嘲笑うかのように、何時までも担がれているナージェがプラプラと揺れ動いていた。

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