龍誕祭

終わりの中でも


ミラに別れを告げられてから、あっという間に8ヵ月という膨大な時間が過ぎた。


別れてから初めて失ったものの大きさに気付くとはよく言うが、正にその通りだ。俺は、傷つき打ち砕かれて、ようやくミラの大切さを実感した。


これ以上ないくらいに、ミラのことを好きでいた。そう思っていたが、現実は無情に事実を押し付ける。それは、ミラのことが好きだったとかもあるけど、それよりも、ミラが俺の生命線だったということだ。


あれからの生活は、本当に地獄のようだった。ミラから逃げるようにしてダンジョン都市に移住して素性も隠したが、自分1人じゃろくに魔物を倒すことも出来なかった。貯金を崩して生活を続けていく内に、だんだんとその水準が下がっていく。


借りたボロボロな家には、三ヶ月で住めなくなり、その後宿を転々とした。一日一日の食費と宿代を稼ぐために毎日ダンジョンに潜る生活を送った。


そんな俺を見て、以前の俺のことを知っている周囲の冒険者は『女勇者のすねかじり』というあだ名を付けたくらいだ。今ではゴブリンかスライムしか討伐していない。俺一人で倒せる魔物など、たかがその程度だ。


パーティーを組むことも考えたが、どこのパーティーも今さら俺を入れなければやっていけないほど、弱くはなかった。


お陰様で、俺のギルドプレートのライブラリーの討伐数は、ゴブリンが1867匹で、スライムが3084匹になってしまった。そのせいか、俺は他の冒険者から親しみを込めてゴブラーとかスライマーとか呼ばれるようになり、今も常時解放クエストであるゴブリン10匹討伐とスライム20匹討伐の達成報酬を貰うところだ。


「まぁーた常時クエやってたんですか?そろそろコボルトくらいは殺せるようにならないと、このままじゃやっていけませんよ?」


困った表情を浮かべながら俺に報酬の銀貨2枚を手渡してくれるのは、 ダンジョン都市のギルドの受付をやっているマリアさんだ。


受け付けカウンター越しに座っているからいまいち分からないが、マリアさんの身長は165センチメートルと以外に大きい。ちなみに俺の身長は169センチメートルだったりする。

スラッとしたスレンダーな体型は引き締まって魅力的に見え、頂上的な美貌や艶やかな黒髪、仕事熱心なことと相俟ってマリアさんを引き立てている。そんなマリアさんは周囲から見たらいい女らしいけど、俺にはよく分からない。だって残念だから。


「別に構いませんよ。冒険者としてのしあがることが目的じゃありませんから。毎日の食費を稼いでるだけですよ、今日の宿屋のメニューであるシチューを食べるためのお金を。」


「そんなに毎日シチューが食べたいのなら、いっそ宿屋のセラさんとくっついちゃえば良いじゃないですか?一人娘で16歳、まだ結婚相手もいないそうですし。結構いい人だと思いますよ?」


クエストの斡旋やアドバイス以外の場面で、受付嬢が冒険者に関わることは基本的にない。だが、俺がこのダンジョン都市に移住した当初から、マリアさんは何かと俺を気にかけてくれる。有難い存在だ。でも、俺があの『女勇者のすねかじり』だと知ったら、見限るんだろうな。まあ、そんなの誰でも当たり前だろうけど。


「そういうことに興味がありませんから。俺は昼夜を問わずゴブラーでスライマーです」


俺の諦念混じりの言葉を聞いたマリアさんは呆れ顔でため息をつき、ふと思い出したかのように別の話を始めた。


「そう言えば、今話題の女勇者様も凄く頑固な人で有名らしいですね。騎士団長、伯爵家の長男、公爵家の次男、仕舞いには第二王子からも求婚されたのに、その全てをやんわりと断ったらしいですから。その事から一般的には男嫌いと言われてますけど、私は彼女が未だに『女勇者のすねかじり』のことを忘れられないんだと思いますよ」


「その話なら俺も知ってますよ。全く、勇者様が可哀想ですよね」


俺がその『女勇者のすねかじり』であるとばれたら、即刻人外のような扱いを受けるだろう。だから小さい嘘で誤魔化すが、そんな言葉1つが酷く重たい。


しかしマリアさんは考え込んだあと、パッと顔をあげて目をキラキラさせた。


「私はそうは思いませんよ?だって、力ある女と力ない男が苦行の末に結ばれるなんて、感動じゃないですか?!」


ほら、残念だ。


俺は受け付けカウンターから身を乗り出すマリアさんの両肩に手をおき、力を入れて押し返す。

そう、マリアさんはピュアな純愛からベッタベタな略奪婚まで何でも大好きな、少しだけ変わった人だ。


「マリアさんは、ラブロマンスとかを漁りすぎなんですよ。現実はそんなに甘くありません、さっさと現実しごとに戻ってください」


その後も何だかんだでうるさいマリアさんをようやく黙らせると、俺はシチューを食べるべくギルドを後にしようした。


そんなときだ。今まで2週間の間ギルドを留守にしていたギルドマスターが、大慌てでギルドに入ってきて、汗も拭かずにこう言ったのは。


「女勇者様が王都のダンジョンで、バシリスクの石化病に掛かった!今すぐ緊急クエストを発注するぞ!クリア条件は、ここの都市ダンジョン第40層にいる賢龍の涙の入手だ!!報酬金は望むだけ出してやる!!都市ダンジョンの最前線が32層であることは分かってる。だが、女勇者様の寿命はあと半年なんだ!だから、全員本気で頑張ってくれ!!」


望むだけ報酬を出す。すなわち、一生金に困らないということ。しかしそんな好条件を出されても、誰も反応しない。


―――――石化病。

高難度のダンジョンのトラップに掛かるか、バシリスクの魔眼と目を合わせると発病するとされていて、一度発病するとエリクサーを使っても直すことが出来ない。完治させるには、この都市ダンジョン第40層に生息している賢龍の涙を掛けなければならず、それは絶望的だ。女勇者とは、勿論ミラのことだろう。勇者パーティー5人の内ミラ以外は全員男だったから、ミラ以外有り得ない。


ミラが石化病に掛かった。余命は半年だけ。


助けたい。今すぐにでもダンジョン第40層に潜って、賢龍の涙を取ってきたい。それでミラにそれを渡してこう言うんだ。

『俺と一緒に冒険しよう。今度こそ逃げないから、一緒にいてくれ』と。


でも、俺にその力はない。あの時ミラを引き留めなかった俺には、それを言う資格なんて無い。


助けられるはずがない。それに俺とミラは、只の底辺冒険者と女勇者様だ。今更何を――――。


本当にそれでいいのか?ずっと苦しませておいて、最後に捨てるのか?俺は、それで後悔しないと言えるのか?


「分かんないけど、何か1つくらいは返してやりたい。ずっと守られっぱなしなんて、嫌だ!!」


俺は迷いを捨てるかのように、ダンジョンに向けて走り出した。


違う。迷いを捨てると言い訳を作って、苦しさから逃げ出した。








目の前のゴブリンが右腕を振り上げた。 だが矮躯から放たれる一撃は、速くも重くもない。その右手に握られた棍棒が俺に降り下ろされる寸前、俺は地面を蹴りあげて土をゴブリンの顔面に飛ばす。


グギャアァァ!!と言って目を擦りながら後退りをするゴブリンを追いかけるように地を駆け抜け、その軸足を払って転ばせると、右手を踏み砕いて利き手を潰す。


窮地に立たされた生き物っていうのは、何をするか分かったものではない。暴走する魔物に対して深追いするのは、俺程度の実力では危険が大きいため、ここで一旦下がる。


俺の危惧した通り、ゴブリンは使えなくなった右腕をお構い無いにブンブンと振り回し始めた。あれをまともに受けたら、骨の1本は持っていかれただろう。


闇雲に暴れるゴブリンの視界から俺が外れたタイミングで、俺は片方の靴を遠くに蹴り飛ばして音を鳴らすと共に、動くものとしてゴブリンの注意を逸らした。見事それに引っ掛かったゴブリンの首を、俺は剣で一閃。ゴブリンの首が地に落ちた。


「はぁ、はぁ。まだ2層だぞ。急がねーと。」

龍族は、代を重ねる毎に強くなっていく。賢龍の親龍はあのヒュドラだ。ということは、賢龍はヒュドラよりも強い。俺が行かなくとも、それこそ勇者が戦ったとしても自殺行為だ。


そもそも俺が三層のボスに勝てるはずがない。嘘だ、はったりだ、でまかせだ。俺がここにいることこそが、俺の自己満足だ。


そんな消極的な考えを打ち消す様に歩き出すと、100メートル程先にいるゴブリンと目があった。ゴブリンが大口を開けて何かを叫ぶ。一瞬遅れて俺の耳に届いた「グッギャッギャッギャーーーー!!」という特徴的な声は、俺にとってはお馴染みの『増援を頼む!!』だ。


その場から逃げようとして走った先には、もうゴブリンが待ち構えていた。俺の周囲を見回すと、合計で15匹のゴブリンが集まったようだ。今まで同時に3匹以上と戦ったことの無い俺からしたら最悪の光景だが、ゴブリン達は皆俺を殺す気満々のようだ。


頬に冷や汗が伝う。


「いいよ。相手してやるよ。全員まとめて殺してやるから、かかってこ――――早い?!最後まで言わせろ!!」

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