世界中のスライムのステータスを引き継げる俺は、賢龍を泣かせるために今日もダンジョンの深層に潜る

双刃直刀

プロローグ

第1プロローグ


文献に記されるよりはるか以前から神殿に設置されている才知の台座。

今その台座に手をかざしているのは、俺と同い年であり幼馴染でもあるミラ。


腰元まで伸びた紅色の髪は、台座の輝きを受けて神秘的に輝き、僅かな不安と多大な期待を浮かべた表情は、笑っていなくともこの世に二つとない程に可愛い。意思の強さを感じさせる茜色の瞳はまるで夕焼けのようで、見ているだけで吸い込まれてしまいそうだ。


「ねぇ、私ちゃんと良いスキル貰えるかな?フェイルと一緒に冒険者になれるかな?」


「大丈夫だろ。もし駄目だったとしても、一緒に冒険するんだろ?」


更にミラが何かを言おうとしたが、それより一呼吸分だけ早く、台座が眩いばかりに半透明の光を放った。思わず目を閉じてしまうが、それでもまぶたの先に光を感じる。


まるで熱線のような光が、暗い神殿の中を白銀に染め上げる。 

やがて光が収まったのを確認して目を開けると、ミラは先程とは一転して満面の笑みをその顔一杯に咲かせていた。


「やった、やったよ!すっごいスキルだよ!これならフェイルと一緒に冒険者になれるよ!!」


はしゃぎながらスキルの報告をするミラに急かされる様にして台座を覗くと、その表面には【剣術=真】【体術=極】【二刀流】と刻まれていた。

真や極というのは、そのスキル系統のレベルを表すようなもので、下から弱、中、高、技、極、真となっている。

そして例え戦闘向きのスキルを得ても、平均的にそのレベル帯は中から良くて技に落ち着いている。


只でさえ剣術と体術は相性が抜群であるのに、そのスキルレベルが極と真であるのだから、世界レベルで見てもこれ程恵まれたスキルを得た者は5人といないだろう。更にそれに加速を付けるかのように存在している【二刀流】。


このスキルは、200年前にヒュドラを倒した英雄も持っていたとされるスキルだ。2本の剣を装備することで、剣術系統のスキルの効果を相乗させるというもの。


【剣術=真】に【体術=極】、そして【二刀流】。

真によって得た神域にまで至る最強の剣技に、極によって得た鬼神の如き体さばき。そして、【二刀流】によって放たれる多彩にして奇才の剣技の数々。それら全てを極めれば、間違いなく世界最強の剣士になれるだろう。


まず断言出来る。俺には、こんな特別なスキルは舞い降りないだろう。そうすれば、俺はミラと一緒に冒険出来ない。王宮騎士団に配属されたり、S級冒険者パーティーに入った方が幸せになれるんじゃないか?


王宮騎士団に配属されれば、騎士団長にまでは確実に出世出来るだろうし、もしかしたら王族直属の護衛になれる可能性だってある。


じゃあ、冒険者になったら?強いパーティーに入って、基礎を覚えながら剣術を磨き続ける。やがて国の英雄にでもなって、S級冒険者の仲間入りだろう。チートの中の選りすぐりのチートなやつらとパーティーを組んで、超難易度のクエストを沢山こなしていく。金にも仲間にも困らない、それも完成された形の1つだ。


なら、俺は――――。


湧いても止まないって不安に答えを叩き付けるように、台座が強烈な光を放って、文字を刻んだ。


―――魔物使い【スライム】


「―――――」


誰も、何も話さない。話せない。【剣術=真】【体術=極】【二刀流】の3つと、魔物使い【スライム】。


魔物使いとは、文字通り魔物を使役して戦闘に用いるスキルだ。その使役方法は様々。倒したあとに力づくで従わせることが出来れば、命を助けて恩を売るなどして仲間にすることだって出来る。更に、仲間にして使役した場合は、その魔物と同等の身体能力とスキルをを得ることも出来たりする。


つまり、魔物使いというスキルは、何も不遇で使えない訳ではない。


だが―――「スライムって、何だよ?何なんだよ?!」


そう、魔物使いというスキルは、【】の中の種族の魔物を1体だけしか使役出来ないのだ。故に、【】の中の魔物が初心者でも倒せる様な雑魚だった場合、その人間の戦闘的価値は村人にも劣る。


国の英雄になる人物と一緒にいることはおろか、剣を持ち戦うことすらも難しい。

ここに、俺という人間の輝かしい未来は、15年で幕を閉じたのだ。


俺とミラは、冒険者になるために様々なことを調べた。故に、このスキルの差が決定的であることなど、一目で分かる。


「で、でも私はフェイルと一緒にいられるんなら、どこかの村でひっそり暮らしても構わないよ?だから―――」


「そんなの無理に決まってんだろ!!この台座に刻まれた文字は、遠視で司祭様も見てるんだぞ!今ごろは勇者が誕生したとか言って、馬鹿騒ぎになってるんだよ!!」


―――苦しかった。


俺たちの恋仲を認めようとしない村を飛び出して2年。ずっとミラと一緒にいた。

畑を耕す時も、ご飯を食べるときも、買い物に行くときも、そういうことをしたことはないけど寝るときだって一緒にいた。

なのに、こんなことが俺達を引き裂く。俺が何かを怠った訳じゃない、むしろ何事にも真剣に取り組んだ。少しでもお金を稼ぐためにどんな力仕事でも請け負ったし、汚い仕事だって沢山やってきた。


それなのに、なんの関係もない、こんな運だけのことが俺達をぶち壊してしまった。


だから、どうにかしようと俺を気遣うミラの言葉が何よりも苦しかった。


「お前は!!これから決められた凄い道を進んでいくんだよ!!底辺人生が決定した俺と一緒にいちゃいけないんだ!!」


理不尽に八つ当たりをするように、俺は言葉を吐き捨てる。


ミラの瞳から一筋の涙が伝い落ちた。

今まで一度とミラを泣かせたことなんて、無かったのに。

しかし、それでもミラは俺に懇願した。


「それでも、一緒にいたいの!!私は、フェイルと一緒にいたいんだよぉ…………」


「……っ!!」


涙混じりのその言葉を受けて、俺はミラと一緒にいることにした。泣いて懇願するミラを、俺は突っぱねることが出来なかった。


それからミラは、すべて組織やグループからの勧誘を断り続けた。王宮騎士団や名高いS級冒険者パーティー、華百合部隊に始まり、護衛を兼ねた王族の後宮入りまでをも。流石にそれを聞いたときは王族を殴り飛ばしたくなったが、それよりも何も出来ない自分自身に嫌気が差した。ミラが恥をかきながら俺を庇い続けている間、俺はその背中で守られているだけだった。

そんな現状に、毎晩枕を濡らしていた。


それでも、それでも2人で冒険者をし続けた。EランクからD、C、B、A、Sランクまであるランクのうち、俺は何とかDランクに昇級出来たし、人一倍鍛練も積んだ。最後までスライムをテイムすることは無かったけど、それでも少しずつ強くなっていった。


―――――でも、そんな歪な日常は直ぐに音をたてて崩壊した。


考えれば、直ぐに分かることだった。


100の鍛練を積んで1強くなる俺と、1の鍛練を積んで100強くなるミラ。俺が死に物狂いでDランクになるときにはもう、ミラはBでも上位の冒険者だった。


センス、運、技術、格、踏み越える修羅場の数々。何から何まで俺はミラより数段劣っていたんだ。


―――――別れを切り出してきたのは、ミラからだった。








夕方になり、クエストを完了して一杯あげてある冒険者達の喧騒も、何処か遠くに感じる。


俺の五感は、目の前のミラを注目するので精一杯だ。

ミラが、話したくないとばかりに重く口を開いた。


「私ね、この2ヶ月間の間で分かったの。何処に隠れても、世界は私を必要とする。フェイルが私の隣に居続ければ、その間私はフェイルを傷付けることになる。本当は知ってたの。私と一緒にいるとき、フェイルがどんな思いをしてたか。だから、私とフェイルは同じ道を進めない。その方が互いの為にもいいと思うから······。もう、私のことは忘れて。」


呆気なく呟かれたその言葉は、俺にとって最大の―――この両肩では背負いきれない程の重さがあった。


どう答えればミラは立ち止まってくれるのだろう?そんなことを考えるためにうつむいた俺の顔に、風に乗ったゴミが掛かった。


思わず瞬きをしてもう一度目を開けると、そこにはもう誰もいなかった。


何処からか吹き付ける風が、俺の中の大事な物まで拐っていってしまった――――そんな感覚がした。



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