桜が咲いたけど帰ろう
叶本 翔
俺とアイツ
「ねぇ、巧くん!!」
「なんだ?ユズ」
「埋めようよ!!
タイムカプセル!」
ユズはせわしなく手をパタパタ動かす癖があり、そのせいもあってもう15才なのだが小学生に見られがち。髪もそこまで短くはなく、背も低い。男子なのに女子よりもかわいいと言われるタイプの人間だ。
それに引き換え、俺は短髪で背は高い。そして無愛想。目立つことが嫌いで、所作の一つ一つですらそこまで目立つようなことはしないような人間。
そんな俺らが友達、ましてや親友でタイムカプセルを埋めようとしていると聞いたら誰もが驚くだろう。
俺はそんなことを考え、ニヤつきながら──とはいっても俺がニヤついていることに気付くのはユズくらいだが──タイムカプセルを手の中で転がしながら桜並木へ向かった。
「……疲れた」
俺はそう呟いて、ベッドに倒れ込む。
ど田舎から東京に出てきてはや8年。仕事にも徐々になれ始め、充実した──仕事の量も充実しているが──生活を送っていた。
ピコピコン
ピコピコン
見ると携帯が光っている。誰のものだろうと確認すると、母からだった。
内容はごくありきたりなもの。東京での生活も落ち着いてきたし、たまには顔を見せろという内容だった。
「久しぶりに帰るか」
メールを見てそう思った。
今は桜の季節。
俺は桜が咲いたけど帰るのか……。
母の作った料理は美味しかった。
朝から何も食べていなかった俺の腹は満たされたし、腹ごなしに散歩に行くことにした。
この季節は桜並木がとても綺麗で、つい足がそこに引きつけられるかのように進んでいく。
久しぶりの桜は相も変わらず綺麗だった。
「来ない……」
待ち合わせ時間をとっくに過ぎていたが、ユズは来なかった。アイツは滅多に遅刻なんてしないのに……。
待ちかねた俺は桜の木の下にタイムカプセルを埋め、そこを立ち去った。
懐かしく思い、桜の木の下を掘り起こしてみるとタイムカプセルがあった。一つだけ。
俺は溜息をついたときに、もしかしたらユズが後から来て埋めたかもしれないと期待していたことに気がついた。
あの日以来、ユズとは会えず、東京の高校に進学するために町を出る日が訪れた。
その日もユズは来ていなかった。
俺は怒り、以来この町に足を運ばないようにしてきた。
いや、ユズに嫌われた可能性が怖かったのかな?
どちらにせよ、俺は逃げたわけだ。ユズから、自分自身から。
今なら、まだ間に合うかも知れない。
そんなことを考えながら俺はユズの家へと歩いていった。
「……。」
ユズの家へ行く道の十字路。
そこの信号機には花を添えているユズのお母さんがいた。
「ユズの……お母さん?」
驚いて振り向いたユズのお母さんにですよね?と確認する。
ユズのお母さんは大きく頷くと、その花をサッと後ろに隠した。
「あの、さっき見ちゃったんで隠しても意味ないです。
ユズは……もしかして?」
「ユズ、俺さ結婚することになったよ。会社の同僚と。
それがかわいいやつでさ……」
俺は報告が終わると今年もいつものように帰っていった。
あの年から毎年、俺はユズの墓参りに行っていた。
タイムカプセルを埋めるはずだった日、桜並木へ来る途中にユズは交通事故にあったらしい。救急車が来る前には死んでしまったが、即死ではなくしばらくは意識があったらしい。
俺はこれを初めて聞いたとき、とても悔やんだ。もしあの時俺がタイムカプセルなんて断っていたらユズは死ななかったハズだと。
泣くに泣いて、涙をすべて出し切ったとき、ユズのお母さんからユズが死ぬ直前に言ったことを知らされた。
この事は、巧くんには言わないでほしい。
巧くんが知ったら東京にいけなくなってしまう。
それだけ言って、死んだようだった。
アイツは最期の最後まで俺を考えてくれていた。だったら俺は、俺は……
「精一杯生きるしか、ないじゃないか」
今年の桜も毎年同様、綺麗だった。
桜が咲いたけど帰ろう 叶本 翔 @Hemurokku
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