第二部 俺が全宇宙を救う事になるんですか?

第32話 再起動は温泉と共に



『……そろそろ本気を見せないとヤバイのかな、俺』


 とか、


『仕方ねえな。まだ誰にも見せてはいないんだが、奥義って奴をお前だけにお披露目してやるよ』


 とか、そんな台詞を一度でも口にしてみたい。奥義なんてものはないし、本気がどれほどのものかまだ俺自身知らないが。

 それに、俺がボコボコにされるくらいの強敵が出現して、現実世界の時間とは比べものにならないくらいゆったりと時間が流れる部屋で数ヶ月修行してみたり、適度な食事と運動をしてB級からS級にランクアップしたり、戦いの中で潜在能力が覚醒してみたり、やれそうになっていたところを戦友が助けにきてくれたりとか、そんな展開を心のどこかで望んでいるのに、そうならない現実は如何なものか。


「また一発で終わりかよ。邪神とか名乗りながら、防御力もへったくれもありゃしない」


 俺は転送された異世界でまたしても邪神とやらを一撃で倒してしまった。

 あっけなさ過ぎた事もあり、俺は茫然自失としていた。

 俺を召喚した召喚士が『あやつこそが最強の邪神!』と何度も言っていたからワクワクしていたのに雑魚すぎた。あの時のわくわく感を返して欲しいくらいだ。がっかり感に変化した時のあの気持ちの落ち込みようはいかんともしがたい。


「召喚獣ランクナンバー1はつらいぜ」


 俺こと本城庄一郎は、数ヶ月前に召喚獣アプリ『メソポタミア』に登録した事で、依頼があれば即異世界へと転送される『召喚獣』になった。

 召喚獣アプリとは、召喚獣という名目の凄腕の傭兵を異世界に転送するシステムである。

 召喚士によって召喚されると、登録している召喚獣は半ば強制的にその異世界へと飛ばされ、その異世界で召喚士から依頼を受けるのである。

 その依頼を解決すると、その異世界にはこれ以上存在してはならいものとして強制的に帰還させられるシステムとなっている。

 その異世界の住人では解決できないような問題を解決するのが、召喚獣という『外来種』である。

 そんな召喚獣システムにはポイントがあり、その累計ポイントによって、召喚獣の順位が決まっていく。

 俺が召喚獣アプリに登録した一ヶ月後くらいには、もう累計ポイントがたまりにたまって一位になっていた。そして、そこからずっと俺の順位は変わらないでいる。要は不動の一位だ。しかも、日々召喚獣としてミッションをこなし順調に累計ポイントをためているおかげで、今では、二位の召喚獣とは一桁ほど差が付けている。だが、俺は順位だとはあまり興味がない。


「俺の召喚獣としてのこれからの目標は……」


 ちょっと前までは、ヒロインを探し続けていたのだが、その目標を達成したようなものなので、ヒロインとの出会いはなるべくなしの方向性でお願いしたい。


「友だ。親友と呼べるような友だ。俺は友と出会うために異世界に転送され、世界を救っていく」


 俺は徹夜で語り合ったりできるような友と出会いたい。

 許嫁やら何やらが一気に増えてしまったのだから、もうヒロインは必要ないだろう。

 これからは、親友の時代だ。

 親友こそが俺には必要なものだ。

 だから、出会いを求めるのだ。

 召喚獣として。


「出会えるかな、俺は……」


 邪神を倒し、無事にこの異世界での依頼を達成したからなのだろう。

 元の世界へと転送させるシステムが稼働し、俺の身体が光の柱に包まれていく。

 ミッションコンプリートの証のようなものであり、これは転送される時に儀式のようなものだ。

 異邦人は強制的に帰還させられる。

 この異世界では、もう異質な存在であるとして……。




 * * *




「……は?」


 元の世界へと無事に帰還した俺は、どうしてこの場所にいるのか推知さえできなかった。

 温泉のど真ん中に何故かいたのだ。

 数時間前、自宅のリビングにいたときに転送されたはずだ。

 女の子が次から次へと押しかけてきて、なんていうか修羅場一直線みたいな時にちょうど異世界へと転送されたので『暁光である!』とか思いながら逃げ出せたんだが……。


 異世界へと転送されると、異世界での一日が俺の生活している地球での一時間に相当するとの事で、異世界に一日滞在したとすると、元の世界に戻った時には転送された時から換算して一時間が経過している。つまりは、異世界に行っている間は行方不明状態になっていたりするので、異世界でのミッションを速攻終わらせれば、現実世界での生活にあまり支障はなかったりする。異世界での疲労感という概念さえなければ、の話ではあるが。


「何故、温泉?」


 当然、元の場所へと戻されているはずなのに、何故温泉なのか。

 しかも、それなりの広さの温泉で、どういうワケか、俺を嫌っていると思っていた同級生の東海林志織はいるし、異世界からわざわざ俺に仕えに来たというオリエラはいるし、ミスカルダルで命を救った少女がいるし、ワサから改名した沢渡律、サヌから改名した古河彩恵、リリ・ポーアから改名した秋月利里、エーコから改名した朝霧詠子の四人が当然のようにいる、この事相は何なんだろうか。しかも、全員裸で、温泉にのんびりとつかっていた。

 で、俺が温泉のど真ん中に転送されるなり、皆が俺の事を見て、動きが止まった。


「噂通り、英雄は色を好むんですのね。皆が温泉に入ったタイミングで乱入してくるとは」


 オリエラが片頬に手を添えて、優美に微笑んだ。


「え、え、え、えっと……」


 東海林志織が俺を見て、のぼせているのか、それとも恥ずかしさのせいなのか、耳まで真っ赤にさせて、口をぱくぱくと開け閉めして、やおら立ち上がった。


「よ、よお……」


 俺は志織の事をじっくりと観察しつつ、手を挙げてフランクに挨拶をした。

 スポーツをしているせいか、出るところは出て、引き締まっているところはきっちりと締まっている身体付きは見ていて惚れ惚れするほどに美しい。俺のせいで大怪我を負ったのだが、その傷跡は一切残ってはいないのが分かって、俺は心から安堵した。あの時、志織が負った傷は俺が猿の手に願うことで、俺自身が引き受けた事もあって、残っているはずはなかったが、こうしてちゃんと俺自身の目で確認できて良かった。


「きゃっ!?」


 東海林志織は可愛い悲鳴を上げて、胸と大事な部分を手で隠すなり、逃げるように温泉から出て、どこかへと走り去って行ってしまった。


「今のはご褒美……か?」


 東海林志織の身体を隅から隅まで拝めた事に神様に俺は感謝する。


「にーにも入るの?」


 サヌこと古河彩恵がのんきな口調でそんな問いかけをしてくる。

 志織以外は、裸を見られたりしているのに平然と温泉に入っているのは恥じらいがないからなのか、それとも、裸である事を気にしていないからのいずれかなのだろうか。


「……それよりも、何故に温泉?」


 当初の疑問へと立ち返った。

 俺は自宅のリビングに戻っているはずなのに、どうして温泉の浴場に戻ってきたのか。


「説明しましょう」


 温泉の奥の方からジオールの声が木霊した。

 俺からは見づらい位置にいたのか、それとも、俺が来てからそこにいたのかは分からないが、いつのまにかジオールがいた。

 ジオールは白いスクール水着姿ではあったが、湯船から立ち上がり、俺の方へとゆっくりと歩いてきて、


「本城庄一郎さんが異世界に行っている間、あなたのご両親が海外から急遽帰宅してきたのです。女の子がたくさん家にいる事に驚愕されたので、僭越ながら私が状況を説明しました。この娘達は本城庄一郎さんの側室です、と」


「……さすがにその説明はヤバイだろう」


「いえ、ご両親は納得された様子でしたよ。しかも、この家は息子である本城庄一郎が自由に使っていいとも仰ってくれたので、この家の利便性の拡張を図るために、温泉をここまでひいてきたんです」


「俺の許可もなしかよ。勝手すぎるだろうが。それに、俺の両親がよくそんな事を言ったもんだな」


 両親は仕事でしばらく海外暮らしだろうからこの自宅が必要ないといえば必要ないのだが、俺に託すなんて言い出すのはおかしい。

 何か裏取引でもあったんじゃないかと邪推してしまう。


「何故でしょうね? リヒテンが所有ポイントを日本円に換金して、ここから二駅先の豪邸を購入してプレゼントしたからかもしれませんが、何故でしょうね?」


 ジオールは俺の両親の対応がまだ納得できていないという表情をしているが、白々しい演技だった。

 追求するのが馬鹿らしくなるほどの大根役者っぷりだ。


「……買収されやがったのか、俺の親は……」


 下手に一騒動起こらなかったので良しとすべきなのかもと自分自身に無理矢理納得させたが、ジオールやリヒテンなど召喚獣アプリの運営側の人間が何を企んでいるのかが気にはなる。


「全ては、新しいミッションのための導線でしかありません」


 ジオールが真顔でなり、姿勢を若干正した。


「世界……いいえ、この宇宙そのものを作り替えようとしている勢力に対抗してもらうための始まりなのです」


 ジオールは、俺には理解できない言葉を俺に投げかけてきた。






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