第30話 こんなご都合主義でも問題ないよな

『ラストミッション その4』





「どいつもこいつも雑魚だな。レベルアップしても雑魚は雑魚なんだよ」


 もう名前さえ覚えてないような奴らを五十人以上は粉砕しているが、今のところ、俺に傷を負わせる事ができた者は誰一人いなかった。


「吸収系の私がお相手しましょうか」


 タキシードを着込んだ男が余裕綽々の笑みを口元に刻みつつ、俺の前に躍り出た。

 誰だっけ、こいつ。思い出せないし、まあ、いいか。

 タキシード男のお腹がぱっくりと割れると大きな口が出現するなり、たちまちにして巨大化していって、周囲にいた十数人を一口で呑み込んだ。


「くくくくっ、みなぎる力! あふれんばかりの力ですよ! さあ、かかって来なさい! 今の私なら、あなたに勝てる気がする!」


「雑魚を倒す手間が省けた。感謝する」


 俊足で近づき、タキシード男が拳の間合いに入るなり、大きな口があった辺りにやや力を込めたパンチを当てると、大きな風穴が腹部にぱっくりと開いた。


「これが開いた口がふさがらないって奴か?」


 口がもう消し飛んでいるのだから、その表現は間違っているか。


「さて、次はどいつだ?」


 まだ残っている雑魚はもう及び腰になっているようで、俺から距離を置くように構えている。その上、そいつらの影に隠れるようにして、ピエロが怯えているのが見えた。

 一撃で倒せるような雑魚を百人用意して、俺を倒せると思っていたおめでたい頭をしている奴だから、今になって逃げ腰になっているのかもしれないな。こいつ相手に召喚獣ランク20位代のヤバイ名前の奴らやワサ達がなぶり殺しにあったのは納得できる。だが、立っているステージが違う俺にはただのお遊戯みたいなものだ。

 ああ、そうか、こいつは本当にピエロなんだな。

 もの笑いの種になるだけって意味のな。


「終わらせていいか? この茶番劇を」


 ピエロにはもう興味が失せていた。

 俺をじっと見つめる召喚士パ・オにそう問いかけた。


「まだ終わってはいないので~す。レプリカはまだ真の力を発揮していないので~す!」


 虚勢ではない、余裕がまだパ・オにはあった。

 こんな状況なのに負け戦だと分析できていないとは。


「ホント、おめでたい頭をした奴だ」


 俺的には、もう底が見えている雑魚に構っている暇はなかった。


「面倒臭い。ピエロ、お前も含めて全員でかかってこいよ。一人一人相手をするのが面倒になった」


 俺がそう言うと、怯えているかのように見えたピエロがしたり顔をして不敵に笑った。

 まだ奥手があると言いそうだが、こいつも。


「仕方がありませんね。わたくしのとっておきを見せる事になるとは! さあ、ショーの開幕です! 皆々様方! ご笑覧あれ! ご笑覧あれ!」


 ピエロのその一言で、ピエロが作り出していたレプリカ達が花びらに戻って、再び舞い始める。春の嵐というべきなのか、小さな竜巻のようなものができると、少なくなっていたはずの花びらが何故か増えていき、狂い咲きという言葉ふさわしいほどに満開となっていく。それはまるで竜巻に咲く花のようであった。

 竜巻はピエロへと向かって行き、ピエロを呑み込むと、その場に停滞した。


「わたくしは、100体のレプリカの能力を吸収する事ができるのですよ! さあ、ここからがわたくしのショーの真骨頂です! さあ、ご覧あれ!」


 竜巻が収まると、赤い鼻が煌々と光って目立っている上に虹色に輝くピエロが手を広げ、してやったりといった顔をして優雅に立っていた。


「また吸収系かよ!」


「全ての属性を操れるようになったわたくしは、最強にして、最悪! さあ、食らいなさい! わたくしの奥義! ピエロの鼻は美しき百花繚乱!!」


 ピエロの赤い鼻から虹色の怪光線が発せられて、俺を襲う。


「ぐあああああああ!!! やられたー! ……とか言って欲しかったのか?」


 ピエロの最終奥義は、俺にとっては、そよ風程度の攻撃でしかなかった。


「地獄で閻魔相手に道化でも演じてな」


 コンマ数秒のうちにピエロの目と鼻の先まで駆け寄ると、攻撃が全く効いていない事に驚き、目を大きく見開いていたピエロの赤っ鼻に、炎の属性と志織やあの四人の思いを込めた拳を見舞ってやった。

 赤い鼻がひしゃげた時にはもうピエロの身体は炎の赤に染まるも、数瞬のうちに、赤い鼻共々、白い灰となって風に舞って飛んでいった。


「……さて」


 俺はパ・オを見やった。

 まるで蛇ににらまれた蛙であるかのように、パ・オの顔から血の気が引いていった。


「ひぃぃぃぃっっ!! 私は逃げるのです!!」


 その緊張感に耐えられなくなったのか、パ・オは俺に背中を向けて逃げ出そうとする。


「あいつらに地獄で詫びてこい」


 光属性の槍を創り出し、槍投げの要領で投じた。

 槍が刺さるなり、パ・オの身体を金色の光で覆い尽くした。槍が貫通した時には、灰も残さずにあっけなく消滅していた。


「あの四人やあいつに殺された召喚士が地獄に行っているワケないか」


 空を仰ぎ見て、空へと吐息をはき出した。


「……今日は学校を休むか。こんなメンタルじゃ何もできないしな」


 戦いを見守っていたリヒテンを軽く無視して、俺は家路についた。

 やるせなさばかりが募り、今は誰とも話したくはなかったのだ。



 * * *



 家の中は妙に静かだった。

 ここ数日、あの四人がいたから何かと騒がしかった事もあって、ただただ静寂が支配している場所となってしまっていた。

 リビングに行くも、廊下を歩くも、それぞれに貸していた部屋を見るも、やはり誰もいない。

 あの四人の死を再確認して、俺はいたたまれない気持ちになった。

 逃げるように自分の部屋に駆け込み、ベッドに身体を投げ出した。

 目を閉じそうになるが、まだ終わっていない事を思い出し、カッと目を見開いた。


「……寝るのは、やるべき事をなしてからだ」


 俺はスマホを手に取り、召喚獣アプリを起動させる。

 即座に、異次元空間みたいな場所へと俺自身が移送された。


「猿の手を交換してくれ」


 ジオールが出てくると、先手必勝とばかりにそう言うも、


「ええと……今、本城庄一郎さんの累計ポイントは0ですので、交換できません」


「ちょ、ちょっと待てよ。昨日の時点で累計ポイントは3500万は残っていたはずだぞ? 全快の薬分はあったはずだが、それがどうして0になる?」


 唐突にポイントが0になるなんてありえない。これは何かの間違いではないのか。


「不正アクセスでしょうか? 分かりませんね。その可能性が高いので、今回は私がポイントを建て替えておきましょう。ついでに、全快の薬も必要でしょうからどうぞ」


「……俺が何をしようとしているのか分かっているのか?」


「おおよそのことは」


 俺はジオールから猿の手と薬とを受け取ったのだが、その時、ため息が漏れた。


「……俺は何をやっていたんだろうな」


 そんな事を無意識のうちに口走っていた。

 誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。


「俺、あの四人のために名前なんて考えていたんだぜ? おかしいだろ?」


「名前……ですか? どのような?」


「学校に行く途中、色々と考えていたんだぜ? お笑いだろ? リリは秋月利里、エーコは朝霧詠子、サヌは古河彩恵、ワサは沢渡律……なんてさ。でもさ、無駄になっちまったな」


「いえ、そんな事はないと思いますよ。無駄な事があるとするのならば、それは自分自身が無駄だと思ってしまった時です。本当はそれが有益であったとしても、です」


「有益……か。そうだな、墓とか建てる気になったら、いるよな、名前って」


 ジオールは口元を手で覆い、俺から顔を逸らして、肩を震わせていた……。



 * * *



 深夜の病院は、寂然としていた。

 まだ力が残っていたので、病院へと忍び込み、おそらくは監視カメラにも写らないほどの速さで、一路、東海林志織の病室を目指した。

 志織の病室の前まで来ると、ドアに耳を当て、人の気配を探る。

 中からは、寝息が微かに聞こえてくるだけで、誰かが動いている様子はなかった。

 どうやら志織は寝ているようだ。

 その方が何かと都合が良い。

 俺は音を立てないようにドアを開け、さっと忍び込んだ。

 予想通り、東海林志織は眠っていた。


「贖罪がしたいんだが、ちょっと聞いてくれるか?」


 痛みはまだあるのだろうが、快方に向かっているからなのか、志織は可愛い寝息を立てている。


「俺は猿の手を使って、お前の傷をもらい受ける。これが俺の責任の取り方だ。すまないな、こんなひどい事故に遭わせることになってしまって。心から謝りたい。全ての責任は俺にある。責めるなら俺を責めてくれ」


 俺は志織に対して深く頭を下げた後、持ってきていた猿の手を取りだし、


「猿の手よ。東海林志織が先日の交通事故で受けた傷全てを俺に移植してくれ。傷一つ余すことなく、俺に移植しろ!」



 * * *



 数日後、東海林志織は元気に登校してきた。

 顔の左側を覆っていた包帯はしてはおらず、ロードバイクに二度と乗れないと言った怪我も何のそのといった様子で。

 俺はそんな東海林志織を見て、胸をなで下ろした。

 東海林志織の怪我を俺に移してもらったのだが、まともじゃないくらいの痛みが全身を駆け抜けて、眠ることさえできない程だった。そんな痛みに耐えていた東海林志織の強さを思い知る事となったのだが。

 一日だけはその痛みを我慢した。

 あの四人がいたら、俺を看病してくれたんだろうななどと夢想してしまい、どうしようもない悲しみに包まれるようになってしまった事もあって、次の日に全快の薬で完全回復させた。


「ねえ、君さ。夜にお見舞いに来なかった?」


 志織は俺の顔を見るなり、納得のいかない表情をして、そんな質問をしてきたのだ。


「いや」


「猿の手とか、贖罪だとか、そんな事を言っている君の声が聞こえたような気がするんだよね。翌日には、顔の傷はなくなってるし、大怪我していたはずなのに全快しているはで、大騒動になったから不思議なのよね。それで、猿の手って調べたりしたら、色々と分かって」


「奇跡が起きたんじゃないか? 奇跡ってよく起こるし。二丁目の奇跡とかってよく聞くだろ?」


 志織は俺に疑いの眼差しを向けてくるが、やんわりとかわす。


「確信はないけど、君のおかげだって、私は信じているからね」


 志織は心まで見えそうな澄み切った瞳で俺の事を見つめる。

 よして欲しい。俺はそんな目で見られるような男じゃない。


「えっと、君とのデ……」


 志織が何か言おうとしている時、チャイムが鳴って、その声がかき消された。

 しかも、チャイムが鳴り止まないうちに、先生が入って来たため、後ろ髪を引かれる思いがあるといった顔をしたまま、志織は自分の席に戻っていった。


「今日は転校生がいるんで、早めにホームルームを始める。なんかおかしいんだよな。なんで、この時期に、しかも、同じクラスに四人の転校生だぞ、おかしいだろ、これって。誰か賄賂でも送って操作しただろ」


 先生は頭をボリボリかきながら、そんな事をぼやいた。


「おい、入れ」


 教室に入ってきた四人を見て、俺の中の時間が止まった。

 俺は白昼夢を見ているのだろうか。


「それじゃ自己紹介頼む」


 そう言われて、一人目の少女が言う。


「ええと、リリの名前は秋月利里です。リリは本城庄一郎の許嫁その1なのです。よろしくなのです」


 は?

 許嫁その1?!

 いつからそんな事になっていたんだよ!

 クラスメート全員が驚きの表情で、一斉に俺のことを見る。

 特に東海林志織は、面白おかしい驚き顔をしている。


 二人目の少女が言う。


「私は朝霧詠子。言いたくはないんだけど、私、本城庄一郎の許嫁その2なのよね。なんでかしらね」


 俺を見るクラスメートの目が変わった。

 野獣か何かを見るかのような目だ。

 東海林志織の表情はさらに進化し、半笑いになっていた。


 三人目の少女は言う。


「僕は沢渡律。よろしくね。で、僕はっと、本城庄一郎の許嫁その3なんだけどね」


 クラスメート全員が俺を珍獣でも見るかのような目で見つめている。

 しかも、先生までもが同じような目をしている。

 東海林志織は半泣きの表情だが。


 四人目の少女が言う。


「うちは、沢渡律。えっと……許嫁その4なの」


 東海林志織は魂が抜けかけたように白目をむいていた。


 俺は全てを把握した。

 俺はジオールに、いや、あの運営の奴らにはめられたのか!

 あの時、ジオールが泣いているかと思ったが、そうじゃなくて笑いを堪えていたのか!

 それに不正アクセスなんかじゃなくて、俺を召喚するリスクがおそらくは累計ポイントの消費とかそんなんだったんだろう!

 俺を召喚するときに、四人が消えた理由は分からないが、ものの見事にダマされた!

 みんなで俺の事をだましやがって!

 だけど……

 だけど、こういう展開も悪くはない。

 こういう展開なら、ホッとする。


「こんなご都合主義でも問題ないよな」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る