第14話 ユウキ(8)

「――敵は何人だ」

タカシは武器を手に駆け込んできた男に聞く。

「わかんねえ、とにかくたくさんだ。少なくともこっちの4倍はいるな」

「装備は」

「全員ばっちり」

自分を落ち着けるためにタカシは少し長く息を吐き、そして声を上げる。

「全員持ち場に付け!」


外のノイズ交じりのがなり声はいまだ続いていた。

ハルカが、男たちが、思い思いに拳銃やライフル、手斧などを持って走り出す。

「コウタロウ、わかってるな?女を守るのが男の仕事だ」

タカシがいつになく真剣な目でコウタロウにの肩を掴んで言うと、コウタロウは無言でうなずき、戸惑うユウキの手を引いて、コウタロウも走り出す。

「えっ、ちょっと」

視界の端で、タカシが大きな布のようなものを首に巻くのが見えた。


「さて――もういいだろう」

拡声器のマイクを隣に控えるドスケベアーミーに渡す。

アーマード倫理観の知る限り、ドスケベは不治の病のようなものだ。それに溺れた者は一生その性質は変わらない。

であるから、ここでその『病原菌』の『感染者』を根絶やしにすればいい。

しかし通常であれば確実なドスケベを保有していることが明確でなければドスケベアーミーも迂闊に攻め込み罪のない農奴を殺害することは、アーマード倫理観の立場としてはとても些細ではあるがそれ相応に問題がある。

しかし『奇遇なことに』彼らのもとにはあの村から逃げた少女が匿われている。

つまりこれで彼らに対して『ドスケベアーミーへの叛逆』を行ったという理由ができた。

物事には善悪があり、正しい理由のもとにそれを遂行すべきだ、とアーマード倫理観は考えていた。

その目はこれから始まる蹂躙に対して狂気と狂喜を感じていた。

ゆっくりと手を上げ、そして下ろす。

それを合図にドスケベアーミーという狼の群れは、八景島へなだれ込んでいった。


「来るぞ!」

八景島には島を陸地とつなぐように橋が架かっている。

アーマード倫理観の合図に合わせて対岸のドスケベアーミーたちは橋に殺到する。

「島に上陸させるな、いくぞ!」

タカシが吠え、それを合図にバリケードの間から一斉に射撃が始まる。

先頭のドスケベアーミーたちが足を止め、幾人かが倒れ、兵士たちはたたらを踏む。

まだずっとずっと向こうで倒れたはずなのに、橋の上に広がる血だまりが海風とともにこちらへ鉄の臭いを送ってきた。

銃を撃っていた数人はその臭いに思わず口元を手で押さえる。

「弾が切れたやつは後ろと交代しろ!」

タカシの声に数人が後ろに下がり、また何人かが前に出て銃を撃つ。

撃つしかないのだ。目の前の権力に、正義と自称する暴力に、倫理を盾にする意味のない弾圧に抗わなければ。

しばしドスケベアーミーは足を止めていたが、その後方から、物々しい鉄の盾を構える兵士が現れた。

そして。


「伏せろ!」


タカシがとっさに叫ぶと、バリケードにまるで雷のような轟音と衝撃がひびく。

幸いにも精度は悪かったらしいが、それでも島の一部が抉られている。

目を凝らせば、鉄の盾を構えたドスケベアーミーがゆっくりゆっくりとこちらににじり寄って来る。

その隙間から、丸太のような大砲を二人がかりで構えて次の弾を装填するドスケベアーミーが見えた。

「タカシ、どいて!」

ハルカがタカシの前に出て何かボールのようなものを鉄の盾のほうに投げると、轟音とともに鉄の盾を持つ兵士が何人か吹っ飛んだ。

「あと手榴弾は3個」

ハルカはタカシに状況を短い言葉で伝える。

「タカシはみんなを連れて次の作戦に!」

「いや、ハルカ俺がやる!」

手榴弾を奪おうと肩をつかむタカシにハルカは怒鳴り返す。

「あんたがいなくなったらみんなどうなると思ってんの!」

タカシはほんの一瞬、ハルカの顔を見た。

「―――っ!」

そして踵を返す。

「今撃っているやつ以外はみんな島の中へ!次に移る!」

その声を聞き、ハルカは少しだけ笑い、また手榴弾を投げた。

鉄の盾は残り何枚だ。

そしてあの奥の大砲をどうにかしないと。

爆発音、火薬と砂煙。血の匂い、叫び声。

ハルカは手元のライフルを構え、大砲の射手へ狙いを定めた。


タカシは島の奥に走り、そのまま散開を指示する。

逃げる気などない。

自分の意思を継いだものを、少しでも逃がすための時間稼ぎだ。

自分あの日救われた。それはきっと誰かを助けるために救われたのだと、タカシはそう信じている。

首に巻かれたバスタオルにはまだあの日の血が残っていた。


「無様だな、民衆というのは」

戦いを後方から眺めるアーマード倫理観は表情もなくつぶやいた。

目の前の大砲が1発撃つたびにバリケードは崩れていく。

手榴弾を向こうが持っていたのは想定外だったが、ここまでは概ね予想から外れていない。

バリケードの陰にちらりと見えた顔に傷のある女を見て、アーマード倫理観は目を細めた。

傷があるのに、輝かんばかりの美貌の女がいた。

「――虫唾が走る」

大砲隊が7割がたバリケードを壊したのを見て、アーマード倫理観は立ち上がった。

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