不退転


 ≡≡≡≡≡≡≡


 最初の砲撃、いきなり飛来してきたのが衝核砲だと感じた瞬間、ハルコルはその正確な射角に間違えなく死んだと感じた。

 だが、ツラファントには直撃しておらず、なぜが誰も死んでいない。


「……は? いや、何が起きた?」


 衝核砲の軌道が突然曲がったことなど、ハルコルには理解できなかった。

 いつの間にか航宙長である小太りのニーグント人から、本来の姿に戻ったヴィオランテが側頭部を抑えながら、ハルコルの横に立った。


「ガイルの炉を中心として乱屈折空間を形成させています。ガイルの炉を背中にすれば、敵の光学兵器の軌道を屈折させて炉に吸収させることができるようになります」


「………つ、つまり……?」


 混乱するハルコルがやっと出せたのは、その一言だけである。

 啖呵を切っておきながら情けないことこの上ないが、ハルコル自身まだ自分が生きておりツラファントには傷1つ付いていない事実を飲み込めていない状況である。


 そんなハルコルに対し、先ほどまで狼狽えていたのだが彼の啖呵と決意を聞いて立ち直れたヴィオランテが、今度はハルコルを叱咤した。


「とにかく、敵の主砲は衝核砲。あんなもの、一撃でも擦ればそれで終わりです! これも万能じゃない! ぼけっとしてないで、とにかく動いてください! サポートしますから!」


「お、応!」


 ヴィオランテが何をしたのかは、正直なところハルコルにも全く分かっていない。

 しかし、彼女に叱咤されてとにかく動かなければならないということだけは理解できた。

 言われるがまま、ツラファントの操作に集中する。


 敵の弩級戦艦の主砲は、間違えなく通常兵器においては最強の破壊力を誇る衝核砲。

 それは、ヴィオランテの言葉が誇張などではない、かすっただけでツラファントが消し飛ぶ破壊力を持つ兵器である。


 その上、先ほどは軌道がなぜかそれたから助かったが、あの艦艇は一度に連続して3発の衝核砲を放ってきた。


 その形状を確認してみると、3門の衝核砲の砲身が束ねられている。

 つまり、高い連射性を持つ衝核砲という、まともに対峙すれば単艦でバラフミアの通常艦隊など圧倒できる火力を持っているということである。

 ツラファントが一対一で挑めば、瞬殺される。

 射程も上、威力も上、連射性も上。あの白銀の艦艇とツラファントには、浅知恵程度では決して埋められない圧倒的な戦力差があった。


「………それでも」


 それでも、負けるわけには、退くわけにはいかない。

 この援軍の期待出来ない空間でツラファントが敗北すれば、ガイルの炉を守る存在はいなくなる。封印できる存在はいなくなる。


 蛮人の手に渡れば、守るべき祖国の民が、それを受け継がせる子供達が、未来が閉ざされることになる。


 だからこそ、ハルコルは負けるわけにはいかなかった。


「……悪い。もう大丈夫だ」


 ハルコルは、立ち上がった。

 自分はまだ生きているし、ツラファントもある。

 そして、隣には訳がわからないヴィオランテがいる。衝核砲さえ曲げて見せた彼女の化け物じみた異能の力は、恐ろしくもあるし怖くもある。それでも……いや、それだからこそ、ハルコルにとっては1000隻の艦隊よりも心強い存在だった。


 ならば、隣の部下を信じて戦えばいい。

 あんな蛮族の巨大戦艦なんぞに、負けていられねえ。

 膝なんかついている暇はない。


「手ェ貸してくれよ!」


「……はい!」


 ハルコルが立ち直ったことに、ヴィオランテは笑顔で返事をした。


 人の和。

 たった1隻でも、たった2人でも、圧倒的な差があっても。

 人の和があれば、横に並んで戦う味方がいれば、絶望的な戦況でも、軍人は立ち上がれる。


「一緒にあのクソ蛮族をぶっ倒す!」


 ハルコルは操舵を握りしめた。




 ≡≡≡≡≡≡≡


 ツラファントの主砲が、タルギアを向いた。

 新規の射程でも届かない距離を保っているが、好機は逃さないという意思によるものだろう。


「……挫けないか」


 あの艦艇は、ヒストリカ級航宙巡洋戦艦にしては、確かに他の艦艇を圧倒的に上回る性能を手に入れたのだろう。

 だが、それをもってしてもなお、タルギアが上を行く。


 それでも、ツラファントは退かない。

 蛮勇か、無謀か……。

 通常の同型艦を上回る性能と、この空間にて何らかの謎の力を入手し味方につけたのかもしれない摩訶不思議な現象。

 それが自信につながっているのかもしれない。


 だが、それが蛮勇であったとしても、あの艦艇はくじけることを知らずに立ち向かってくる。

 こちらの攻撃は掠るだけで撃沈するというのに、果敢に距離を詰めようとしてくる。


 ツラファントはタルギアに球体の干渉を受けながらも直撃できる位置どりを許さずに立ち回っている。

 その中で敵に攻撃が当たるように接近を試みようとしている。

 その操舵の手腕と精神力は、ヒルデならば一目で気に入りそうな見事なものであった。


 だからと言って手加減をするつもりはない。

 強制退去も服属も応じないならば、レギオにとってはクラルデンの皇帝に仇なす敵対者。

 それが有能ならば、味方の被害が生まれることになる。

 ならば、優先して倒すべき強敵という認識となる。


「敵艦、主砲を発射!」


 その時、索敵担当から想定外の報告が聞こえ、直後にタルギアに衝撃が響き渡った。


「左舷上部装甲被弾!」


「バカな!」

「まだ射程圏外だろ!?」


 レギオは当たらないはずの距離を保ちタルギアを操作していたが、敵艦はその上をいった。

 主砲の射程を見誤ったらしい。

 ともかく、この距離で被弾することが判明してしまった。


「ソルティアムウォール3番展開!」


 すかさずレギオは命令を飛ばす。

 敵艦艇の射程が未だに不明な以上、衝核砲の攻撃ができなくなるデメリットを考慮しても、配下の安全を確保するには後退よりも盾を展開する方が確実である。

 謎の現象の数々ならばともかく、ツラファントの主砲である中性子パルスメーザーならば、どれほど威力を上げようともソルティアムウォールで防ぐことは可能である。


 案の定、敵艦のさらなる砲撃はタルギアの黒い装甲をまとった左舷に直撃–––––することなく、まるで幻だったかのように消えてしまった。


 敵艦が驚いているのか、砲撃が一瞬だけ止まる。

 すかさずレギオは衝核砲の射線にツラファントを乗せた。


「ソルティアムウォール3番解除! 衝核砲!」


 さらに命令を飛ばす。


了解ですクァンテーレ!」


 絶好の好機に、待ってましたと言わんばかりに砲雷長が3連衝核砲の攻撃を行った。

 球体の影響で曲がった軌道が、逆にツラファントに狙いを定める。


 しかし、直撃の寸前で今度は曲がることなく直進したことにより想定から逸れてしまい、艦橋後部の上部装甲の主砲と副砲を一門ずつ吹き飛ばし、その装甲の一部をえぐりとるだけで終わってしまった。


 掠めたものの、ツラファントはかろうじて健在。

 動力機関部にも損傷はなく、兵装を多少失い、装甲の一部がえぐり取られた程度で済んだ。


「外したか……」


 思わずつぶやきが漏れたが、すぐにレギオは再度同じ射線を確保するべく休む間も無くタルギアを動かす。


「申し訳ありません軍帥……」


「謝る前に手を動かせ。チャンスは何度も訪れるわけじゃない」


了解ですクァンテーレ!」


 タルギアにはソルティアムウォールと衝核砲がある。

 そしてツラファントには通常の同型艦を明らかに上回り、かつ考えたくはないがこの空間でさらなる躍進を遂げてみせる機能が備わっているようである。


 お互い盾は有している以上、アウトレンジの戦闘の継続はこう着状態にしかならない。


「ソルティアムウォール3番展開」


 それでも、先に敵の音が上がればそれでいい。

 わざわざ突撃で短期決着をつけるべく、上回る射程の有利を捨てて前進するのではなく、距離を保ちながら砲撃の応酬をすることにした。

 ツラファントの乗組員たちを疲弊させて隙を窺い、その時が来たら衝核砲を持って沈める。


 通常空間とも亜空間とも切り離された特異な空間。

 その中で、激突を繰り返した二つの勢力の艦艇。


 そして、その決着を息を潜めて監視する、別の存在があった。

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