遺跡


「何のつもりだ!」


 椅子を立ち上がったハルコルは、腰に差してあった銃を構えてツラファントを1人で動かしている謎のヴィオンテに尋ねた。

 大声をあげたのは、わざと乗組員たちに知らしめるためだ。

 しかし、その予想に反して誰1人耳を傾けるものはいなかった。


「……なんだと!?」


 それだけではない。

 ほんの少し、自分自身の殻の中に任務を無視してでも入っていたかった間に、いつの間にか乗組員たちは全員が虚ろな目で虚空を見つめるだけになっていた。


 状況から、目の前のヴィオランテが彼らの自由を奪ったとしか考えられない。

 どういう手段を使ったか見当もつかないが、少なくとも目の前のヴィオランテが危険な存在であることは明白となった。


 癒しの血肉を有すると言われるヴィオランテは、ほかの生命体のは明らかに一線を画した再生能力を有する種族である。

 彼らを殺すには、秒単位で欠損を再生していく肉体を突破して脳を欠片も残さずに破壊するしかない。

 多少銃撃を加えられても、ヴィオランテからすぐに撃ち返されればそれで決着がついてしまう。

 そのため、拳銃を構えても脅しにすらならない。何の意味もないのだ。


「お、お前がやったのか!?」


 しかし、他に手段もない。

 振り向いたヴィオランテに、ハルコルは銃を向けた。


 しかし、拳銃程度ならばほとんどの士官が持っている。

 当然、目の前の航宙長の服装のヴィオランテも。

 何発撃っても死なない相手では、こんなものは脅しにもならない。

 何しろ化け物のような再生力を持つ種族だ。相手は何十発撃っても殺せないのに対し、ハルコルは急所に当たらなくても出血させたり器官に損傷を与えて放置すればそれで死ぬ。


 ハルコルはヴィオランテの実物と対面したことがあるわけではない。

 伝承とは誇張されるものだ。滅亡したと言われる種族ということもあり、不老不死の象徴である、不気味な妖術を扱うなど、ヴィオランテには不気味な伝説の多い。

 だが、バラフミアにおいて最高の価値を持つ万能薬と言われる、冷凍保存されたヴィオランテの血液が現存しており、どんな病や怪我も死んでいなければ必ず治してしまう実例がある。

 少なくとも、ヴィオランテが乱獲の被害にあい絶滅してしまった最大の要因である、常軌を逸した回復力は本物だ。

 ヴィオランテはまだ銃に手をかけてすらいないが、それでも銃撃戦となればハルコルに勝ち目はない。

 だから、銃を向けながら撃つことができないのはハルコルの方だった。


 銃口を向けて虚勢をはるしかないハルコル。

 それに対し、振り向いたヴィオランテは、その3つの瞳孔が妖しい光を帯びる双眸をハルコルの目に向ける。


「……銃を捨てろ!」


「………」


 ハルコルが撃てないことをわかっているらしく、ヴィオランテは慌てる様子もなく、ただ3つの瞳孔を向けながら舵を握っている。


「……いったい、どこに向かうつもりだ?」


 銃を抜くのではないかという緊張感から、目を向けていたヴィオランテの手。

 それが握る操舵捍の動きに、ハルコルはヴィオランテに尋ねた。


 そもそも、ここがどこであるかさえわからない。

 ワームホールから外れた異空間の狭間、船の墓場と呼ばれる場所だと、そのエネルギーは空間そのものに吸収されてしまい瞬く間に航行不能に陥ると言われている。

 だが、ツラファントの機関は問題なく動いている。

 異空間の狭間に行ったことがないため、ハルコルにはここが船の墓場と言われる場所かどうかは分からない。

 しかし、少なくとも空間の性質自体は本来の宇宙と同じものである事だけは機関のメーターの数値が正常を示していることで分かった。


 その中をゆっくり進んでいくツラファント。

 艦首は何も答えようとしないヴィオランテの操舵に従い、進行方向をこの空間の中心に見える謎の巨大な球体に向けていった。


「一体、何を……」


 ヴィオランテの意図が掴めない。

 虚勢を張っていることを見破られたのは確実だと判断したハルコルは、せめてヴィオランテの意図だけでもつかもうと、ツラファントが艦首を向けた方向にある巨大な球体に目を向ける。

 進行方向になったことにより、球体は正面モニターに大きく表示された。


 距離感のつかめない白い雲が覆う空間。

 球体との距離感が掴めないが、ツラファントの速度と大きさの見え方の変化から、直径5,000kmはありそうである。


 そしてその球体の表面が、モニターによって鮮明にハルコルの目の前に映し出される。

 それは、高熱を内包している金属球のように赤く輝いており、雲の隙間から眩い光が漏れている。


「これは……」


 どこかで見たようなことがある。

 その球体と白い空間の姿を見て、ハルコルの脳裏にどこかでこんな風景を見たことがあるという不思議な感覚がよぎる。

 何時だっただろうか。

 記憶を掘り起こして、それは今回の任務にあるカミラース星系の古代文明の遺跡調査の時に見たことがあると思い出した。


「あ! あれは確か……」


 そう。こんな感じの風景を描いた、古い伝承を示す絵図がオリフィードの遺跡の入口にあった。

 古代の言葉で、[古の秘宝たる創造の炉心が眠りし地を記す]と記載してあったもの。

 古代文明を研究している専門家によると、[古の秘宝]は遺跡に眠る遺産を示し、[創造の炉心]は遺産そのものの名称を示す。

 そして、[地を記す]が遺跡のどこに遺産があるかを示す文章であり、それを絵として残したのが絵図である、と。


「………待てよ」


 つまりそれと同じ景色に見えるここは、遺産のありかということなのか?

 名称である[創造の炉心]は、[炉]が使われている点からエンジン、つまり動力機関に関係する何かを示していると推測されていた。


 灼熱を帯びているように見える巨大な球体。

 それは、まさに伝説の絵図が示す宝そのものだった。


「まさか、創造の炉心……古代文明の遺産なのか!?」


 欲しがる仲間が血眼になって散々遺跡を探して見つけられなかった秘宝。

 それが、よりにもよってその遺産に頼ることを良しとしない選択をしたハルコルの前にある。


「何の皮肉だよ……」


 もう、銃を向ける気力も湧かなかった。

 こんなに簡単に見つかったのに、不確かな宝のためにアルフォンス司令をはじめとする多くの戦友が殺されてしまった。

 それが、よりにもよって遺産を無視するべきと言って更迭され、しかも蛮族との戦闘に負けて味方の退避もろくに果たせず、挙句白旗を上げておきながら逃げ出したやつの指揮する艦艇の前に現れた。


「何なんだよ……!」


 あまりにもひどい。

 呆れと、悲しみと、虚しさ。

 蛮族ならばともかく、この現状に対して湧いてきたのは、そんな投げやりのような感情だった。


「こんなことって……」


 なぜ、ツラファントがここに出たのかは、わからない。

 否。なぜ、ツラファントがここに出されたのかが、わからない。


 その真実を知るのは、おそらく1人。

 銃を降ろし、力なくうなだれた顔を上げ、焦りと恐怖を貼り付けた顔から複雑な感情が絡み合った表情になったハルコルは、艦長席の背もたれに肘を置き、目の前のヴィオランテに尋ねた。


「何なんだよ、これは……?」


 ヴィオランテは、3つの瞳孔を宿している双眸を体ごと前に、正面モニターに向きなおる。

 そして、不気味な外見と多くの伝説から想像されるのとはかけ離れた、穏やかでありながら静かな重みをたたえた声で話し始めた。


「……かつて、名も残っていない遥かな古の文明が作り上げた遺産。その名は、[創造の炉心]または、[ガイルの炉]と呼ばれている」


「ガイルの、炉……?」


 聞いたことがない名称を口にするハルコル。

 操舵捍を握るヴィオランテは、背中を向けたまま頷く。


「正確には、原初のワープ機構。その機能の本質は、無限を超えるエネルギーを作り続ける永久機関、その核となる[ガイル・テルス・コア]と呼ばれるものを生み出す、創造の炉心」


「[ガイル・テルス・コア]……!?」


 ヴィオランテが口にした遺産の正体。

 それは、ハルコルの想像を上回るとんでもない存在だった。



[ガイル・テルス・コア]。

 それは、9つの銀河を統一したと言われる原初にしてロストテクノロジーが跋扈した時代の一大文明、名も遺らない古代文明が生み出したと言われる原初のワープ機構の心臓部に使われる部品の名前である。

 今となっては伝説に語られる代物だが、[ガイル・テルス・コア]は最初の永久機関とも言われ、無から無限のエネルギーを永久的に作り出したという伝説の存在である。

 これが最初のワープ機構。

 質量を有する物体に無限を超越したエネルギーを与えることで光速の壁を破る[超光速]を生み出し、逆行した時間から瞬間移動を果たすというもの。


 伝説の存在なので原理はまったくもって不明。

 だが、この機関を動かす、つまり永久機関の実現に必要であり、特別な炉でなければ作ることができなかったと言われているのが、[ガイル・テルス・コア]という核だった。


 その伝説のロストテクノロジーの集大成、[ガイル・テルス・コア]を製造していたとされる炉。

 カミラース星系に眠っていたのは、永久機関の核となる部品を生み出す巨大な炉だった。


「ガイルの炉って……それは、伝説じゃ……!?」


 しかし、ヴィオランテの言葉を理解できても、あまりの宝物の出現にハルコルは感情が追いついていない状況に陥っていた。


 永久機関はこの宇宙に幾つか確認されている。

 だが、無から有を生みそれを無限に増幅させるロストテクノロジーが生み出した遺産であるガイル・テルス・コアは、それらの永久機関の中でも特別視される存在である。

 それだけでも十分凄まじい存在だというのに、それを生み出す炉である。

 ロストテクノロジー。再現不可能な太古の超文明が扱ったという永久機関を製造する装置など、戦争のパワーバランスを一気に崩す存在だ。超兵器と呼ぶにふさわしい。


 だが、それは永久機関の生み出す無限のエネルギーを用いた攻撃手段を手に入れるということ。

 戦争には当然のように使われるだろう。

 バラフミアは勝つかもしれない。

 しかし、その代償に文明をいくつも破壊し、下手をすればそのエネルギーがいくつもの星系を壊してしまうかもしれない。

 一度開かれれば、その瞬間より想像を絶する生命を破壊し尽くすことになるパンドラだ。


「どうして……?」


 どうして、このヴィオランテはこの遺産を知っている?

 どうして遺跡を知っている?

 何より、どうしてツラファントに現れたんだ?


 多くの疑問が渦巻き、ハルコルはどれから発していいかまとまらず言葉に詰まる。

 そのハルコルを、3つの瞳孔を宿すヴィオランテの目が見つめていた。












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