勅命

 その存在を証明する事柄を確認したわけでもない。敵か、それとも味方か? それもわからない。

 憶測の域を出ない、暗躍する何者かの思惑の存在。


 そのようなものに振り回され、余計な警戒をする。

 それは勇猛と戦死を名誉とするクラルデンの軍人にとって、消極的な考え方である。

 だが、名誉を捨てても警戒をするのがレギオという軍人だった。


 レギオの祖父であり師である、ルギアス。

 その教えに、このような項目がある。


 –––––勝利を信じて戦うことは兵士の務め。勝利を得るために策を練るのは参謀の務め。そして、敗北を想定して指揮を執ることが将帥の務めである。


 勝利を信じて戦うことは誰にでもできる。

 勝利を得るために知恵を駆使するのは、知識を持つものならばできる。

 だが、敗北を想定することは、将たる気質を持つものにしかできないこと。

 どういう敗北が想定できるか、敗北によって何が変わるのか、何が動くのか……こういった予測を立てられれば、それを覆し真の意味で勝利というものを得られるようになる。


 ルギアスの名が伝説の軍帥として遺るほどの功績を挙げた根幹にあるものは、この考え方にあると生前のルギアス自身が口にしていた。


 ルギアスのこの教えは、教え子たちとレギオに、ルギアス艦隊とともに確かに受け継がれている。


 戦争は、ただ拠点を制圧すればいい、敵を駆逐すればいい、局地戦に勝利すればいいというものではない。

 勝利の先に、敗北の先に何を見据え、行方を導くかにある。


 そんなルギアスの教えを受けたレギオだからこそ、詳細が見えてこない不確定要素の存在はたとえ憶測でも無視できなかった。


 ルギアス艦隊旗艦であるタルギア。

 その作戦指揮所に集められた、カミラース星系出陣を命じられることになる各艦隊の司令官。

 彼らが一同に集った場にて、レギオはマッピングシステムの立体映像機能を起動させ、パネル上にカミラース星系に関する情報を映し出した。


「シャイロン星雲辺境、カミラース星系に関する星間図だ。陛下の勅命により、ルギアス艦隊は1〜17番艦隊を以ってこの星系の制圧任務に当たる。目的は、この星系のいずれかに眠る古代文明の遺跡の確保と、カミラース星系に駐留するバラフミア王朝軍の駆逐の二項目となる」


「その意図は?」


 ルギアス7番艦隊司令官であるムズルが、作戦目標の意図に関して尋ねる。

 ポラス艦隊で同じことをしたら確実にヒルデが殴り飛ばしていただろうが、レギオは艦隊司令級の者には作戦の重要性や目的を理解した上でどれほど奮闘するべきかなどを把握してもらうために情報を開示することを信条としている。


 情報の共有は視野を広げ、今回のような見えない不確定要素に対しても想定しうる事態や、思惑の裏にいるものに関する推測が出るかもしれない。

 秘匿すべき事案でないならば、信頼する部下に対してレギオは事実を隠すことなく伝える。


「作戦目標の一つ、古代遺跡に関してだが、バラフミア側の情報漏洩により古代文明の超兵器が保管されている可能性が出てきた。遺跡の確保はバラフミア王朝にその兵器を奪取されるのを阻止することにある」


「では、駐屯する敵戦力を撃退できた場合、追撃戦の必要はないということですか?」


「その場合は必要ない。アストルヒィアとの戦役で劣勢に立たされている中、その逆転の可能性に賭けてカミラース星系にて遺跡を捜索している奴らをおとなしく追い出せるというならば、だが」


 貴重な国防戦力を割いてまで送られている戦力である。

 多少の被害を受ける程度でカミラース星系を放棄するとは思えない。

 激しい抵抗が予想される。


 それに、バラフミア王朝の軍勢の駆逐は確かに任務の一つではあるが、最優先目標は遺跡の確保にある。

 バラフミアとの奪い合いになることを想定する場合、敵の抵抗にいちいち付き合う必要はない。それで時間を稼がれて超兵器を奪取されることがあっては、元も子もない。

 バラフミアが未だにカミラース星系に駐屯していることを考えると、超兵器の発見、または確保ができていない状況にあると推測される。

 最優先目標はバラフミアに超兵器を確保させないという事。封印されている場合などは、遺跡を確保して防衛戦へ移行することも考えられる。


「目的はバラフミアに超兵器を確保させないことにある。場合によっては遺跡を破壊し超兵器そのものを使えなくさせるという手も考慮される」


「バラフミアが狙う超兵器ならば、むしろこちらが手にしたいところですね……」


 5番艦隊司令官であるダリフが呟きを漏らす。

 明確な発言ではないため、レギオは聞き流した。


 ロストテクノロジーの生み出した兵器は、未知数の存在である。

 危険極まりない爆弾を、不確定要素が溢れている実戦の中に放り込むなど、レギオとしては正気を疑う行為に思っている。


 未知数の力を持つ兵器を使用するならば、相応の安全の考慮が必要だ。

 1度の砲撃で何百万の敵を屠ることになろうが、そのために味方に1人でも犠牲が必要になる兵器など、そんなものは兵器とは呼ばない。

 軍人は祖国のために戦うもの。戦死は名誉だが、犠牲は愚かな行いである。部下も、仲間も、軍人であるとともに皇帝陛下に忠誠を誓う臣民である。彼らに無用の犠牲を強いることは、陛下の臣民を踏みにじる行いであり、祖国に対する冒涜だ。


 皇帝に忠誠を捧げるがゆえに、レギオはその皇帝の臣民の損失を可能な限り抑えようとする。

 艦艇は作ればいいが、部下は生き返らない。

 これもまた、ルギアスの教えの一つであった。


 そして、それは目の前の戦いの将兵の死を抑えるだけではない。

 戦の行く末に何を見るか、そこで生まれるだろう犠牲もまた可能な限り減らすべきである。

 ルギアスの教えである、将が見据えるべき[戦争の先]にあるものを見るという事。


 戦いは勝利することが目的であり、戦争は結果の先に何があるのかを見据えてその目標に進むことにある。どちらにせよ、敵を一人残らず屠ることが目的ではない。

 クラルデンが新たな超兵器を手に入れたとなれば、他の勢力が黙っていない。そうなればクラルデンは場合によってはバラフミアに超兵器を渡した方が軽く済んだのではないかというほどの被害を受ける事もあり得る。余計な戦火を招くのは得策ではない。

 超兵器を手にする事は、メリットだけではないのだ。


 レギオはダリフに一瞬目を向けてから、再度立体図の方に視線を戻す。

 明確にダリフを指して言うわけではなく、それはここに集うものたち全員に伝える。


「古代文明のロストテクノロジーを用いた遺物は、我々の常識を凌駕する存在だろう。だが、それを手にするという事はどんな暴発をするかもわからない爆弾を抱える事であり、それを一度手にすれば今回の我々のようにそれを狙う他勢力の介入を招く可能性もある。無用な戦火の拡大は、統一間もないクラルデンの疲弊を招き、皇帝陛下の臣民に強いる必要がなかった犠牲を生む事につながる。我が祖父の遺したルギアス艦隊の旗を掲げる将ならば、この戦の先に未来を見据えることだ」


「………ッ」


 ダリフにはレギオの言いたい事が伝わったらしい。息を呑み、察してくれたようである。

 ダリフもまた、ルギアスの教えを受けた者の1人。ここで気づけたならば、もう大丈夫だろう。


 レギオは軽く頷くと、司令官たちの顔を見渡した。


「陛下の勅命においての最優先事項は、超兵器をバラフミアの手に渡らぬようにする事だ。それはバラフミアがこの超兵器を手にする事で生まれるかもしれない、クラルデンの臣民、そしていずれ陛下の軍門に下る事になるかもしれない他国のものたちに生まれるあらゆる犠牲を防ぐ事だ。超兵器をめぐり起きる戦争で犠牲が生まれては何の意味もない。戦いの先に、考えられる未来を見据えること、それが我が師であり祖父の教えである」


 レギオの言葉を聞き、既に察していた者、初めて気づいた者、それぞれの反応がある。

 一拍置いて、レギオは言った。


「ロストテクノロジーが生んだ未知数の遺品のために、俺は命を散らす真似を許すつもりはない。場合によっては、超兵器を破壊する。作戦目的を認識し、任務に当たれ」


「「「了解です、レギオ軍帥クァンテーレ・ジェレストレギオ!!」」」


 艦隊司令たちが敬礼をする。

 頷いたレギオは、作戦概要の説明を終え、今回の作戦に関する懸念事項を伝える。

 カミラース星系、ひいてはバラフミア王朝をめぐる何らかの思惑が介在している可能性が示唆されている今回の戦場。

 偶然で片付ければ簡単だが、テュタリニアの時も、そしてカミラース星系の航宙記録の時も、情報漏洩は人為的なものだった。

 大国の介入を招いたこの二つの事件は、何らかの繋がりがある。

 その憶測について、レギオは艦隊司令たちに告げた。







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