第16話 荒夷


 「助けるだと?」


 男は、姉妹の言葉に対し困惑を顔に浮かべた。


 「敵か味方かも分からんお前達をか?」


 男は眉をひそめてジッと姉妹の目を見た。


 リンは恐怖を覚えつつも彼の視線を見返し、ランも姉の背後に隠れながらも男から視線は逸らさなかった。


 姉妹の真剣な眼差しを、品定めするように目を細めながら見た男は、その顔へ徐々に意地の悪い笑いを加え始めた。


 「ふふ、そうだなあ。……ならば、俺がお前達を助けて得る利益とはなんだ?」


 「利益?」


 「そう、利益。まさか、なんの対価も無しに俺を使役しようというのではあるまい?」


 男はそう言うと、その笑みの中に鋭いものをチラつかせた。


 男の眼光を負けじと見つめ返すリンは、乾いた口内から絞り出すように答えた。


 「……全て」


 その言葉に男は目をキュッと細めた。


 「全て?」


 「私の持つ全てです」


 リンの言葉に男は愉快気に笑った。


 「ほう? つまり、おまえのその体も心も、そして命までもか?」


 リンは男の物言いに内心狼狽えたが、顔に出さずコクリと頷いた。


 そして、そんな姉の背後に隠れていたランが、思い切った様子で姉の横に並び出た。


 「わ、私も……。全部、イビス様に捧げます」


 ランは、涙を浮かべながら訥々とつとつと言った。


 そんな妹の姿を、リンは驚いた表情で見つめた。

 ランは姉の心配を説き伏せるように、健気な微笑みをリンへ投げかけた。


 その微笑みの中に妹の確固たる覚悟を見たリンは、妹と並び立って男に対峙した。


 そんな姉妹を前に男は肩眉を吊り上げると、面白くもなさそうにふんと鼻を鳴らした。


 「見くびるなよ。俺がそんなもの欲するとでも思ったか?」


 男はそう言って呆れ返ったように溜息をつくと、席を立って姉妹に背を向けて窓際に向かって歩いた。

 

 「そ、そんな……」


 リンは拠り所を失ったかのような絶望の色を顔に浮かべた。

 そして力が抜けたかのように、その場にへたり込み、ランが慌ててその肩を支えた。



 そんな姉妹へ、男は背を向けたまま「だが……」と切り出した。


 「だが……。お前たちの真摯さと覚悟は伝わった。お前たちの話は十分信ずるに値すると俺は見る」


 男は窓の前に立つと姉妹を顧みて不敵な笑いを浮かべた。


 キョトンとしてその姿を見上げる少女らに男は続けて言う。


 「俺は外道ではあるが、義理は重んじるタチでね。恩人の知己ということであれば、それを見捨てるのは道理に反するというものだろう」


 男はおもむろに部屋内のベッドの傍らに歩み寄ると、そこへ捨てられたように放られていた、真っ赤に染まったズタボロの布の山の中をまさぐって何かを取り上げた。



 それは30㎝程の細長い何かであった。

 

 姉妹にはそれが何かは分からなかったが、男がかつていた世界において、それは「扇子」と呼ばれていた。


 男は手にしたそれを勢いよく振るった。


 すると、それはバンと空気を張るような気前のよい音を立てて、円を三等分に割ったかのような形状に広がった。


 そこに施された絢爛な装飾が、部屋内の灯りにキラキラと瞬いた。


 途端、窓から風が吹き込んだわけでもないのに、部屋内に不自然な空気の流れが起こり、男を取り巻く様に穏やかに渦を巻き始めた。

 


 「 いいだろう。この荒夷あらえびす、お前たちの願い聞き届けてやろう‼ 」



 男は風の渦の中、その瞳を化生の如く爛々と輝かせて強かに宣言した。

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外道転生 チンプンカン・プカン @chinpunkan

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