シンフォニック・シティ・チェイス⑤

ボートに揺られながら、カレントはタバコを吹かした。

裏通りと言う事もあり、辺りを見渡しても追っ手はおろか自動車一台通っていない。


「なんとか逃げ切ったみたいだな...」


チラリとトキの方に目をやるとぐっすりと眠っていた。余程疲れていたのだろう。


「いつも誰かを追っかけまわしてるお前が追いかけられるとは珍しい事も有るもんだな」


そう言って運転手はカレントに笑いかける。


「まったくだ。だが、相手の立場になってみるのもたまには悪くない。」

「悪くないと言うわりには随分疲れたツラだがな。」

「"たまには"だ。..もうしばらく誰かから逃げるのは御免だ....」


苦笑して座席に座り込んだカレントの携帯が鳴った。トワからだ。


「もしもし?どうした?」

『カレントさん。いま何処に?」

「ん?4番地だ。いまボートでそっちに向かってる。」


向こうで地図を広げた音がした。


『・・・・分かりました。5番地の運河の終点に行きます。そこで落ち合いましょう。」

「了解。」

『ところで、トキは?』

「安心しろ。元気...とは言いがたいが無事だ。ぐっすり眠っている。」


携帯の向こうから安堵のため息が聞こえた。


『よかった...』

「ところで、なんで俺に電話した?待ち合わせ場所の確認のためだけか?」

『あ、そうでした...一応カレントさんの耳に入れておこうと思って...』

「なんだ?」

『4番地で指名手配犯の目撃証言がありました。』


カレントの眉がピクリと動いた。


「ほう。概要は?」

『指名手配犯は5人組の連続誘拐犯で、そのうちの三人が4番地で確認されたそうです。』


しばらく沈黙があった。


「五人組の誘拐犯....?」

『心当たりが?』

「いや。まだ分からん。そいつらの特徴は?」

『性別は全員男、服装はバラバラですが、全員サングラスをかけているとの事です...』


予想通りの特徴にカレントは頭を掻く。


「やっぱりさっきの奴等か...」

『さっきのぉ?』

「あぁ、そいつらならさっき会った。なんたって彼女を狙ってたんだからな。」

『トキを!?』

「あぁ、彼女が行方をくらましていた原因はその誘拐犯達だ。」


携帯越しでもトワが動揺したのがわかった。


「アイツら、街中でトキの事をかぎ回っていやがった。あろうことか俺がトキを探していた時にばったり会ってな...」

『それで?捕まえたんですか?』

「....いや、賞金がかかってるとは知らなかったんでな。シメてそのまま.....」

『なにやってるんですか!? 普通賞金あるなしに関わらず逮捕でしょうが!!』


トワに怒鳴られ、カレントは電話を耳から遠ざける。


「いやー、ホントスマナイ。トキが拐われそうだったもんで....」

『・・・・まぁ、いいでしょう。トキが無事だったんだ。』


口ではそう言ったものの、カレントの勤務態度にトワは若干不満そうだ。


「それで?いくら懸かってる?」


話題をそらしつつ、カレントが期待に弾んだ声で問いかけた。


『それがですね....』

「なんだ?」

『なんと五人で500万!』

「500万!一人100万か!!久しぶりに車のメンテが出来そうだ。」


カレントは思わず前のめりになった。口元も緩んでいる。


『まずはトキを無事保護することを優先してください。"虻蜂取らず"ってことわざがありますよ。』

「分かってる。」

『それに、条件があるそうです。』

「条件?」

『はい。"五人全員確保”でしか賞金が出ないそうです。』

「なんだそりゃ!?ふざけてるのか!?」

『どうやら、金額が金額だけあって支払いを渋っているみたいですね...』

「そりゃないだろ...」


カレントが苦々しくタバコを吹かしたとき、運転手が声を張り上げた。


『おいカレント!ありゃお前のダチか?』

「なに!?」


座席から立ち上がって運河の横を通る道路を見上げるといつの間に現れたのか、右側の道を真っ赤なオープンカーが走っていた。乗っているのはあの三人組だ。


『カレントさん。どうしました?』

「三人を発見した!どうやら、300万がわざわざ向こうから来てくれたみたいだ」

『どうします!?』

「今は応戦出来そうに無い。このまま引き付けてそっちに連れて行く。戦闘体制で集合場所に待機しておけ!

『了解!』

「切るぞ!」


カレントは電話を切り、運転手に叫んだ。


「どうやら姫を取り返しに来たらしい!そのまま引き付けておいてくれ!」

「オーライ!」


運転手は掛け声と共に、ボートの速度を上げた。向こうもそれに合わせて速度を上げる。陽動作戦に引っ掛かってくれたようだ。


「よし!このまま...」


5番地まで。そう言いかけたが、突然鳴り響いたけたたましいサイレンに遮られた。


「今度はなんだ!?」


道路を見上げると左側の道を小型の四駆が走って来ていた。車体には”JAPARI PARK”の文字。


「管理センターか!?」


助手席のパーワウィンドウが開き、桃髪の女性がメガホンを構えた。


「こらーっ!そこのオープンカー!止まりなさーい!」


その声にカレントは目を見開いた。


「ゲッ!菜々!あいつは何をしてるんだ!?」


四駆の後部座席の窓も開き、今度はサーバルが顔を覗かせた。


「サーバル!あいつが管理センターに通報したのか!?」


サーバルがこちらに気付いたのか、驚いた顔で菜々になにか話しかけている。

風を切る音で声は聞こえなかったが、口の動きで大体何を言っているか予想できた。


”見て菜々!船に隊長が乗ってるよ!きっとトキをさらった誘拐犯をやっつけてくれたんだよ!”

恐らくそんな事を言っている。


「何をもって俺を俺だと認識してるんだアイツは...」


菜々がこちらに手をふってきた。それを見て運転手がニヤニヤと笑う。


「おいカレント!かわいこちゃんがお前に手をふってるぜ。もてる男はツラいねぇ~」

「バカにしてんのか!!」


カレントが吠えると運転手はゲラゲラと笑った。


「カレントさん!トキをお願いします!」


メガホンで菜々がそう言ってきた。


「お前達はどうするつもりだ!?」


カレントが必死に叫ぶが、聞こえないようだ。カレントは舌打ちをする。


「おい!この船スピーカー積んでるか!?」

「そこのトランシーバーだ!」


運転手が指したトランシーバーを揺れるボートの中なんとか取り、スイッチを入れた。


「お前達はどうする!?」


カレントの声はスピーカーで拡張されて菜々達の耳に届いた。


「私たちはあの誘拐犯を捕まえます!」

「誘拐犯を!?」


カレントは顔をしかめた。菜々達が追いかけて三人が逃げてしまえば、せっかくの陽動作戦が水の泡になる。それは避けなければならない。愛車をオーバーホールする為にも。


「ここは大丈夫だ!残りの二人を探してくれ!」


カレントが菜々にそう言ったが、その言葉を聞き終わる前に菜々が突然叫んだ。


「カレントさん!後ろ!」 


カレントと運転手はオープンカーの方に目をやる。

三人組の一人がボート目掛けて何処で手に入れたのか、グレネードランチャーを構えていた。

カレントがとっさに叫ぶ。


「ヤバイ!何とかかわせっ!」

「何とかつっても...!」


運転手は焦ってハンドルを右へ左へまわし、船体が揺れる。

次の瞬間、グラサン男が引き金を引いた。カチャン。とおもちゃの様な音がした。


「ヤバイ!」


一気にボートを左によせると、壁と船体が擦れて火花が散る。

すこし後ろで爆発音と共に水柱がたった。水しぶきが太陽を反射して煌めいた。


「カレントさんッ!!」


菜々達が悲鳴を上げた。


「まだまだ撃ってくるつもりだ!陽動作戦失敗だ!逃げろ!」

「言われ無くてもわーてっるよ!」


運転手がハンドルを強く握りこみ、歯を食いしばった。

速度を上げるが、観光ボートとスポーツタイプの車両では性能に違いがありすぎる。距離はほとんど離れない。

ボートの後ろでは何本も水柱があがっている。荒い運転と爆発で船体が大きく揺れた。

カレントが眠ったままのトキを庇うように抱き抱えて、座席に掴まって叫ぶ。


「逃げ切れるのか!?」

「勿論だ!賭けるか?」


後ろでまた爆発が起こった。


「俺は逃げ切れない方に1万だ!」

「フン!俺は逃げ切れる方に10万だ!」


そんな軽口を叩き、運転手はエンジンをフルスロットルにした。加速の衝撃が二人の体に伝わる。


「おい!無茶だ!オーバーヒートするぞ!」

「運河の終点ぐらいまでなら持つさ!」


少しずつだがオープンカーとの距離を離していく。


「よっし!」


運転手が思わずガッツポーズをした時、カレントは気付いた。

この位置はマズイ、いま撃たれたら確実に船体に直撃する。と


「おいッ!速度を上げろ!」

「これが限界だ!これ以上は無理だぞ!」


グラサン男が立ち上がって狙いを定めたのが見えた。どうやら確実に仕留めるつもりらしい。


「マズイ...」


カレントの額にじんわりと汗が滲んだ。


──5番地まで、あと3km。

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