章吾さんが帰って来た

 章吾さんに会いに行った翌週の週末。静浜しずはま基地というところでブルーインパルスの展示飛行があると航空自衛隊のサイトに書いてあった。

 調べたら片道三時間はかかるけど行けない距離ではないし、美沙枝を誘って行こうと思ってたんだけど……。


「静浜基地はリモート展示だから、機体はないよ?」

「は?」


 美沙枝にそう言われて首を傾げてしまった。


「みさちゃん、リモート展示ってなあに?」

「そうねえ……簡単に言うと、ブルーインパルスがどこかから飛んで来て、そこで展示飛行してまたどこかに帰って行くこと、かな?」

「はい?」


 言ってることはわかるけど……どういうことだろうと思って聞いたら、さらに説明してくれた。


「たとえば、入間基地はとても大きい基地で滑走路も長いから、チヌークやC-1などの大型の輸送機やT-4がいるの。毎年ブルーインパルスや戦闘機も来てるし」

「うん」

「だけど、小さな基地や都市には下りられる場所がない。だから、そうね……たとえば所沢で何か大きな催し物があってもブルーインパルスは下りられないから、入間基地からその所沢に向かって飛んで、そこで展示飛行して帰る……それがリモート展示」

「なるほど~」


 美沙枝の説明でようやくわかった。入間基地と百里基地、松島基地にしか行ってないからわからなかったけど、美沙枝によると中には小さな基地もあるから、リモート展示っていう方法で観客を楽しませてくれるんだって。

 どんな展示飛行をするかは前もって決めてあるから、どんな展示が見れるかは見てのお楽しみなんだとか。それはそれで見てみたいけど、いまだにどの形がどんな名前なのかを覚えていないから、見て興奮するだけかもしれない。


「じゃあ、しばらくおあずけかなあ……」

「だね。私たちが行けそうなのだと……八月末の松島基地か、もっと先になるけど浜松基地かなあ」

「そっか……」


 当分は章吾さんがこっちに来るか私が行くかしかないわけだけど、そんなにしょっちゅう松島基地に行って章吾さんや他の人のお仕事を邪魔するのも気が引ける。


(そろそろまたお仕事中のカッコいい姿も見たいしなあ……)


 そんなことを考えつつ、美沙枝と話しあって八月末にある松島基地の航空祭に行こうと決める。その場で「どうせなら前日に行って朝から見たいよね」という話になり、どこに泊まるかも決めて予約した。


 そして六月、七月と今まで通りに過ごした。あ、今まで通りでもないか。

 バイトだけど、結局惣菜部に移動になった。それだけじゃなくて、六月初めに本部の人が来て監査していったんだけど、そこで店長と副店長の悪行が見つかったのだ。

 なんと二人は私たちには低い時給で給料を払い、本部にはきちんと定められている最低賃金で報告し、その差額分やボーナスを着服していたというのだ。とんでもない不正だよね? 立派な横領だ。


「ボーナスなんてもらったことないです」


 社員はともかく、長く勤めているパートやバイトの全員がそう言ったもんだから、それを聞いた本部監査の人は顔を青ざめさせていたっけ。


 皆と話してたんだよね……少ない金額ならともかく、いまどき銀行振込じゃなくて現金払いなのはおかしいって。


 で、着服がバレた二人は懲戒解雇、今まで働いて来た差額分は本部から銀行振込になるというので全員振込先を書いて提出し、それ以降は本部からの給料振込となった。

 ちなみに、給料の着服は他の系列店舗で発覚し、おかしいと思って全店を抜き打ちで監査したところ、うちの店舗を含めて三店舗もあったらしい。……のちに本部の人が頭を抱えてたって聞いた。

 そういうのもあって、店舗からの現金支払いはなくなって全店本部からの銀行振込となり、お詫びも兼ねてなんと私は時給が三百円アップ。中には百円や二百円の人もいるって聞いた。

 個人差はあれど、全員が時給アップとなって、皆喜んでいた。


 確かに低いとは思ってたけど……どんだけ低くしてたんだよ、二人は。


 そんなことがあったから、もともと入ってた分も含めて貯金が一気に七桁を少し超えた。給料だけじゃなくボーナスの分も含んでるっていうのはわかってるけど、それを見た私はドン引きしたよ……どんだけ着服してたんだって。

 一年半働いた私がその金額なんだから、私以上に長く働いている人はもっと多かったんだろうと思う。そりゃあ本部の人は真っ青になって頭を抱えるよね。

 そんなことがあったから辞めようと思ってたんだけど家から近いし、居心地がいい。それに時給が上がったし、ビーズアクセを作る時間を考えるとこのままでいいかと思ったから、バイトはそのまま続けている。中には辞めた人もいたけどね。

 そんなこんなで過ごし、八月のお盆の時期。章吾さんが帰って来た。


「お帰りなさい」

「ただいま」


 車で迎えに来た章吾さんは、「お土産」と言って宮城のお菓子とか笹かまぼこをくれた。ちょっと待ってもらってお菓子は自室に、笹かまぼこは母に渡し、車に乗り込む。


「いつ帰って来たの?」

「昨日の夜。実は、メールした時は実家にいた」

「そうなんだ! いつまでいられるの?」

「今回は五日間だから、十七日までかな?」

「結構短いね……」

「そうでもないぞ? 毎年こんなもんさ」


 そんな話をしながら運転する章吾さん。今回はどこに行くのかと聞けば、「川越に行こう」と誘ってくれる。


「川越! 長いふ菓子があるところだよね?」

「ああ」

「みさちゃんが藤堂さんと行ってきたらしくて、お土産にくれたんだ。美味しかったからまた食べたいと思ってた!」

「お? それはよかった」


 車の中でそんな話をして、突然章吾さんが苦笑した。


「どうしたの?」

「いや……新人のドルフィンライダーがさ……」

「もしかして、三番機に決まった人?」

「ああ。そいつタック――白勢しらせって言うんだけど、顔と声がいいからか、人気がすごくて」


 なぜ私が三番機に決まったのを知ってるかというと、美沙枝に教えてもらったファンサイトに載っていたのを見たからだ。確かにイケメンだけど、私は章吾さんのほうがいいなって思ったのは内緒。

 章吾さん曰く、その新人のドルフィンライダーさんが同じ三番機のキーパーさんを気に入って、ちょっかいをかけては軽くあしらわれているらしい。


「……まさか、男同士……」

「ぶふっ! あははははっ! 違うって! 女性のキーパーの浜路さんを気に入ったってこと!」

「ああ……なるほど。てっきりそっち方面かと思っちゃった……」


 失礼なことを考えてすみません、と心の中で謝り、話の続きを待つ。


「俺としてはそんな二人を見てると、ひばりに会いたくなって困るんだ。だからできるだけ見ないようにしてるんだが……」

「視界に入っちゃうってこと?」

「そう。機体が隣だから、仕方ないと諦めつつあるけどな。それも踏まえてなんだけどさ……一緒に暮らさないか?」

「え……?」


 いつかは言われるかもとは思ってたけど、まさかこんなに早く章吾さんからそんなことを言われるとは思ってもみなかった。


「すぐじゃなくていいんだ。俺はひばりとの結婚を考えているが、ひばりはそうじゃないかもしれないだろ? だからゆっくり考えて、返事をくれればいいよ」

「……うん」


 まさか「結婚を考えている」なんて言われるとは思ってなかった。けど、私は章吾さんと暮らしてもいいかと思ってるし結婚してもいいかと思いはじめてる。

 だけど、一緒に暮らすにしても家にずっといるわけにはいかないだろうし、ビーズはどこでも作れるとはいえ、それだけをずっと作ってるわけにはいかないと思う。


「親にも相談するけど、章吾さんも相談に乗ってくれる?」

「いいけど、何の相談?」

「仕事とか……」

「そうだな。仕事は大事。俺としてはずっと家にいてくれてもいいと思ってるけど、そこは一緒に暮らすようになってからでもいいか?」

「うん」


 この話は一旦打ち切り、川越ではどこを見るかを話し合う。そうこうするうちに着いた。

 小江戸と呼ばれている川越に着くと、観光スポットのひとつである蔵造りがある街並みを歩く。高い楼閣、瓦屋根、白い壁、昔ながらの木造の街並み。

 あちこち歩きながらまずは腹ごしらえ。


「何を食べるの?」

「元祖つけめんはどうかな?」

「わー、食べたい! そこがいい!」

「じゃあそうしよう」


 しばらく歩いてそのお店を見つけると、お昼時だったせいかかなり混んでいた。それでも席が空いていたようですぐに案内され、席に着く。

 メニューを見てすぐに決め、注文をする。運ばれて来た麺は極太麺で、見た目はうどんのようだった。


「美味しそう~~~! いただきます!」

「ふふっ、ひばりってば。いただきます」


 まずはスープだけを味わってみる。濃厚でサラっとしているスープはとても美味しい。麺を掬ってそのスープの中につけて食べてみる。

 極太麺は、讃岐うどんのようなモッチリ感と生パスタみたいな食感でとてもコシがあり、歯応えも抜群。時々スープについて来てた味玉子や海苔とかを食べ、麺も夢中になって食べているうちにあっという間に食べ終わってしまった。

 しばらくそこで話をしていたかったけど、並んで待っている人もいるからさっさとお店を出て、どこかでお茶をしながら話そうと街並みを歩きながら、お土産やさんを見て歩く。

 ようやく喫茶店を見つけてそこに入り、コーヒーを注文した。


「美味しかったね、あのお店」

「だな。サイトがあるみたいでさ、通販もしてるらしいよ?」

「ほんと? 通販はありがたい! 食べたくなったら買えるもん」

「そうだな」


 喫茶店の窓際に座り、さっき食べたつけ麺の感想を言い合う。章吾さんと同じものが気に入っていたりして嬉しくなる。

 コーヒーを飲んでお腹も落ち着いたからと散策を再開し、手を繋いでいろんなお店を見て回った。

 雑貨屋さんでお揃いのマグカップを買い、お土産屋さんで家族やバイト先のお土産を買う。もちろん、目的のものである長いふ菓子や草加せんべい、お饅頭も買った。

 章吾さんは日付を見ながらお饅頭とふ菓子を複数買っていた。

 途中にあった紫いものソフトクリームを買って章吾さんと分け合ったり、街並みを背景に並んでいるところを写真に撮ってもらったりもした。


「んー、たくさん歩いたね」

「だな。戻る時間もあるし、そろそろ帰るか」

「うん」


 駐車場に戻って後部座席にお土産を置くと、そのまま地元へと帰る。夕飯はファミレスで食べて帰って来た。


「ひばり、明日は?」

「お昼までバイトで、明後日はお休みだよ」

「じゃあ、泊まりで温泉にでも行こうか」

「冬じゃないのに?」

「何言ってんの。夏の温泉もいいんだぞ?」

「確かにそうなんだけど、車で行くの?」


 車だと章吾さんの運転の負担にならないか、それが心配だったんだけど……。


「うん、車。まあ泊まらなくても日帰りでもいいんだけどさ」

「運転は章吾さんの負担にならない? 大丈夫?」

「心配してくれんの? ありがとう、大丈夫だよ」


 日帰りがいいならそっちの方がよかったんだけど、章吾さんは泊まる気満々だし、どこに行くのかも「内緒」って言って教えてくれないし。


 午後一時に迎えに来るというので夜のうちに荷物を詰めようと思ってたんだけど、「ひばりを抱きたい」と言われた章吾さんにラブホに連れて行かれてしまった。しっかり抱かれてしまって帰りが遅くなり、着替えなどはバイトから帰って来てから用意する羽目になったのは言うまでもない。


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