ブルーインパルスはすごかった

 基地に着いたのでゲートのところまで行くと、「どうしました?」と声をかけられたので用件を言う。


「あ、あの、お忙しいところすみません。江島と申しますが、章吾さん……じゃなくて藤田さんはいらっしゃいますか? 会う約束をしているんですけど」

「江島さん……っと、これか。聞いていますよ。念のために確認をしたいので、身分証を提示していただけますか?」

「はい」


 嘘の報告とかあると困るんだろうなと思って、免許証と一緒にマイナンバーカードも出す。すると「これに名前と住所、目的を書いてください」と一枚の記入用紙を渡された。

 それを書いている間に「ひばり!」と声がしたので顔を上げると、章吾さんが私がよく知ってる笑顔を浮かべていた。


「……あの藤田一尉が、満面の笑み……だと⁉」


 その場にいた人たちがかなり驚いた顔をして私と章吾さんを見ている。「俺の彼女だよ」ってその人に言ったら、顎が外れるんじゃないかってくらい、口を大きく開けて驚いた。

 用紙に記入したら、お店で見るような社員証みたいなのを渡される。


「これを首から提げていてください。許可証となります。これがないと中に入れませんし咎められますので、絶対に外さないでください」

「わかりました」

「案内は藤田一尉でいいのか?」

「ああ。隊長からも許可はもらってる。滞在予定は一時間ってところかな?」

「わかった。ではお嬢さん、こちらのゲートからどうぞ。ようこそ、松島基地へ」


 笑顔で対応してくれた隊員さんにお礼を言うと、薄く開けられたゲートから中へと入る。遠くから「誰だ?」「塩対応の藤田さんが塩じゃないだと⁉」って叫び声が聞こえたけど、私も章吾さんも決してそっちを見ないように建物があるほうへと歩いて行った。


「ププッ……塩対応だって!」

「余計なお世話だっての」


 並んで歩きながらそんなことを話す。


「どこを見たい? と言っても、連れて行けるところは一ヶ所だけなんだけどな」

「どこ?」

「ブルーインパルスを駐機してある場所」

「おお! 間近で見れるの!?」


 間近でブルーインパルスが見れるなんて、わくわくする。入間基地では興味がなくてしっかり見ていなかったし、百里基地でもゆっくり見ている時間はなかった。

 だから、章吾さんの案内で間近で見れるのは嬉しい。

 ちなみに、今日の章吾さんはモスグリーンのツナギを着ている。どうしてなのか聞くと、訓練の時はモスグリーンのツナギと耐Gスーツというのを着て訓練していて、ブルーのツナギは展示飛行がある時や本番に近い訓練の時に着ると教えてくれた。

 ブルーのツナギしか見たことがないから、なんだか新鮮だ。


「章吾さん、あとでその格好の写真を撮ってもいい?」

「いいよ。なら、四番機の前で撮ろうか。誰かいたら、並んで撮ってもらおう」

「いいの? うん!」


 話をしているうちに大きな建物のところに来た。シャッターが開けられていて、中が見える。中には綺麗に並んでいるブルーインパルスが。


「ふおぉぉぉ……」

「ぶふっ、ひばり……っ、なにそれ!」


 どう言っていいかわからなくてつい変な言葉になっちゃったんだけど、章吾さんがいきなり笑い出して焦った。


「もう、いいじゃない!」

「あははっ! いいん、だけどねっ」


 クスクス笑う章吾さんを睨んだところで、彼は笑いを収めてくれない。そんな章吾さんが珍しいのか、ブルーの迷彩服を着たお兄さんやおじさんたちが目を丸くして見ている。


「ところで章吾さん、青い迷彩服を着てる人たちってキーパーさん?」

「ああ、そうだよ。ブルーインパルスの機体の整備や、機体を塗装したり綺麗に磨いてくれたりしているんだ」

「すごい! 影で支えてくれる大事な人たちなんだ」

「ああ。彼らがきちんと整備してくれるからこそ、俺たちドルフィンライダーは安心して飛べるんだ」

「縁の下の力持ち、だね」

「その通り」


 並んでいるブルーインパルスの前を通りながら、整備をしていた男性たちを見る。その中に女性のキーパーさん……確か浜路さんって言ったっけ? 彼女の姿も見えた。

 その働く姿を見てやっぱカッコいいなあって思ったし、すごいなあって思った。彼女の働く姿を見て章吾さんと同じ職場なことや、同じような仕事に就く人が出るかもしれないと思うと、なんだか羨ましい。

 まあ、そんなことを思うのはお門違いなんだけどさ。


 そして四番機に辿り着くと、章吾さんがその鼻先(?)を撫でる。


四番機こいつが俺の相棒の一人」

「相棒の一人ってことは、他の相棒って誰?」

「もちろん、キーパーたち」


 普段はそんなこと言わないけどな、って言った章吾さんはちょっと照れていたみたいだ。四番機の整備をしていた人たちにも聞こえたのか、目を丸くして章吾さんを見ていた。


「ひばり、ここで写真を撮るか?」

「うん」


 コックピットの真下あたりに来た章吾さんがそこで立ち止まる。できるだけコックピットも写るように写真を撮ると、「ひばりのも撮ってあげる」と言って写真を撮ってくれた。


「その写真、あとで俺にメールしてくれよ」

「いいよ」

「ありがと。あ、小島さん、悪い。俺と彼女のツーショット写真を撮ってくれませんか?」

「おう、いいぞ」


 私たちの様子を見ていた小島さんと呼ばれた人が章吾さんの呼びかけに答え、並んでいる写真を撮ってくれる。ブルーというか、間近で見たら薄紫色っぽい迷彩服を着てるから、キーパーさんなんだろう。


「ありがとうございました。お仕事の邪魔をしてしまって、申し訳ありません」

「いやいや。珍しいもんを見れたし聞けたからな。お礼みたいなもんだ」


 章吾さんより少し上くらいだろうか。私が謝罪すると日に焼けた顔に笑顔を浮かべて、「どうぞ」とスマホを返してくれた。おお、笑い皺がすごい! でも、とてもカッコいい笑い皺で素敵だ。

 スマホを返してくれたあとは仕事に戻ったようで、章吾さんが「乗せてやれないけど、触ってみるか?」と聞いてきたので、ちょっとだけ撫でさせてもらった。


 ピカピカに磨き上げられた機体は、つるつるスベスベでした!


 そしてそこから離れると、脚立みたいなのに上ってみろと言われて恐る恐る登ってみる。


「ひばり、そこからブルーインパルスを見てみな」

「う、うん」


 少し高かったけど、脚立の上から見たブルーインパルスは。


「……っ! イルカだぁっ!」


 私にはイルカに見えた。白と蒼、コックピットのところにある透明な窓。

 それがとても綺麗で、海を泳ぐイルカに見えたのだ。左右を見るとそれがズラーッと並んでいる。


「すごい……」


 許可をもらってから何枚か写真を撮り、素晴らしく感動的なその場所からしばらくブルーインパルスを眺めていた。


「だからイルカ……ドルフィンかー。それに乗るからドルフィンライダーって言うんだ……」


 初めて聞いた時は何のことかわからなかった。だけど章吾さんと付き合うようになって、少しだけ勉強もした。

 確かに私にはまだまだわからないことだらけだ。

 でも、どうして美沙枝や写真を撮りに来ているファンの人、各地にいるファンの人がブルーインパルスを見て感動したり元気をもらったりするのか、何となくわかった気がする。


「章吾さん、ありがとう。とても貴重な体験だった! 許可をくれた隊長さんにもお礼を言ってね! あと、さっきのキーパーさんにも!」

「喜んでくれてよかった。ああ、隊長やみんなに言っとくよ」


 章吾さんに促されて建物の外に出る前に。


「お仕事中、お邪魔して申し訳ありませんでした。見学させていただいてありがとうございました!」


 その場にいた人たちに聞こえるように大きな声でそう叫ぶと、章吾さんに「全く、ひばりは……」と苦笑しながら頭を撫でる。そのまま基地のゲート近くまで送ってくれた章吾さん。


「本当は泊まってけって言いたいんだけどな……」

「それは仕方ないよ。毎月は無理だけど、たまにこうやって会いに来てもいい?」

「いいけど、その時は今日みたいに連絡よこせよ?」

「うん! んぅっ」


 ゲートにいるというのに、その影に隠れてキスをして来た章吾さんの胸をバシバシ叩く。外では止めてほしいんだけど!


「もう……!」

「ははっ! じゃあ、また。気をつけて帰れよ?」

「うん」


 手を振って受付のところに行き、許可証を返す。そこでも「ありがとうございました」とお礼を言うと、敬礼してくれた。

 そしてもう一度章吾さんに手を振ると歩き出す。見えなくなるまで見送ってくれた章吾さん。嬉しかったけど、お仕事は大丈夫なのかと心配になってしまった。


 無事に最寄り駅に着くとそのまま電車に乗って自宅へと帰る。


(今度はいつ会えるかなあ……)


 そんな不安に蓋をして、お風呂に入るとさっさと眠った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る