初夜・6

「お手伝いさせていただきます」

「いいえ、自分でできます。今日はもう下がっていただいて結構です」

 仕え人の冷たい瞳に、軽蔑の色が浮かんでいた。

 昨夜はとんでもないことをして、最高神官の機嫌を損ねさせ、巫女としての仕事を勤め上げなかった。

 今日は今日で、ひどい有様だ。本当に未熟者で困る。

 薬草はほんの少ししか集められないし、時間は妙に掛かっている。何かやらかしたのでは? と疑っても、エリザは必死に薬草を探していただけだと言い張った。

 確かに必死に探したのだろう。見事なまでに苔だらけだ。

 しかし、この未熟な少女は、今日は何かを隠している。

 いつもは情けない顔をして小さくなっているくせに、平静を装ってはいるものの、様子が違う。開き直っているのか、妙に自信ありげだ。

 仕え人は嫌そうな顔をしたが、これ以上の詮索は無理とみて、机の上に石鹸とタオルをきれいに並べた。

 仕え人が岩屋を出て行くと、エリザは扉のところまで飛んでいって、近くに人がいないかどうかを確かめた。

 そして扉に額を当てると、大きな息をついた。


 しかし、それは一瞬のこと。

 次の瞬間くるりと回って、小躍りしながら湯船に向かう。

 着衣は、ターンを決めるたびにエリザの肌から離れていって、湯浴み場のあちらこちらに飛んでいった。

 このようなところを、仕え人たちに見られては大変な事となる。

 音と水しぶきをあげて、エリザは湯船に飛び込んだ。

 寄せたり反したりする波がエリザの体を愛撫する。彼女は湯船の端に頬杖をついて、自分の心を占めている人のことを想うのだ。

 おそらく唯一の味方であろうその人に……。

 明日は会えるだろうか? 

 明後日は会えるだろうか?

 彼の優しい瞳や、美しい指先。薬草を仕分けるしぐさ。さらさらと、顔にかかる銀糸の髪。何もかもが忘れられない。

 そして……触れ合った指先。

「キャ!」

 思い出して心臓が飛び出しそうになり、エリザは思わず頭の天辺までお湯に浸かった。

 おかげでますます顔が赤くなっただろう。

 エリザはお湯の中で揺らめいている指先を持ち上げて、見つめてみる。その指先に別の指が絡み合う。それは水が作り出す幻影だ。

 体の芯がくすぐったい。

 その人に抱かれることは怖いことかもしれない。

 でも……その人となら、初めての夜を乗り越えられるかもしれない。

 特別な薬湯でもないはずなのに、エリザはすっかりのぼせて目を閉じた。



=初夜/終わり=

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