第3話 お茶目な追跡者

 

 アリスの反応は大方予想通り、『一体カムイ兄さまは何をおっしゃられていますの?』って感じだった。表情では分からなくとも、声の調子でなんとなく分かる。


「記憶が曖昧でさ、自分の事も周りの事もよく分からないんだ。アリスのことだってそう……さっぱりだ」


 と、いうことにする。記憶喪失キャラを演じれば根掘り葉掘り教えてくれるだろう。


「本当に、アリスの事も……覚えていらっしゃらないのですか……?」

「ああ、全く」

「そんな……うぇっ……ひぐっ……ひぐっ……うわあああああああん!!!」

「お、おい、何泣いてんだよ」

「だってぇ……だってぇ……カムイ兄さまとの大切な思い出が……無かった事に、なってしまうなんて……悲しいですわ……!!」


 さっき俺のこと見殺しにしてたよねこの子。

 確かに俺が槍で串刺しになろうか否かという瞬間、泣いている(声のみ)のを拝見しましたけども、今ほど泣き喚いてなかったよね? 俺が死ぬことよりも悲しいの? 悲しいの基準が分かんないやボク。


「まあ、落ち着けって。そこで提案なんだがアリス。さっきも言ったが俺に色々と教えて欲しいんだよ。もしかするとそれがきっかけで記憶が戻るかもしれないだろ?」


「……ひぐっ……一理あるですわ……」


 はいちょろいー。お嬢様口調の奴はちょろいと相場が決まってんのよ。



 ♦︎ ♦︎ ♦︎



「——これで以上ですわ」


「なるほど……」


 アリスが話した内容はざっとこうだ。

 

 カムイとはアリアナ女王が統治するコロニーの長男であり、みんなの頼れるお兄さま。アリスは長女で、羽根つきで生まれたため次期女王アリになることが運命づけられた。

 このコロニー内のアリの数は約千匹。他所のコロニーに比べ、非常に規模の小さい家族である。

 雄アリはカムイと、弟にカルマという子がいるらしく、現在雄はこの二匹しかいないらしい。これは大変珍しいことで、アリアナ女王は生まれつき子供が出来にくい体質であり、尚且つ雄が生まれにくい体質なのだそうだ。

 この少数規模のコロニーを『外敵バリアー』の侵略から守るため、特異能力を持った働きアリだけで編成された、特殊異能部隊『アントリア』というものが存在すると。


「んで、さっきの四匹のアリ達はその『アントリア』ってわけか」

「はいですわ。隊長のジェンヌを筆頭に、メリィ、ボンネット、クラリネット、この四匹で編成されていますの」


 要するにあの力を持ったアリは四匹だけということか。これがもしこの巣のほとんどの奴が特異能力を使えたとしたら自首でもなんでもするところだったぜ。


「その『アントリア』の奴らはどんな能力を持っているんだ? さっき見たけどいまいちよく分からなかった」

「隊長のジェンヌは【創造】という攻撃主体の能力を持っていますわ。物を創り、それを自由に操作することもでき、創りだした物を消滅させることも可能で大変強力ですの。大方の外敵バリアーはジェンヌ一匹で倒せてしまいますわ。メリィは【超回復】という回復主体の能力を持っていますわ。身体の回復は勿論のこと、壊れた物質も修復出来てしまう便利能力ですの。ボンネットは【支援の極み】という味方サポート主体の能力を持っていますわ。味方のスピード、パワー、ガードを上げたり、防御シールドを張れたりと戦闘には欠かせない能力ですの。クラリネットは【感知の極み】という感知主体の能力を持っていますの。『外敵バリアー』がどこに潜んでいようと全てお見通し。彼女の視界は360度、それも広範囲に及ぶと言われていますわ。能力はそれだけではないとのことで、『アントリア』の中で最も重要視されている能力ですのよ」


 積んだわ、無理だろこれ。特にクラリネットの【感知の極み】ってやつ。あれはズルい。巣の中でその能力を発動なんかしたら俺なんか一発で見つかるじゃん。監視カメラかよ。

 しまったな……計画が総崩れしていく。なんとか良い手を見つけないと時期此処にも来るだろう。


「すげぇな『アントリア』って」

「はい! 妹達が活躍するのは、大変喜ばしことですわ!」

「嫉妬とかしないの?」

「いいえ全く。いつもこの部屋で陰ながら応援していますわ」


 ほう。アリスはこの部屋からはあまり出ない、いや出られないのかな? それも次期女王アリだからなのか、それともただのプータローなだけなのか。


「あのさ、俺『アントリア』にもう一回会いたいんだけど。一緒に行かね?」

「な、何をおっしゃっていますの!? 今度こそ死んでしまいますわよ!」

「いいじゃんいいじゃん! 案内してよ! なっ? なっ?」

「ち、近いですわ……! 離れてくださいまし!! それに……アリスはこの部屋から出ることを許されていないのですわ。来るべく『結婚飛行』に備えるため、私の体が成熟するまでこの部屋から出てはいけないとお母さまに言われていますの。ですが……まだ未成熟であるアリスの体をまるで弄ぶかのようにカムイ兄さまは容赦なく犯しましたわ……」

 「はぁ……だから違うって言ってんだろ……」


 もうだんだん腹が立ってきた。何回言えば分かるんだこのドスケベ箱入り娘は。

 しかし、どうやら本当にアリスは部屋から出られないようだ。この年になるまで、今が何歳なのかは知らないけどずっと部屋の中だったんだ。案外連れ出しても気づかれないんじゃないか? まさかずっと部屋でお利巧に過ごしていたアリスが部屋を出るなんてあちらさんも思うまい。

 感知の奴も、「なんかの間違いだ」とか言ってスルーしてくれるかもしれない。


「おいエロス。さっさと風呂から出ろ」

「ひゃんっ! 触らないで下さいまし! それにアリスの名前はアリスですわ! エロスではありません!」

「分かった分かった。てかさ、俺ら全裸でこんな密着してんのに触るなとか無理だろ。足とか絡み合ってるぜ?」


 アリは人間の様に衣を纏わない。そもそも必要がないからだ。


「はわ、はわわわわ! ぜ、全裸で……! 絡み合う……! め、滅っ茶苦茶にされますわ……! さっきよりもずっと、もっともっと凄いことされちゃいますわ!!」

「あーめんどくせぇなお前……さっさと出ろって言ってんだよ!!」

「……これが……噂に聞く亭主関白ですのね!」

「何で嬉しそうにしてんだよ!」


 もうこの子やだ。頭真っピンクでドМとか救えねぇよ。



 ♦ ♦ ♦



 なんとかアリスを部屋から連れ出すことに成功した。あの後ぐずってなかなかバスタブから出ようとしなかったから「触覚囓るぞ」って言ったら大人しく言うことを聞いてくれました。なんて素敵な便利ワードなんでしょうか。


「カムイ兄さま! アリスの部屋よりも薄暗いですわ! 地面がゴツゴツしていますわ!」

「……」


 俺はバカなのか? 生まれてからずっとあの部屋にいたアリスに道案内が出来るわけないだろ。普通に考えれば分かる事だった。

 知識は誰かに教えられてはいても、道までは分かる筈がなかった。


「カムイ兄さま! トンネルが五つありますわ! どちらに進みましょう!」

「楽しそうだな……アリス……」

「はいですわ!! ずっとお部屋から出たいと思っていましたの!!」


 嬉しそうで何よりと言いたいところだが事はそう呑気に構えていられない。クラリネットの【感知の極み】には既に発見されていることだろう。

 アリスが道を知らないとなると、ただの人質にしか使えない。こうなりゃやけだ。逃げれるとこまで逃げてやる。


「よし、このトンネルへ行こう」

「はいですわ!」

「次はこっちのトンネル」

「はいですわ!」


 トンネルをくぐった回数は優に三十を超えた。外へ出る気配も無し、何かの部屋に辿りつくこともなかった。

 結局自分達がどこにいるのかさえも分からない、絶賛迷子なうなのだ。


「詰んだ……」

「はあ……はあ……疲れましたわ」


 アリスの体力は限界。どうする、人質ひとじちが歩けないんじゃ話しになんないぞ。せめて車やバイク、自転車でもいい。二人で乗れる乗り物が欲しい。

 どれもアリには操縦不可能だけどな!


「見つけた……。本当に生きてた……捕えるの」


 背後から女の子の小さな声が聞こえた。思わず反射的に振り向く。


「あっ……もしかして、クラリネット?」

「妹の顔を忘れるなんて、悲しいの」


 はい見つかったー。無駄に歩き回っただけで終わったー。

 いや待てよ、その【感知の極み】って能力だけじゃ俺を止める事は出来ないんじゃないか? なんたってただ感知するだけだし。いやいやいや、一匹単体で来るってことはそれなりに戦闘能力があるに相違ない。

 

「わ、忘れるわけないだろ? こんな可愛い妹の顔を誰が忘れるもんか」


 どっからどう見てもただのアリなんだよなぁ。


「……照れるの」


 おっ、なんかたじろいでるな。褒め言葉に弱い系か? だったら適当に褒めて褒めて褒めまくったら逃がしてもらえるんじゃね?


「カムイ兄様!! アリスには可愛いだなんて一言もおっしゃって下さらなかったですわ!!」

「うるせぇな! お前は黙っとれ!」

「ひぁんっ……亭主関白ですわ……!」

「だから嬉しそうにすんじゃねぇ!! それに俺はお前の亭主じゃねぇ!!」


 悲しいことにアリスのドM値は思いのほか高かった。


「……アリスお姉様にも可愛いって言ってない。えへへ……私だけなの」


 クラリネットが今度はくねくねしだした。と言っても体を左右に揺らしているだけだが。


「可愛い可愛いクラリネット。どうか俺を見逃して欲しい。 そもそもこれは誤解なんだよ、話しだけでも聞いてくれ 、な?」


 クラリネットは逡巡する様にじーっとこちらを見つめ……ているのだろう。多分。


「……断るの。女王陛下の命令は、絶対なの」


 そう言うとクラリネットは徐々に俺へ近づいていく。ゆっくり、ゆっくりと、俺を追い詰めるように。


「ど、どうしましょうカムイ兄さま!」

「知るか! お前がどうにかしろ!」

「アリスには何も出来ませんわ!!」


 感知系の能力以外にも何か別の能力が無いとも言い切れない手前、下手に出られない。


「万事休すか……」

 

 何かあるかもしれないという状況が本当に煩わしい。悔しいがここでさじを投げるしかない。

 クラリネットは俺の目の前まで来ると、自身の前脚を高く上げ半身を起こした。そして俺の頭部を挟むと、それはそれは一生懸命にぐいぐいと引っ張る。


 引っ張るのだが……


「……え、あの、クラリネットさん?」

「ふんっ! くぬぬ! 早く来るの!」


 クラリネットはめちゃくちゃ力が弱かった。

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