双子の家

 最初の彼女と付き合っていたとき、はじめて紗耶香と関係を持った。中学一年の夏だった。昼食の買い出しに出た母の目を盗むようにして、リビングで求め合い、ソファの上で果てた。シャワーを浴びる余裕はなかった。何事もなかったかのように着衣の乱れを直し、戻って来た母と三人で冷製パスタを食べた。母はきっと気づいていただろう。もの問いたげな視線に、二人で気まずい思いをしたものだった。


 隣まで送ったとき、紗耶香は「別れたの」とぽつりと漏らした。最初からわかっていた。そうじゃなかったら、いくら隣同士とはいえ他の男の家に顔を出したりはしないだろう。僕は紗耶香の家の前で彼女の唇をふさぎ、自分なりの慰めをしめくくった。


 慰めの機会はまたすぐに巡ってきた。二人目、三人目と、紗耶香が誰かと別れる度、僕は彼女を慰めた。逆に僕が慰められることもあった。しかし、互いの躰が性的に熟していくにつれ、そうした名目はいつの間にかになってしまった。僕らは相手がいてもいなくても求め合うようになり、もはや何のためかもわからない情交を重ねた。


 場所はいつも、いずれかの部屋だった。そっくり同じ間取りでありながら、壁紙から家具、匂いまで、まるで違う僕らの部屋。幼い頃から幾度となく行き来してきた部屋で、愛撫を交わし、新しい体位を試した。終わった後はいつも、むかしの話をした。双子のように並んだ僕らの家。僕たちが生まれる前から、仲のよかった両親たち。


「紗耶香ちゃんはやめておけ」


 紗耶香と通じる少し前、父にそう諭された。母が僕を身ごもっていた頃、紗耶香の母と関係を持ったことがあると告白されたのもそのときだった。紗耶香が生まれる十ヶ月ほど前のことだったという。


 僕と紗耶香に血縁関係があるかどうかはわからない。彼女がおばさんの方からその話を聞いているかどうかも。僕と、彼氏。どっちがどっちの代わりなのかも。


 関係は、僕が東京の大学に進学するまで続いた。東京では、勉強とバイトが彼女の代わりになった。「先輩って真面目ですよね」バイト先の法律事務所で知り合った女の子にそう言われた。東京では、彼女が最初で最後の相手になった。司法試験の合格祝いをしてくれたとき、指輪を渡したのだ。


 紗耶香とは実家に帰った際に何度か会った。最後に抱いたのは、彼女が結婚してはじめての盆休みのことだった。ホテルを使うのははじめてだった。ベッドの広さを持て余した僕たちは中途半端なところで終わり、話さえせずにホテルを発った。次に帰ったときにはもう彼女のお腹は大きくなっていた。


「好きだよ」


 娘にそう伝える度、紗耶香のことを思う。ずっと言えなかった言葉。その波紋が胸に広がるのを静かに感じる。

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