第十六話 今、できることを

「それにしても青い炎は初めて見たな」

「そうなの?」


 マッカレルへの道を進んでいる最中、先ほど見た魔法を思い出し、フェルナンが小さく呟いた。


「普通、赤なんじゃないか」


 火属性を使う冒険者や魔術師も、火を噴くような魔物も、今まで見たものはすべて赤い炎だったのだそうだ。


「温度が高くなるほど、青くなるみたい」

「へえ? 初めて聞いたな」


 実家のキッチンで使っていたコンロはいつも青い炎だったなと思い出しつつ、紫音が説明をする。

 だが、温度で色が変わる程度しかわからないので、それ以上の説明はできなかった。


「知ってることと知らないこと。よくわからんな、あんた」

「私も、よくわからないから……」


 ファイア・ウォールのイメージを固めていた紫音が、歯切れの悪い返事をした。その内容に、フェルナンが片眉をあげる。


「見たことのない服装をしていて一文無し。王都まで急ぐ理由もまだ教えてもらってないな……あんたは結局、何者なんだ?」


 現在もまだ着ている剣道着。仕立て屋に頼んだ新しい服は、完成し次第オーランドの使いが持ってくる予定になっている。


「何者、か」


 小さな声。フェルナンは無言のまま、まっすぐな視線を紫音へと向けている。


「私は――」

「悪い、後だ」


 意を決して口を開いた瞬間、フェルナンの耳がピクリと動いた。

 勢いよく顔を道の先に向けたフェルナンに従って、紫音も同じ方向を向く。しかし、そこには木々が生い茂っていて、どのように道が続いているかはわからない。


「ちょ、フェルナン!」


 突然駆け出すフェルナン。必死な形相に慌てて紫音も後ろへ続く。


「……早いな」

「ぎり、ぎりだよ」


 素早い身のこなしのフェルナンに追いつけたことに驚く。だが、ギリギリついていけてる状態の紫音は、息も切れ切れに返事を返す。


「誰かが、この先で襲われてる」

「っ!」


 説明する暇がなかったと言ったフェルナンに、息を詰まらせた後、問題ないと首を左右に降る。

 取り返しのつかないことになってからでは遅い。


「先に行ってる。あんたは、生存者を守れ」

「わかった」

「フィジカル・ブースト:レッグポイント」


 しっかりと頷きを返した紫音にニッと白い犬歯を見せて笑ったフェルナンは、無属性魔法を使った。

 足を強化したフェルナンに追いつけるはずもなく、それでも歯を食いしばりながら全力で小さくなる背中を追う。


「いやっ! パパー!」


 近くなる木々、ようやく紫音にも聞こえてきた声。上がる鼓動を抑えるように、腰に差している木刀を強く握りしめる。


「……私は、私にできることを」


 自分に言い聞かせるように声に出して、地面を蹴る足に力を込めた。

 

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