第4話

藤丸は任務完了の報告をしたあと、姿を消した。殺害を知るのは彼の仲間数人と巫女のみ、ここから先は紘之助が知るよしもないことだが、おだやかで任務に忠実で人望があった藤丸、待てど暮らせど帰ってこない彼を必死で探す者も多くいた、それから三日後、そろそろ捜索を中止するべきかという意見が出てき始めた頃、ようやく中忍ちゅうにんの一人が、見るも無残むざんな姿で打ち捨てられている彼を見つけた。


里の学舎まなびやに、何かを包んだ血塗ちまみれの風呂敷が六つ、そっと地面にろされた。風呂敷を運んできた中忍の着物は血塗れで、彼の目からは、とめどなく涙があふれ出ていた。


そこに集まった人々の中から一人、十六頃の可愛らしい少年が飛び出してきて一番小さな包みをふるえる手で解くと、そこに現れた愛しい人の頭部をグッと胸に抱き、てんを仰いで慟哭どうこくした、少年はこの里にいる上忍じょうにんの息子で、藤丸が仕えていた人間でもあった、その事をよく知る者達も一様いちようひざから崩れ落ちるようにしてむせび泣いていた。彼と同じ下忍として動く人々からも、すすり泣く様子が見られる。


敵にさらわれたのか、しかし任務完了報告後の失踪しっそうだった、優秀な彼がそう簡単に捕まる筈もない、平屋敷内で見たという証言もいくつかあった。藤丸が心許こころゆるしていた者の犯行なのではないか、内部に裏切り者がいるのではないか。


そこまで話が大きくなり、藤丸暗殺を決行した下忍たちは、ようやく事の重大さを正確に認識し始めた。信仰しんこうの対象となっている巫女に一人だけ可愛がられていると聞き、そして自分達が信じていた彼が裏切り行為となるような事をしたと言われ、頭に血がのぼってやった事とは言え、里中さとじゅうの者が集まり騒然とするこの場に、なぜ命令を下した巫女は姿を現さないのか。


まるで壊れたかのように天を仰いだまま、枯れることを知らぬかのように涙する少年-燈吾とうごの声が、その場に木霊こだまして藤丸を殺した彼等の耳に深く突き刺さった。


「-ふじまる?ふじまるよ…?なぁ藤丸、私の藤丸よ、誰がお前を殺した…?誰が私からお前をうばったのだ、教えておくれ、私が、私がかたきってやる」


燈吾とうごの心は、このとき確かに壊れた。

それから一週間、墓から離れようとしなかった、飲まず食わずでほそり、毎日同じ言葉を繰り返す。[教えておくれ]と繰り返す、いよいよ息子が死んでしまうのではないかと、彼の父親も拳を握りしめ真実は何処どこにあるのかとさぐっていた。頼みの巫女にもどうしようも出来ないと言われ、肩を落として二週間が過ぎた頃、里のはしのほうにいた下忍から放たれた矢のごとき速さの[藤丸に瓜二うりふたつの少年あり]という情報が上がってきた。


墓までの移動も難しくなり、床にせっていた燈吾の耳にも、〝藤丸〟という言葉は入った。いずりながら布団を出ようと、その情報源じょうほうげんへ向かおうとしている息子に、父は[すぐに探して必ず連れ帰ってくる]と強く約束をして、屋敷を出た。


一方いっぽう、紘之助は段々だんだんさわがしくなってきた里の様子ようすを見下ろしながら、懐かしい声をひろっていた[藤丸…藤丸…]と、この世界ページで死んで生まれ変わり数千年、全ての想いをよみがえらせることは難しい。しかし、その呼び声には、応えてやらねばならないと、そう思った。


「さて…何処どこに居るようにするべきか…」


燈吾の父が乗っている馬のひづめの音が近づいてきている、紘之助はちょうど学舎まなびやへの入り口辺りで鉢合はちあわせるように移動した。




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