空想旅学読本 -イコノグラフィカ・スピーシーズ-

輝竜司

人食いキノコの街 - Iconographica Gola -


 わたしたちは、世界の血液。

 大自然に分断された、街々をめぐる血液。

 旅に生まれ、旅に死ぬ。


====



 テネブロッソ大森林、ソスピラント渓谷にあるという地底湖の街、ゴーラ。

 地下に潜った街道は、行けども行けども人食いキノコが行く手を阻む。


 前はキノコ。

 横もキノコ。

 上も下も後ろもキノコ。

 見上げるほどキノコ。


 岩盤を彫り抜き空洞を繋いだ街道の空気はぬるく、息が詰まるほど湿気が強い。

 時折通る大空洞は、水の浸食によるもののようだ。水底のあちこちで砂を巻き上げ、並走する街道を削り、どこかへ流れ去る水路を除いて、あたりはべとべととした菌糸と巨大なキノコが覆い、人が通った気配はない。


 キノコに飲まれ、滅びてしまったのだろうか。

 二角帽子の大きな羽根や、コートについた胞子を払いながら、小柄な旅人はため息をついた。長いおさげをくるくると巻いて、帽子にしまう。


 引き返すには、食料が心もとない。

 さっき一包みまるごと、キノコに食われてしまったから。


 暗澹たる気持ちに沈む眼の前、よろよろと歩を進めると、突然視界がひらけた。

 賑やかな大通り。店先には溢れる品物。

 水底に光の踊る地底湖の真ん中、大きなキノコの塊を彫り抜いて作った街。


 街道の寂れぶりから考えるに、この賑やかさは不気味だ。

 ちらちらと、視線の気配。つるつる肌も、ぴかぴか鱗もモフモフも、街の人々はこそこそと、旅人を伺っている。

 旅人はびくびくと、しかし予定は長逗留、まずは宿を確保する。

 陰気な笑顔を浮かべた主人は旅人のサインを見届け、ニタリと黄色い歯を見せた。


 部屋に閉じこもり、鍵をかけて手早く着替え、二角帽を机に置いて。

 思いの外暖かなベッド。潜り込んでほっと一息。

 この街はどこかおかしい。

 不安をいっぱいに胸にかかえて、毛布をかぶった。



 真夜中に目が覚める。

 体の上が妙に重たい。

 手元のランタン石を打ち割り明かりをつけると……

 胸の上には大きなキノコが、にょきにょきと伸び、次々に傘を広げて。

 人食いキノコ。胞子がついていたのだ。助けて、と、思わず絶叫する旅人。

 すると、鍵をかけたはずのドアが、音を立てて開き……


「お客様。如何なさいましたかねェ……?」


 そこには、宿屋の主人が、街中の人たちが。

 包丁を逆手に持って、満面の笑みで立っていた。

 旅人は声の限り、叫んだ。


 ひきつった喉、恐怖に呼吸が詰まる。思いの外、声は出なくて。

 酸欠に遠のく意識の中、ぼんやりと考えた。


 ああ、今までいくつもの幸運に救われてきたけど。

 わたし、今度はもう、ダメかなって。

 街道外れて野垂れるのは分かる。でも、旅人が街で死ぬなんて。

 そんなの、いやだなあ。



 *



 ジュウジュウと、肉の焼ける音。

 スキレットの上には美味しそうなソースのかかったステーキ。

 宿屋の食堂は乱痴気騒ぎ。

 皆思い思いの酒を手に、ごちそうにありついている。


「旅人さん、運が良かったネェ!」


 主菜はキノコ。

 副菜もキノコ。

 主食もキノコ。

 デザートもキノコ。

 ……わたしの前にあるのもキノコ。

 包帯だらけの旅人は、げんなりとした顔で見つめていた。


、すんごい旨いんだけどね、みんな思い思いに掘っていたらサア、街がなくなっちまうって言うんで禁止令がでてるのヨォ。

 あんたみたいな外の人にくっついてきたやつにはありつけるってわけ。

 あんた、ありがとうよォ。ほんと、運が良かったナア」


 地上部に新しく街道が開き、危険なあの道は普段通る人はいない。

 しかし時々こうして迷い込み、キノコを背負ってやってくるので、旧街道も閉鎖はせずに、放置しているそうだ。

 すっかり出来上がった街の人達がばしばしと旅人の背中を叩いていく。

 狂喜した人々にもみくちゃにされて、体中あざだらけ。


 旅人はがっくりとうなだれて。

 目の前のキノコの輪切り焼きステーキに、フォークで一撃くれてやった。



====



 旅の様子は、今回はここまで。

 彼女が無事なら、きっとまた。


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