最終話 感情なんて

「・・・そう、でしたね・・・」


私は、地面が裂け、家が崩れ、人が焼け焦げ、爆炎に包まれた、崩壊した村の中心に立っていた。


「・・・今回は、随分と審査が長かったじゃないですか、水無さん・・・」

「ああ、上でいろいろとあったらしいが、結果は同じだ。任務ご苦労だった、

未来みくる


未だ来ない、と書いて、みくる。私のコードネームだった。もう、本名も覚えていないけれど。


「・・・任務成功なんて、当然ですよ・・・。私はあなた方の、最高傑作なんでしょ・・・?」


兵器としての、正義を守る為、人を殺す兵器としての、最高傑作。


「ああ、そうだな。この村の人間どもは、今後、我々の敵になる存在だ。危険な芽は摘んでおいた方がいい」


爆発。

私を中心に、半径10キロに及ぶ爆発が起きた。この村を飲み込み、万が一の目撃者ごと破壊するには、十分な威力だった。


私が属す組織にとって、害があるかもしれないと認定された場所に、記憶を失った私が送り込まれる。そして、私を通して、有害か無害かを上が判断し、そして、有害だと見なされた場合、その地域の全人間を爆殺する。ただ、今まで私があたった任務で、無害だと判断された事例はただの一度もない。


「・・・それにしても、当の本人は無傷か。相変わらず、大した技術力だ」


私を媒介とする爆弾にも関わらず、私には傷一つつかない。私はいつも、荒廃した街を、殺した人間を、綺麗に白々しく見下ろす。


「・・・それを言うならあなたもでしょ、水無さん・・・。私の爆発範囲にいるのに、一切問題ないんですから」


水無涙。私の記憶を戻す為のトリガーにあたる人。決められたキーワードを彼に言われることで、私の記憶が一段階戻る。まぁ、その記憶も、上が勝手に私に植えつけた、事実無根の作り話なんだけど。長内之成なんて人間、存在しない。まったく、人をおちょくった、ふざけた名前だ。


「・・・手間暇かかりますね、いつも」

「仕方がないだろう。任務を確実に成功させるためだ」


記憶を失った人間を、他人は警戒しないらしい。加えて、私は人の懐に入る才能が飛び抜けて優れていたらしく、そこを買われ、改造された。ターゲットに信頼されて、内側から確実に殺害する為に。


「事実、この村の村長の眼利きは確かなものだ。お前でなければバレていた」

「・・・そうですね・・・」


一段階目の記憶。内容はいつも異なるけれど、最終的には標的地域を出ていかなければならない、そういう風に促される。その時、信頼されている私はターゲット全員に囲まれ、私の殺害範囲に入る。二段階目の記憶のトリガーは、私が心から別れを惜しんだ瞬間━。


「さて、無駄話もここらでいいだろう。もうここには用済みだ、帰るぞ」


その瞬間、私は兵器であるという記憶が戻り、そして━


━私に心から気を許した愚かな人間共を、ひとり残らず抹殺する。


* * *


「・・・先に、帰っておいてください。私はいつもどおり、生き残りがいないか死体を確認してきます」

「分かった」


音無さんは何事も無かったように消えていった。生き物がいなくなった空間に、兵器である私だけが一人ぽつんと残る。


「・・・ばかですね。私みたいなものを受け入れるからこうなるんですよ・・・」


私は悪態を付きながら、騙されて死んでいった村人を嘲け笑う・・・。

・・・そんなことができるような性格だったら良かったのに。


「・・・」


『みくるー!!』

日照雨さん。


「・・・」


『このマツタケはアタイがもらっとくから』

そばえさん。


「・・・っ」


『みくるはアタイの大事な仲間だ!!』

そばえさん、そばえさん。


「・・・はっ、はっ・・・」


『どう?この村の生活、楽しい?』

そばえさん、そばえさん、そばえさん、そばえさん・・・っ。


「・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」


『・・・アタイ、みくるのこと、大好きだよ』

おねぇちゃん・・・!!!


「・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・!!!!!」


『アタイたちは、みくるのこと、絶対に忘れないから!!』

・・・みんな・・・っ・・・!!


「~~~~~~~~~~っっ・・・・!!!」


・・・なに、泣いてるわけ・・・っ・・・!?


「・・・くふっ、げほっ・・・」


一体誰が、殺したと思ってるの・・・!?


「・・・み、みんな・・・っ、みんな・・・っ」


一体誰が、私が大声をあげて泣き喚くのを許すと思ってるの・・・!?


「・・・はっ、うぁ、おぇ、あっ、はぁっ・・・」


私は嗚咽をこらえ、唇が血まみれになるほどに噛む。


ばくばくと張り裂けそうになる心臓。


がたがたと震え慄く体。


それらすべては、傲慢だ、偽善だと、必死に理性で抑え込む。


一体誰に、人の死を悲しむ資格があるだろう。


「・・・いったい、だれに・・・、悲しむ、権利が・・・っ・・・」


・・・これは私が、望んでやっていることでしょ・・・?


・・・私が、組織に残るには、組織の皆に必要とされるには・・・。


・・・私が生きる為には、こうするしかないでしょ・・・っ!?


「・・・な・・・なにが・・・っ」


何が、最高傑作・・・。とんだ、駄作でしょ・・・。


「・・・はやく、はやく、泣きやんでよ・・・っ」


いつもだったら我慢できるのに。


「・・・涙、止まってよ・・・っ」


今回は、特別に繋がりが深かった。


「・・・わたし、わたし・・・っ!!」


いつも思う。本当に、いつも。


「うあああああああああああああああああああああああああ」


感情なんて、なければよかったのに、って。

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記憶を戻さないで 期待の新筐体 @arumakan66

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