2 国連人口減少計画

 世界人口の増加を80億人でストップさせ、世界のすべての国と地域を人口減少社会に転換し、2100年の世界人口を60億人まで減少させるための国連人口減少計画が、2038年に発表された。その目玉は人置換ロボット「バイオノイド」との結婚の推奨である。

 万能タイプ(労働と家事の両方を負担できる)のバイオノイドの価格は1体200万ドル(約2億円)で、これは先進国の労働者の平均生涯年俸と等しい。すなわち先進国ではバイオノイドは経済的な人置換性がある。逆に途上国ではバイオノイドは平均生涯年俸10人以上の高価格となってしまい、経済的な人置換性がない。

 このため、バイオノイドはまず先進国で普及させ、量産効果によって価格が1体20万ドル(約2千万円)まで下がってから、途上国や最貧国で普及させることになっている。

 先進国でもとくにヨーロッパで、イスラム系住民の増加が問題となっている。もともとは出生率低下による人口減少を補うための低賃金単純労働力としてイスラム系移民を受け入れたことが端緒で、その後中東の紛争やテロによる難民の受け入れで、さらにイスラム系住民比率が増加した。ドイツ、フランスなどのEUのリーディングカンパニーにおいて、イスラム系住民の比率は20%を超えて30%に迫っており、出生率の高さから早晩50%を超え、ドイツ、フランスを始め、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクなどで次々にイスラム系政権が誕生すると予言されている。

 イスラム系住民の出生率を低下させるため、EU各国は国連人口減少計画に呼応して、イスラム系住民へのバイオノイド配偶者の配給を開始した。

 一夫多妻制を容認するイスラム教ではそもそも独身男性が多く、彼らには法的な子孫を残すという意味での実質的な生殖能力がない。ターゲットにすべきなのは妻を独占している富裕層の男性である。バイオノイド妻にはイスラム法が適用されないため、妻をすでに4人持っている男性でも、バイオノイド妻を愛人として購入することができる。しかし、これではバイオノイドの普及は計れても人口減少効果がない。

 そこでEU各国は、教育水準が高く、経済的に自立することを希望している潜在的独身主義イスラム系女性をターゲットとして、バイオノイド夫を無償貸与した。

 また、先進国ではイスラム法に従わずに一夫一婦制の結婚を望むイスラム教徒が増加している。EU政府は一夫一婦制を容れると誓約した若い世代のイスラム教徒に、男女にかかわらずバイオノイド配偶者を無償貸与した。

 これらの政策が好評となり、富裕層の男性の妻となるイスラム系女性が不足した。このため妻を4人持ちたい富裕層の男性は、妻を3人にしてバイオノイド妻を1人購入することにした。バイオノイド妻が人間の妻よりも美人で有能だったことから妻を2人、バイオノイド妻を2人、さらには妻を1人、バイオノイド妻を3人とする富裕層の男性が増え、ついにはバイオノイド妻を4人購入するという富裕層の男性も現れた。

 キリスト教福音派、イスラム教各派を始め、右派宗教は総じて人口抑制政策を神の意志に背くものとして批判的であり、国連人口減少政策を拒絶していた。とくにイスラム教では、バイオノイドはイスラム系住民を根絶するための生物農薬だと全否定している。しかし、宗教的な建前とは裏腹に、国連人口減少計画はEU各国で着実に成果を上げ、イスラム系住民の出生率が劇的に低下しはじめた。また、バイオノイドの量産効果によって、価格を目標としていた20万ドルに近づける見通しがついた。

 そこで国連は人口増加が著しいサハラ砂漠以南のアフリカ、インド及び南アジア、南アメリカ太平洋岸地域におけるバイオノイド配偶者の無償貸与事業を開始した。

 万能タイプのバイオノイドによる人置換は、GDPを減少させずに一人あたりGDPを増加させる効果があり、一人あたり一日の所得が数ドルという最貧国において、人置換によるテイクオフ(経済離陸)効果が顕著に認められた。この結果、最貧国各国政府は宗教団体や民族団体の反対を抑え込んで、国連人口減少計画を受け入れた。

 この結果、世界人口の増加はついにピークアウトした。先進国の人工再生産率(女性一人の生涯仮想女性出生成人数)は0.1以下となり、途上国では0.5、最貧国でも0.9となったのである。

 世界人口は2100年には60億人に、2200年には30億人に、2300年には10億人に減少する見込みである。また、バイオノイドは事故による損耗を除いて永久寿命を有することから、その製造数は2100年をピークに減少し、バイオノイド総数は20億体で安定する見込みである。すなわち2300年には世界平均で人1人に対してバイオノイド2体、人とバイオノイドの総数が30億体の社会が到来する。国連としてはこれこそ人類が持続可能な理想状態と考えている。問題は世界人口がこの理想状態を超え、絶滅に向かって減少し、バイオノイドだけの社会が到来する可能性を否定できないことである。だがそれまでには人間工場が実現すると楽天的に考える識者もいる。人とバイオノイドの両方が工場で生産される社会が、そう遠くない未来に実現しそうである。

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