4-9 社長は死んでいたのにやってくる

 しかし火村ひむらさんは手を緩めない。放たれた光の剣は今度は俺の首に刺さった。

「君はこのままここで死ぬんだ! 返してもらうぞ、忘却社ぼうきゃくしゃの社長の席を!」

 このままでも数秒後には死ぬだろう俺に、さらに火村さんは攻撃を加える。

 光の剣は額を貫き、俺はそこで絶命した。

「ここまで予想通りだと、さすがにフェアじゃなかったね」

 火村さんは勝利の笑みを浮かべていた。だがそれも数秒のことだ。

「うん?」

 自分の経験と違うことにいち早く気付いたようだ。さすがは忘却社の前社長だ。

 《固有世界セルフリアリティ》の主が死んだ場合、その世界もまた死ぬ。いきなり無くなるわけではないがバラバラに崩れ始めるのだ。

 だがその兆候は少しも無い。この世界は相変わらず、しっかりと存在していた。

「なぜ?」

 《固有世界》の主が死んだ場合、その世界もまた死ぬ。そのルールに例外はない。とすれば答えは一つ。《固有世界》の主が死んでいないのだ。

「気付かなかったのは火村さん、あんたの方だ」

 俺は死んではいなかった。姿を現した俺とすでに絶命している俺を火村さんが見比べる。まったく想像もしてなかった展開だったらしく、珍しく取り乱している。

「……そんなわけは」

「まだ何が起きたのかわからないって顔だな。察しのいいあんたらしくない」

 火村さんは否定も肯定もしなかった。だが負け惜しみの一つも言わないのは、本当にわかってない証拠だった。

「俺があんたの予想通りに闘い、あんたに負けたのは当然のことだ――ここはあんたの《世界》だからな」

 でも全てを語る必要は無かった。火村さんはそれだけで何が起きたか理解した。

「じゃあ、さっき私が殺したのは……」

 火村さんがガタガタと震え始めた。

「あんたの中の《俺》だよ」

 その《俺》が死んだことが何を意味するかを火村さんにいちいち説明する必要は無いだろう。それこそ俺よりもずっと詳しいのだから。

「火村さん、あんたは俺のことを思い違っていたんだよ」

 だから俺は別のことを指摘する。

「俺はあんたが生きてるんじゃないかと思っていた。別に根拠あってのことじゃない。ただの希望としてだけどな」

「……君がそんなにロマンチストとは知らなかったよ」

「だから俺はあんたと戦うことになるかもしれないと思っていたんだ」

 そしてそうなればこうなることも覚悟していた。そこが勝敗を分けた理由なのだ。

「俺は確かに正式に社長になったわけじゃない。自分に足りないものがあるのはわかっていた。だから俺の知らない能力の使い方も日々研究していたのさ」

「その成果がこれか……立派になったもんだね、あのつばさくんが、ね。私の中ではいつまでもあの頃のかわいい翼くんだったというのに」

「それと漫画もあれからけっこう読んだんだよ。だから火村さん、あんたがらしくないミスを犯したのももうわかるんだ」

「ミス? 一体、なんだいそれは?」

不破圓明流ふわえんめいりゅう陸奥むつ圓明流には結局、勝てなかった」

 その言葉で火村さんは全てを理解して大げさに笑い始めた。

「ははは。私としたことがあの名台詞を忘れていたとはね」

 あの名台詞。その漫画のファンなら誰もが知ってる言葉だ。

「「陸奥圓明流千年の歴史に、敗北の二字はない」」

 それを証拠に二人の言葉は完全に一致する。

「本家に挑むのに適切な喩えじゃあなかったね。そりゃ負けるわけだ」

 膝から崩れ落ちてなおも笑い続ける火村さん。だが俺を見上げた彼女の目には涙が貯まっていた。

「君は随分と残酷なことをするじゃないか!」

「そうですね」

 自分を殺そうとした相手だけど、火村さんの言いたいことはわかった。

「私から君との記憶を奪おうなんて! 知ってるはずだよ、私にとって君たちとの時間がどういう意味を持つものかは……それなのに、それなのに……」

 火村さんはボロボロに涙を流し始めた。だが俺は同情はしなかった。

「覚えているのは自分たちだけでいい。それが忘却社の社訓だ。教えてくれたのは火村さん、あんただった」

 俺の言葉にへへへと火村さんが笑う。

「どこまで真面目なんだ君は。本当に呆れてしまうね」

 涙し、笑う。そんな火村さんはまだ何か言い続けてるかもしれなかった。でも俺はそんな彼女を置いてその場を離れることにする。

「さよなら、火村さん。たとえあんたが忘れても、あんたは俺の大切な恩人だよ」

 そんな俺の言葉が火村さんに届いたかは大して気にならなかった。

 どっちにしたって、火村さんが思い出すことはないのだ。


   ○


 意識を取り戻した翼くんは、さっきまでの怖い翼くんじゃなかった。

「どうなったの?」

「俺が勝った。そして火村さんは俺のことをもう思い出すことはない」

 淡々と事実だけを告げる翼くん。でもその内容はあまりに悲しいことのように私には感じられた。

「死んじゃったの?」

「あの人の中の《俺》が死んだし、忘却社の事務所も破壊した。あの人はもう俺の前に現れないだろうし、もう能力を悪用することもないだろう」

「その割に意識を取り戻さないけど」

「別れを惜しんでるのかもしれないな」

 誰とのとは聞けなかった。そんなの翼くんのことに決まっていた。

「今回の一連のことも、火村さんの仕業だったの?」

「それは違う」

 殺し合いに発展した相手なのに、翼くんはそこは変わらず信じていた。

「じゃあ誰が?」

「それは火村さんが言ってたのが正解なんだろ」

「他に犯人がいるか」

「もう一人の俺がいる」

「それは、ありえる話なの?」

 二人が話してた時も思ったけど、私にはその説はないんじゃないかと感じる。

「お嬢様!」

 でもどうやら私を呼ぶ声で話はそこで終わりになった。

 私を呼んだのは盾無たてなしさんだった。遠くから私を見つけたらしく、走ってこっちに向かってくるのが見えた。

「何かあったの?」

 やってきた盾無さんに尋ねる。走ってきたから、そんなことを思ったのだけど。

「いえ。こちらの用が済んだので合流しようと思ってただけですが」

「なら、いいんだけど」

 三人の間に妙に穏やかな空気が流れて、私は話題が続かないのを感じた。

「この女性は?」

 それは盾無さんもそうだったらしく、違うところに話題を求めたようだ。

 倒れてるままの火村さんに気付いたらしい。

「翼くんの昔の知り合い。でも盾無さんが介抱してあげて」

 意識が戻るまで待ってた方がいいかもしれないと思ってたけど、私や翼くんはさっさと退散した方がいいかもしれないと考え直した。

「病院にお連れすればいいのですか?」

「うん、お願い。私は翼くんと忘却社に戻るから」

「では、後ほどそちらへ」

 盾無さんの返事を待って、私は翼くんの顔を見た。その顔には「また来るの?」とでも言いたげだった。

「いいでしょ?」

 なので一応、確認だけはする。どっちにしろ行く意志は変えるつもりはないけど。

「……いいですよ」

 それが伝わったのか翼くんはハッキリと拒絶はしなかった。

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