拙いリア充

セエノとの再会はバーでだった。


彼女はカウンターの向かい側で白いシャツに蝶ネクタイを着け、隠れて下は見えないがスラックスを履いているようだ。

そして、髪型は、オールバック。

『男装の麗人』ではなく、『男』として働いていた。


僕の隣の席に座る恋人がセエノに尋ねた。


「ねえ。バーテンやって長いんですか?」

「いえ。3ヶ月ほどですね。まだまだ覚えることがたくさんあります」

「うわ。声高いですね。女の子みたい」

「はい。声変わりしない病気なんですよ」

「えー、そうなんですか。ねえ、この人診てあげたら? あ、彼、お医者さんなんですよ。大学病院の」


セエノが男の笑い方をする。


「そうなんですか。是非診てください」

「いや。僕は精神科の医師だから専門外です」

「でも、わたしが声変わりしないのは精神的な部分が影響していると以前言われました」

「そうですか。何か悩み事がおありですか」


セエノの目から笑みが消えた。


「はい。生きてることが悩みです」


僕たちから数席空けた紳士の客も、マスターとしていた会話を中断してこちらを見る。


「なんて、冗談ですよ。悩みが多すぎる、ってことです」

「わー、びっくりしたー」


僕の恋人がそう言うと、セエノは笑顔で・・・頰を少し痙攣させながら愛想を振った。


「おきれいな彼女さんですね。本当に羨ましい」

「わ。お世辞でも嬉しいわ。あなたは彼女さんは?」

「恥ずかしながら一度も恋人がいたことはありません」

「えー。バーテンダーならモテそうなのに。声が高いのも却ってかわいい感じがしていいと思うけど」

「ありがとうございます。生まれて初めて『かわいい』って言われました」


こめかみのあたりの毛穴に鍼灸針を差し込まれるような不快な感触を覚えた。こそばゆいのと痛みの境界線のような。


僕の彼女がまだ無邪気にセエノと会話する。


「あ、やっぱりかわいいじゃなく、カッコいい、って言われてるんだー」


30分ほど飲んで帰り際、セエノが僕の目を見ながら言った。


「またお越しください」

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