エンジョイしなけりゃ、損だ

 何か大変なことになっているらしいのは、わかった。

 ピンポン玉アルゴ995号ハロ使いの四人組フォーマンセルは、あーでもないこーでもないって言いあってる。わたしなんか、とっくに蚊帳の外。


 なんとなくわかったのは、アルゴという変態は、面白そうだからってことで、不定期的に確信犯になるってこと。それも、ハロワールド全体を巻きこむような騒動が起きるらしい。


「わたしは、ピィちゃんの手がかりがほしいだけなのに」


 非常に面白くない。


 ずっとトビーの亜空間体内のソファーの上でむくれている。もちろん、トビーにソファーを消すときは教えてほしいとお願いした上で、座っている。

 だって、あーでもないこーでもないのイケボの五重奏クインテットに、わたしが入りこむスキがなさすぎるんだ。


 コツンッ


 あーでもこーでもないが、白熱してきたところで、ラッセが頭を強く叩いた。


 いつのまに学習したのか知らないけど、ピンポン玉アルゴ995号まで黙らせるラッセは、すごいと思う。


「リンが追いかけていた男が怪しいなら、あたしたちが探し出せばいいじゃない」


「その考えに、我も同意するが、どうやって探し出すのだ? ハロワールドは広い」


「まぁ、なんだかんだっつても、アルゴがやらかしたことで、死人が出たわけじゃないし、ほっとけばいいんじゃないか」


『でもぉおお、過去には島が一つ吹き飛んだ事例がありましてですねぇええ』


 こんな感じで、堂々巡りは巡り続ける。


 ラッセの意見に激しく同意したい。

 そして、一緒にピィちゃんを探したい。

 なのに、口を挟むスキがない。


「……ピィちゃん、モフりたい」


 早くピィちゃんをモフりたくて、手がワシャワシャ勝手に動いてしまう。虚しいから、やめようとしても、無意識のうちにピィちゃんを求めて手が動いてしまうんだ。


「ハロー、ワールド。ピィちゃんのためなんだから、勇気出すんだよ」


 勇気出して、荒々しいイケボの五重奏クインテットに乱入しなくては。


「あ、あのぉ!」


 ギュッと拳を握りしめて、立ち上がる。


『まもなく、目的地に到着しますので、排出準備を開始します』


 なんてタイミングだ。


 握りしめた拳をどうしてくれるんだ。


「うっしゃぁあああああ!! 美味いもん食うぞぉおおおお!! ややこしい話はそれからだぁあああああ」


 うん、ウノがダルを脳筋呼ばわりしたのは言いすぎだったんじゃないかって思ってたけど、脳筋までじゃなくても単純なやつってのは間違いないかもしれない。


 拳を振り上げて、メシメーシって喜んでいるダルの肩を離れた目の前にやってきたラッセは、肩をすくめて口を覆っていた布を下ろした。


「ま、せっかくだし、ちゃんとリンも歓楽の島を楽しんでもらわないとね」


「う、うん」


 今気がついたんだけど、ラッセの口の中はサメみたいに細かい牙がずらりと並んでいた。キラーンって効果音が聞こえてきそうなくらい、ピッカピカに光ってる歯は、なぜか金属素材メタリック

 色ガラスの体よりも、硬そうで怖い。


 ゴクリって自分の喉が鳴ったの、わかったよ。


排出卵エッグ展開しますので、全員直立不動でお願いします』


 今度は足元から六角形ヘキサゴンの小さな白い欠片がパズルをはめるようにクルクルと、わたしを包んでいくのを見る余裕もあった。


 よくよく考えれば、産卵される女子高生って、わたしが初めてじゃないかな。


 完全に殻に包まれて真っ暗になると、トビーのカウントダウンが聞こえてきた。


『10、9……』


 なんだか、ワクワクしてきた。

 一回目は、わけがわからなくて嫌でしかたなかったけど。


『3、2、1、排出卵エッグ排出します』


 なんだか今は、楽しい。

 このとんでもない異世界を、エンジョイしなけりゃ損だ。


 排出の浮遊感は一瞬。


 殻が割れたら、言ってみたい台詞ラッキーワードがある。


「ハロー、ハロワールド」


 誰かに聞かれたら恥ずかしいから、小声でつぶやいて光に目がくらまないように閉じていた目を開ける。


「えっ」


 驚いた。

 まるで夜の繁華街だ。


 ピンポン玉アルゴ995号に聞いた話では、歓楽の島は多種多様な種族が集まる街らしい。


「ほへぇ」


 まず語彙力が死んだ。


 本当に多種多様な種族がいる。

 緑の肌の天使みたいな翼のある人が頭の上を飛んでいった。

 薄紅色の空は、藍色に染まっている。頭上高く浮かんでいる大いなる暈グレートハロも黒っぽい紺色になっている。


 太陽も月も星もないのに、ハロワールドには夜があるんだ。


 何より驚いたのは、この島だ。


「ふへぇ」


 重力とか引力、なにそれ美味しいのってくらい普通にゴツゴツした岩男たちが、ガヤガヤ喋りながら歩いている。

 至る所にある落ち着いた紫色に統一された橋や階段とか、どこをどうしたらってくらいめちゃくちゃだ。

 まるでエッシャーの絵の中に入りこんだみたいだ。


 瞬きも忘れて奇妙な街を眺めていると視界にひょっこりと、赤いピンポン玉アルゴ995号が現れた。


『田村凜子さま、あのぉ……わたくしも、リンと呼ばせていただきたいのですが』


「うん、いいよ」


 何だそんなことか。


 ピンポン玉アルゴ995号が、ブルブルと震えながら赤から青に変わった。


『あわわわわ! ありがとうございますぅうううううう!! 嬉しいですぅううう光栄ですぅううううううう……ふぎゃ』


 騒々しく飛び回るピンポン玉アルゴ995号をキャッチしたのは、青白い四本指のダルの手だった。


「さっさとメシ行くぞ。あのアルゴ変態のことも、メシ食いながら考えるぞ」


『あわわ……はい、わかりました』


 ちょっと申し訳ないけど、少しくらい楽しんでもいいよね。ピィちゃん。

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