猫の狙撃手_改訂1(猫短9)

NEO

魔弾の射手?

 俺を乗せた飛行機は、プロメテ王国のアルファテ国際空港を飛び立ち一路、大洋を挟んで反対側のアルス王国のキリンジャー国際空港を目指していた。

「この路線、毎回アイツだ。ということは、今回も素直に到着出来ないだろうな……」

 ビジネスクラスの席で、俺は窓の外に向かってつぶやいた。

 そう、この路線にはある意味で名物機長がいる。

 一度たりとも、目的地に着陸したことがない機長が……。

 腕は確かなのだが、呪われているとしかいいようがない。

 そして、そいつの便を毎回引き当ててしまう俺もな……。


 飛行時間一六時間。その半ばを過ぎた頃だった。

 ドン!! という衝撃と共に、機が一気に急降下し始めた。

 頭上から酸素マスクが振ってくる。緊急降下だ。ほらみろ……。

 俺は猫だ。このくらいの揺れと傾きなど問題にならない。

 キャビンアテンダントが落ち着くように叫ぶ中、俺は滅多にやらない四足歩行で通路ダッシュすると、コックピットのドアを所定の叩き方で叩いた。

 ややあって、電子ロックが外れる音が聞こえ、俺は素早くコックピット内に滑り込んだ。

 中は大騒ぎだった。アラームが鳴り響き、二人のパイロットが緊迫した空気を放っていた。

「今度はなんだ?」

 俺は構わず、左側席の機長に声をかけた。

「ああ、第一エンジンだ」

 短く声が帰ってきた。

 こいつとは昔からの馴染みなのだ。変わっていない。

「お前のところの整備は、全員リストラした方がいいな……」

「俺もそう思う」

 うんざりと言った口調で機長が返してきたとき、右側席の副操縦士が機長に言った。

「機長。火災は鎮火しました。ホレスト国際空港で受け入れるそうです」

「ホレストだと。ここから三時間は掛かる。チュリストなら一時間だ」

 俺は計器パネルのディスプレイの表示をちらりと見て、副操縦士に言った。

 そこには、現在地が簡略マップで表示されていた。

「チュリストですか? あそこは滑走路の長さがギリギリですよ!!」

「……なんとかなる。このポンコツを早く降ろしたい。チュリストだ」

「了解です。こちらシーエーティーエア1025……」

 俺の悪い癖だ。また人の仕事に口を出してしまった。

 まあ、こうして緊急事態なのに、コックピットにいる時点で問題だがな。

「気が済んだだろう。お前は自分の席に戻っていろ」

「ああ、悪かった。幸運を」

 俺はコックピットから出て、半ばパニック状態の客室に戻り、自分の席に戻った。

 アイツに任せておけば、死ぬ事はないはずだ。運は悪いが腕は一流なのだからな。

 

 それから、一時間とちょっと。

 シーティーシーエア1025便は、ルーデル王国のローカル空港であるチュリスト空港への緊急着陸に成功した……。

 ちなみに、「プロウィング747」。すなわち、ジャンボジェットと呼ばれるバカデカい機体が降りたのは初めてらしい。


 世界に三人いるエージェントを通して、この『接触』があった時、俺はこうなる事を見越して、約束の三日前に移動を開始していた。

 デカいジェットが一本しかない滑走路を塞いでしまったため、当面の間は空港は利用出来ない。

 通常、飛行機というものは離陸の方が長い滑走距離を必要とする。

 あの機体は、そこで解体処分だろう。

 俺たち乗客は比較敵大きな島まで船で輸送され、取りあえず近くの街にある大きなホテルに宿泊となった。全て、航空会社の手配である。

 ここはこの辺りに点在する離島のため、明日はここから五時間かけて、空路大陸の国際空港まで移動し、そこから再び旅の再開となる予定だ。

 スケジュール的にはギリギリだ。全く、ついてない。

「ふむ……」

 俺はホテルの部屋で商売道具である杖を点検した。

 特に曲がりや変な傷はない。結構揺れたが、特に問題はなさそうだ。

 俺は杖をケースに収めると、常に持ち歩いているマタタビ酒をあおった。

 そして、ベッドサイドの電話であの機長を呼び出した。

『なんだ?』

「俺だ。忙しいか?」

『暇だと思う方が、おかしいと思うが……』

「そうカッカするな。飲まないか?」

『まだ機内だ。またな』

 電話が切られた。

 相当イラついていやがる。らしくもない。

「うむ、一人酒するか……」

 俺はホテルのささやかなバーに向かったのだった。


「ニュースで飛行機事故の話を聞いた時は、肝を冷やしたよ。無事でなにより」

 目の前には、いかにも血中中性脂肪とコレステロールが高そうなオッサンがいた。

 ここは、キリンジャー市内某所の地下駐車場。

 まあ、依頼をするにはうってつけか。

「心にもない挨拶は結構。本題に移ってもらおうか」

 おっさんはスーツの内側に手を入れ、一枚の写真をゆっくり取り出した。

「ターゲットはこれだ……」

 写真に写っていたのは、一台のゴツい車だった。

「……キリッジ自動車KIー1400 軽装甲機動車だな。これがどうかしたのか?」

 この国の軍用車である。

 まだ開発中のはずだが……。

「これが、うちの会社のライバルなのだよ。明日、最終コンペが行われる。『軽』といっても特殊素材が多用されていてな、一世代前の主力戦車の主砲弾を弾き跳ばすという、恐るべき防御力を持っている。うちのも同等性能は持っているが、販売力の点で負けていてな。明日のコンペ中に、こいつを粉々に消し飛ばして欲しい。作為的ではなく、性能不足に見せかけてな」

 なるほど、簡単な構図だった。

 ライバル社の製品を蹴落として、自社の製品を売り込む。

 まあ、知った事ではないが、随分荒っぽい「営業」である。

「分かった、引き受けよう」

「ありがとう。報酬はこれで。資料も中に入っている」

 お約束の黒いアタッシュケースを受け取り、中身を確認した俺は宿泊しているホテルに戻ったのだった。


 翌日は雨だった。

 俺はコンペ会場である、軍の演習場を見渡せる木の上にいた。

 辺りは一面森になっていて、ここは一般人立ち入り禁止だが、そんな事は俺には関係ない。潜り込む事など他愛もない事だ。

 この土砂降りの中、泥だらけになりながら、演習所内を二台の装甲車が元気に走り回っている。性能は、どちらも似たようなものだ。

 オーダー通り粉々に吹っ飛ばすなら、やはり途中で予定されている「対戦車防御能力テスト」だろう。

 使用される戦車は旧式のブルーフォース。

 こいつの主砲の発射と合わせて狙撃してやればいい。

 俺はチラッと時計を見た。資料の内容は頭に叩き込んであった。

 さて、そろそろ始まる頃だ。俺は杖を構えた。

「!?」

 演習場のバンカー……強化コンクリートで出来た車庫みたいなものだ……から、轟音と共に出張ってきた戦車が違う。最新鋭のブルーフォース・マキシマだ。

 依頼主の会社の装甲車では、こいつの一撃に耐えられないことは明白だった。

 仮に目標をぶっ飛ばしたとしても、相打ちでは意味がない。

 こうなったら……。

 俺は杖の照準を変え、ガタガタと動く戦車の後部。エンジンルームを狙った。

 荒っぽいが、戦車をエンコさせてしまえば、代替えを持ち出すしかないだろう。

 あるいは、中止に持ち込んで仕切り直しか……。

「……」

 俺は杖に刻み込んだ魔法文字をなぞった。

 瞬間、『見えない矢』が戦車に向かって飛び……四散した。

「対魔防御障壁……」

 さすが最新鋭。魔法防御も完璧だった。

 ならば、連射して障壁を壊して……!?

 戦車の砲身が素早くこちらを向いた。嫌な予感しかしない。

 俺が反射的に木から飛び降りた瞬間、腹に響く発砲音と共に戦車の野郎がぶっ放した。

 爆発して破片を撒き散らす榴弾でも使ったのだろう。

 地面に伏せた俺の間近で爆発が起こり、爆風で思い切り吹っ飛ばされた。

「痛ぇな、コノヤロウ!!」

 もはや、狙撃ではない。

 こうして、最新鋭戦車対俺の戦いは始まったのだった。


 気がつけば、演習場は荒涼とした大地へと変わっていた。

 その中で、ただ一つ残っていたのは、奇跡的に被弾しなかった依頼主の装甲車だけ……。

 コンペを見ていた軍関係者や企業関係者のテントなど、真っ先に吹っ飛んだ。

「ミッション・コンプリート……」

 一言つぶやき、俺は痛む体を引きずって逃げ出したのだった。

 全く、今回は最初からついてない……。


『本日、軍の演習場で猫が乱入して暴れるという事件が発生しました。最新鋭の戦車を含む、甚大な被害が出た模様です。専門家によると、恐らく機嫌が悪かったのであろうとの事です。また、別の専門家によると、これはマーキングの一種であり、縄張り内に演習場を作った軍が悪い。猫に罪はないと……』


 猫の狙撃手、任務達成率82.9%。

 但し、結果が依頼主の期待通りになるとは限らない。

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