第29話 イズミノミフと水科

 弟夫婦との同居暮らしの俺が女の子を連れて帰る訳にもいかず。

 さらに言うなら、女の子も自身の家を言えなかった。この時点で、俺は怪しむべきだったんだが。

 如何せん、どうにも、異世界に慣れ過ぎていて麻痺をしてしまったとしか言えない。


「後悔ってのは。本当に先に立たないってのは、……先人たちはよく言ったものですよね」


 深くため息を吐く俺に水科が聞いてきた。

「でも。いい経験だとも思いますよ?」

「っは! いい経験だって?! 冗談も休み休みに言って下さいよ!」

 思わず、俺もお客様の相手に、声を荒げてしまった。いい歳したおっさんになると、どうにもすぐ怒りっぽくなってしまうな。フムクロも、グォリーも、大概だったけど。そっか、これが《年季》ってものなのか。

「その。女の子? だって、尾田さんに救ってもらって嬉しがってませんでした??」

 そう横から先方が俺に、声を弾ませて言ってきたもんだ。

 あの女の子が、もどきが嬉しがった? 喜んだ?? いいや、それは違うな。


「本当に俺は後悔をしてるんですよ」


 ◆◇


 なんと言うか。女の子が、成人女性に化けた。流石の俺だって、目が丸くなったし。彼女は明らかに、異種的な異界人だとも、察した。彼女は《17丁目》の中の《貴族》か《王族》の御令嬢だ。ただ成人の女に化けたこともあって、元々、着てないも同様の衣服もなくなってしまった。

 俺は彼女を《ツインタクシー》の一室のあるアパートに連れ込んだ。

 一応、風呂とトイレもある2DK。そこが俺とダンマルの職場だ。

 ダンマルは、家に帰っていて不在で助かった。

 

 勿論。

 美味しく頂きました。


(何って言ってたっけかなぁ? あ。ダンマルの奴に聞きゃあいいのか)


 ベッドの上でくつろぐ俺の耳には、シャワーの流れる音が聞こえていた。使い方は、最初に一緒に入ったときに教えてやった。うとうと、とする俺の携帯が鳴った。

 耳元に置いてあったから余計に五月蠅い。

 液晶を確認したら、ダンマルの奴だった。


 ――『藤太さん?! ぃ、今、どこっっっっ??』


「? 今ぁ? 《ツインタクシー》の秘密基地」


 慌てる意味も分からずに、俺も、いつものように言い返した。


 ――『っきょ、今日。あっちで何か変わったこととかなかったか?!』


 狼狽えるダンマルの口調に、どこかマクベスとコーリンを思い出した。

 ひょっとして。《17丁目》で、何か一大事なことが起きてしまっているのかと。

 と、同時にだ。

 俺は浴室の方へと視線を向けた。

 心臓がヤバいくらいに、急激に叫び始めた。マジ、勘弁ってさ。


「やー~~何もナカッタヨ? ナイヨ? ナカッタヨ??」


 思わず、動揺が声に出てしまって裏返ってしまう。ああ、どうか気づかれませんように。

 俺は、このとき程、神に祈ったことなんかないよ。


「あー~~ダンマルちゃん? あのさぁ。あンたに聞きたいことがあんだけどさぁ? ちょっと、いいかな?」


 ――『何?! こんな緊迫した場面でっ! くっだらなかったら、頭をかち割るかんなっっっっ!? ほらっ! とっとと。言って!』


 そこまで歯を剥き出しに言われたら、言いたくもなくなるんだけど。

 ま。この場合は、とりあえずは聞いておいた方がいいだろうな。


「《グラジラ》って。意味って何か知ってる? あとさ? 《ミジラブレル》って、どんな意味よ?」


 電話の向こうからの反応がない。

 俺は思わず、携帯の液晶画面を確認をした。

 電源は切れてない、秒もしっかりと刻んでいるし。だから、止まっているのは。

 電話の向こうにいる、俺の弟のダンマルちゃんって訳だ。


 ――『兄さん、……《イズミノミフ》って知ってる?』


 質問に、逆に質問で返すとか、本当に異界人ってのは分からないな。

 でもだ、聞かれた言葉の意味を俺は知っている。知ってしまっていたから。寄せばいいのに。


「はァ? 子供の名前だろう? 黒髪で、まつ毛の長い目をし――……」


 ――『動くな』


「……っは? ぇ、えっと?? っだ、ダンマル、さぁん??」


 とても、低い口調のダンマルの奴の声に。俺の警戒を知らせるシグナルが、サイレンが鳴り響いた。でも、ここで逃げるのも男らしくはない。だがだ。

 

「はははっ。何? 兄さんを、この俺を脅すの? いい度胸。ダンマルちゃんてばっ!」


 ――『君は重大な犯罪を犯した。言い逃れは出来ないし、追われるだろう』


 俺は逃げないとは言わない。でもだ、でもでもだ。逃げようとも思わない。

 このまま、ヤられるのも馬鹿らしい上に、理にかなってもいない。


「ダンマルちゃん。俺の質問の答えてくれなきゃ。兄さん、困っちゃうよ」


 たった1つの意味と答えに応えて。

 怒りに見合った対価を、不釣り合いな世界で交わろう。


 ――『今。君と一緒にいる女性は――《王女》だ』


 ◇◆


 タクシーの中が静まり返った。まあ、そんなもんだよね。

 こんな絵空事のような、現実もない。正しく漫画の世界の中の異世界まんまの展開だろう。

 使い古された展開だろう。もう聞きたくなんかもないだろう。なぁ。水科と先方。


「え、えっと……《17丁目》って。その、えぇっと。全部が全部、異形の容姿とかじゃないんですか?」


 そう先方が、ボールペンの先端を、カチカチとし続けた。

 まるで、時計の秒針のように、小刻みに。


「いいえ。違いますよ。全員が全員、異形の容姿なんかじゃないんですよ。一応、あっちにも人間の居住区コロニーってのがありますから。その人間と交わる異界人も、覚悟の上で子供を作るから《灰白種スマキ》って、半分人間種も生息してます。知性もあるから、政治家も多く選出していて。元老院の中にも、名前が連なっているんです。雁首揃えてって感じですね。ああ。ちなみに、自身達の立場も承知だから、声高らかに発言もしないですね。吠えるときは吠えますけどね」


 俺の言葉を、賢明に書き記していく先方。対象的なのは。


「……ええ、吠えるときは。吠えますよねぇ」


 目の色が。言葉の通りに変わっていく。

 水科の表情が。


「ははは。ウケる。あンたってば――《灰白種》?」

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