第14話 あの時、一番、苛立った日

 それにしても、このじぃさんを見て、思い出す奴って。

 一体、誰だっけかな。

 こんな横暴な人間なら、俺は忘れないだろうし。

 いや、あっちにいた野郎なのかもな。


 でも、それにしたって。


 一回でも一瞬にしたって、普通なら思い出せそうなものなのに。どうにも、頭が、脳も反応しない。

 つまりは、大したことのない存在感でどうでもいい程度だったってことなのかもしれない。

 でも、どうしてこんなにも得体の知れない奴のことを。

 こんなにも俺は考えてしまうのだろうか。


「《17丁目》ってところで、お前が働いてやがるのは面白いが、だっ! そんな平和な話しなんか訊くに堪えん! こう、もっとスリルな……おお! あれだ! 黄金狂時代や、12人の怒れる男に宇宙戦争みてぇな、はっきりした展開ものにしやがれっ! 運転手っ。ああっと?? 尾田ァっ」


 依然と横暴な糞野郎じぃさんが、俺に注文をしてきやがる。

 こんな、じぃさんに、どんな話しをしりゃいいってんだ。


「はは……そう、言われましても。困りました、お客様」


「それじゃあ。尾田が困ったあっちのクソの話しをすりゃあいいじゃねぇかっ! それだっ!」

 

「困った、乗客の話し、……ですか?」


 ◆◇


  家から追放されてしまった俺は、愛車アウディを走らせて、異世界の路から歩く住民を見て、ため息を吐いた時だ。


「!? ぉお?!」


 大きくも、太い一本の腕が真っ直ぐ上に上がっていた。

 それは紛れもなく、乗車する意志があっての行為だ。

「っちょ! っと‼」

 慌てて、俺はブレーキを踏んだ。少し、行き過ぎてしまったが、バックミラーからも、立ち竦んでいる影はあったから、俺は安堵の息を吐いた。


 これで、家には入れてもらえそうだな、ってさ。


 少し、車をバックさせて俺は乗客の前についてだ。

 相手の確認もそこそこに、後部座席のドアを開けた。

「どうぞ。お客さん」

「違う! お客様が礼儀ではないのか!?」

「! は、はぃ。お客様……」


 ギシ!


 重い体重に、座席が軋む音が鳴る様子に。

 俺も改めて乗客の顔を見た。

 乗って来たのは、表現で正しいとしたら。

 男の、しかも巨体の妖精ドワーフだろう。まぁ、俺の愛車は改造されている。

 だから、乗客にあった大きさに内部が広がるから乗れない、って心配もないのがいいところだ。

 以前、竜のようなのも乗せたことがあるが、大丈夫だった経験もあるから安心して乗車が出来る。


「っふん。これが、タクシーというものか。金か? 物々交換なのか? どっちなのだ? ……ぉ、お? オダ」


 俺の運転手プレートに顔を寄せて、俺の名前を確認するドワーフ。でも、きちんと《読む》という知能があるということは、案外、このドワーフは智と学のある金持ちに間違いない。


「どちらでも構いませんよ。お客様」


「っふん! では、両方やるから《最果ての地》に向かってくれ」


 《最果ての地》って言葉に、俺は愕然となってしまった。

 そこは、今いる地区からかなり距離のある、禁じられた地区とも、呼ばれる暗黒の時代の遺跡がある場所だ。俺はフムクロや、グォリーから聞いた程度でも。2人かたは口酸っぱく、注意されている。


「決して近寄るなと。曰くのある……――あの《禁忌地区》にですか?」


 ガン!


「っちょ! ……っつ!」


 ガン!


 ドワーフが持っている斧の柄で運転席の何度も、何度も叩いた。

 俺の身体も、その度にハンドルに押し当たってしまう。苦しい上に痛いってもんじゃない。視界も上下に激しく揺れた。

 だから、堪らずに、俺もヤケになってしまった。

「分かりました! 行きますからっ‼ 運転席を斧で叩かないでくれますかっ‼ お客様っっっっ‼」

 俺の叫びにようやく、ドワーフも行動を止めてくれた。

 俺も安堵の息を吐いて、エンジンをかけた。


「分かればいいっ! ほら、行くがいい。オダぁ!」


「はい。分かりました、お客様」


 ここから《最果ての地》はかなりあるが、その間に。

 この乗客から面白い話しが聞ければいいやって。俺は自暴自棄になった。

 乗せて、行き先を聞いた以上は。どんな粗野な住民だって、大事な客だ。金を支払う意思もあるなら、尚のこと、きちんと運ぶ義務が俺にはあるんだ。

 

 俺の生業は《タクシー運転手》だからだ。


 ◇◆


「《最果ての地》ってに、そのクソ野郎を乗せて行ったのか?」

「はい。お客様、行きましたよ」

「その間。そいつは、どんな話しをした?? 儂が訊きてぇのは、その部分なんだよっ。分かっているのかぁ!? 尾田ぁ!」

 やけに食いつくな、このじぃさん。

「大して、会話もないままに行っちゃったんですよ」

 食いつかれても、糞みてぇな言えるような話しもないし。

「でも。着いてからの方が、ゆっくりと話しましたね。私も、初めて行く地区だったので、そのドワーフの……ドドッギさんと観光しました」

 少し思い出して、俺も笑ってしまった。


 でも、これはそんなに面白い話しでもないことも、思い出した。


 ああ。そうだ、この話しは――……


「尾田。ドドッギってのはっ、どうなったんだ!」

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