第28話 ソテツには毒があります


「危うく、幻のお宝を求めて旅立つところでした」


 あんなところにあったとは、と仕事帰り、花屋の店先で葉名は言う。


 横に立つ准が熱々のコロッケの入った紙袋を手に、

「葉名の俺への愛が、金印を見つけたんだな」

と深く頷いていたが、誠二は、


「いや、葉名さんの妙な趣味のおかげだろ」

と素っ気なく言う。


 いや、妙な趣味って……。


 いけませんか?

 全国埋蔵金の本が愛読書では、と思っていると、准が誠二に言っていた。


「近いうちに、葉名をうちの母親に会わせようかと思う。

 それでだいたい紹介したことになるから、もう結婚してもいいだろう」


 いや、私の許可は? と思ったのだが、まあ、今更、反論はない。


「グランマには?」

と誠二に言われ、


「それは最後だ。

 というか、あの植物園で式を挙げたい。


 いいか?」

と何故か、まず、誠二に准は訊いた。


「……まあ、いいだろう」

と誠二が許可を出すと、こちらを向いて、


「いいか?」

と確認してくる。


 いや、確かに植物園で式の話、一度頷きはしましたけど。


 なんだか順序おかしいです、と思いながらも、女にはわからぬ男の友情があるのだろう、と思い、はい、と葉名は頷いた。


 すると、誠二は大仰に溜息をついてみせる。


「葉名さんはなかなか素敵な人だと思ってたのに」


 いや、貴方、今、おかしな趣味の人だと言いましたよ、と葉名が思っていると、

「こんな悪い虫に引っかかるとは」

と准を見て言ってくる。


「誰が虫だ」

と言う准に誠二は手にしていた水スプレーをかけながら、


「アブラムシ、ダンゴムシ、ナメクジ、シノノメジュンにご注意ください」

と言い出した。


 やめろっ、とわめきながら、准は誠二の手のスプレーをはたき落とす。


 なんだろう。

 平和だな……、と思いながら、葉名は二人のやりとりを見ていた。


 そして、近くにあった南国風の木に、ふと気づき、しゃがんでを見ていると、誠二が後ろから、

「あ、それ、バナナだよ」

と言ってきた。


「あー、何処かで見た形だと思いました」

と葉名は答える。


 サイズは小さいが、そういえば、確かにバナナだ。


「いいですね、バナナの木。

 なにか夢がありますね」

と葉名は笑った。


 子どもの頃、いろんな果実がなる木がないかな、とか。


 いろんなジュースが出てくる水道がないかな、とか。


 そんな妄想に耽っていた葉名は、今もなんとなく実のなる木が好きだ。


 いや、まあ、バナナはバナナしかならないとは思うが……。


 家の中にそびえるバナナの木。

 素敵だ、とマンションの天井につくほど伸びたバナナの木を妄想していると、

「ま、正確には、バナナの木じゃなくて、バナナの草だけどね」

と誠二が言ってきた。


「バナナって、実は、草なんだよ。

 木じゃなくて」


「ええっ?

 でも、でっかいですよっ?」


「うん。

 でも、バナナは年輪もないし、数年で枯れるから木じゃないんだよ。


 そして、これは家庭用に改良された奴だから、1~2メートルくらいにしかならないよ。


 でも、ちゃんと実もなるんだよね」


 へえ、と葉名は、今はまだ小さなバナナの草を見つめる。


「バナナの花言葉はね、『風格』」

と身を屈め、一緒に覗き込みながら、誠二が言ってきた。


「どっしりしてますもんね、草なのに」

と葉名が笑うと、


「果物系のものにも、いろいろ花言葉があるんだよ。

 ちなみに、みかんの花言葉は、『花嫁の喜び』」

とバナナからのつながりでか教えてくれる。


「ま……准と結婚することが喜びかは知らないけどね」

と余計な一言を付け加えながら。


「そして――」

と誠二は飾りとして置いてある、つやつやとした偽物のリンゴを手のひらに載せ、葉名の前に差し出した。


「リンゴは『誘惑』」


 そう言い、笑うと、その横にある木でできた飾りのスイカを取り、

「で、スイカは、『かさばったもの』」

と言う。


「そのまんまですね……」

と言ったとき、准が後ろから誠二の首筋に水スプレーをかけた。


「アブラムシ、ダンゴムシ、ナメクジ、セイジにご注意ください」


 やめろっ、莫迦っ、と揉め始める二人を見て、葉名は苦笑いする。


 この人たち、きっと、子どもの頃からずっとこんな感じなんだろうな~と思いながら。





 次の週末、准の母、ひとみと、准の実家で会った。


 案の定、准とよく似た、目鼻立ちのはっきりした美女だった。


 三人なのに、此処は王宮か? と問いたくなるような長いテーブル。


 キャンドルやグリーンで美しくセッティングされたそこには、うっとりするようなご馳走が並んだが。


 それは瞳の手料理ではなく、金戸かなとが出張してきて作ったということだった。


「あら、結婚したら、一緒に暮らすの? 貴方たち。

 大丈夫なの?」

と結婚の報告をすると、瞳が言い出す。


 なにやら不思議な心配をされている……。


 人によって、常識というのは違うものだな、と葉名は、つくづく思った。


 そんな瞳の後ろには、素敵な形に幹が湾曲した大きなウンベラータがあった。


「さすがですね。

 私の成功の象徴のウンベラータが」

と小声で准に言って、


「……しょぼい成功だな」

と言われてしまったが――。


 そんな葉名たちに、瞳は言う。


「私はね、自由なあの人が好きなの。

 でもね、一緒に巡業して回るとか、嫌。


 人には居るべき場所があるのよ。


 私は此処で、たまにあの人が訪れたときに美しくあるようにするわ」


 なるほど。

 女として、それもありか、と思ったのだが、准は、こちらをチラと見、言ってきた。


「大丈夫だ。

 俺はお前に、美貌は期待していない」


 おい……。


「言ったろう。

 そもそも、お前の顔は好みじゃない」


 おいおい……。


「でも、好みじゃないはずなのに、俺はお前が可愛くて仕方がないんだ。


 可愛いって大事なことだぞ。


 お前は、昔、俺のことをただ可愛いだけだと言っていたようだが」


 いや、親御さんの前で、それ、言わないでください……と俯く葉名に、


「俺は、ただ可愛いだけのお前が世界一大好きだ」


 そう言っておいて、准は、


 待てよ。

 これでは、母親の機嫌を損ねるか?


と気づいたらしく、瞳を振り向き、

「大丈夫だ。

 お袋のことは、世界で二番目に好きだ。


 お袋を世界一好きなのは、父さんだから、その座は父さんに譲る」

とよくわからないフォローを入れていた。


 すると、瞳は息子の言い訳に呆れたように言ってくる。


「三番目でしょ。

 あんたが二番目に好きなのは、おばあちゃん」


 ちょうど厨房から挨拶に出て来た金戸がそれを聞いて笑っていた。





「ソテツには毒があります」


 准の母に挨拶が終わった解放感から、ソファに仰向けに寝転がって、本を読んでいた葉名は、口に出して、そう言った。


「どうした、突然」

とソファの背に腰掛けた准が葉名を見下ろし、訊いてくる。


「いえ、会社の図書室に観葉植物の本があったので、借りてきたんですよ。

 ネットで調べるのと、本で見るのとでは、また違った感じがありますよね」

と言い、葉名は笑った。


「ソテツは奄美大島の飢餓を救ったそうですよ。

 毒を抜いたら、食べられるそうです。


 そういえば、私は子どもの頃、校庭にあったソテツをでっかいパイナップルだと思ってたんですけど。

 齧りつかなくてよかったです」


「いい話にお前のしょうもない話を混ぜこむな……」

と准は言う。


 だが、ふっと笑い、寝ている葉名の髪を撫でてきた。


「そうだ。

 明日はおばあちゃんにお前を会わせよう」


 そう言う准に、なんかもう、結婚に向かって一直線になってしまったようだな、と思う。


 まあ、それで嫌だと言うわけでは、もうないが――。


 准は部屋を見回し、

「しかし、せっかく片付けたこの部屋ともお別れだな」

と言ったあとで、


「せっかく――


 片付いてなかったようだな」

とソファの下に散乱した本とタブレットを見て、言ってきた。


 すっ、すみませんっ、と葉名は慌てて、それらを片付ける。




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