金属バット×職人

餅月 柏

金属バット×職人

バット職人桜山大剛の朝は早い。


AM4:00 茨城県 つくば市 自宅


彼は日の出とともに眠りから覚める。

そして自宅兼職場である「スマイル・スイング」の掃除を始める。


『毎日やってるんですか?』


「ああ、ほぼ毎日だな。今日は多い方だな。昔からマナーのなってない客が多くて大変だよ。だが最近はもうなれてきたな」


AM4:50 茨城県 つくば市 製造場


掃除が一通り終わると彼は製造場まで案内してくれた。

製造場には金属バットがずらりと並んでいた。

なかには作りかけのものもある。


『一から作ってるんですか?』


「おうよ、最初はメーカーのものも扱ってたんだが売れ行きが悪くてな。俺のばかり売れちまうってんで取り扱いを止めちまったのさ」


彼は手慣れた様子で一本一本に歪みがないか確認していく。


『金属バットしか扱ってないんですね?』


「おうともさ昔は木製のバットも使ってたんだが力加減が難しくてな。恥ずかしい話だが何本もだめにした時に止めちまったんだ。まあ、あれだ、やっぱり男は金属バットが1番さ」


少し照れくさそうに彼は笑った。

だがその目には後悔の色などひとつもなかった。


さらに彼は手慣れた様子で作りかけの金属バットにグリップエンドを溶接していく。

どんどん金属バットが出来上がっていく光景は彼の年季を感じさせるのに十分な手際だった。


AM6:30 茨城県 つくば市 製造場


作りかけの金属バットはすべてなくなった。


「うっし、取り敢えずは終わりさ。飯食うぞ」


彼に連れられ自宅部分のリビングに上がらせてもらった。


『この後はどうするんですか?』


「ある程度は作ったからあとは仕上げだけだ。だがその前に材料を仕入れに行く」



AM11:30 宮城県 岩沼市 安田工業株式会社


「これが足りなかったんだよ」


彼は車で5時間ほど揺られたあととある工場である物を受け取っていた。


「送って貰ってもいいんだがやっぱり自分の手で重みを感じてこそいいものが出来ると思ってるんでな。あとここの近くの定食屋が結構旨いんだよ」


彼は笑いながらそう言った。


PM12:00 宮城県 岩沼市 満福食堂みやいち


『バットを作るうえで心掛けていることはありますか?』


「そりゃあ、客の要望に出来るだけ答えることだな。「振りやすさ」「飛距離」「打った感触」そのどれもが個人によって求める物が違う。量産品じゃそこは賄えねえところだからな。俺はそこにベストを尽くすのを心掛けているのさ」


PM5:00 茨城県 つくば市 製造場


カーン、カーン


彼が一本一本丁寧に打ち込んでいる。

彼曰くこれが1番欠かせない工程なのだと言う。

彼の目には寸分の狂いすら見逃さない真剣さがあった。


PM6:00 茨城県 つくば市 「スマイル・スイング」内カウンター


「こっからは商売だ。遅いと思うかもしれねえが平日は客層的にこの時間からがちょうどいいんだ」


青春をしている人が多いのだろう。


がちゃ


「ちーっす。頼んだのできてるー?」


扉が開くとともにスキンヘッドの学生が店に入ってきた。


「おう、蛇龍。できてんぞ。お前は自分で打ち込むんだよな?」


「いや~いつもならそうするんですけど今日のはだいぶ激しくなるらしいんで親方がお願いしやす」


「おいおい、聞いてねえぞだから今日はが多かったのかよ。まあしかたねえ、追加で500円だぞ。払えるよな?」


「大丈夫っす。いや~親方のは神がかってますしね。まさに職人って感じで」


「あたぼうよ。お前等とは年季が違うんだよ!年季が!」


楽しそうに話してると言うことは常連なのだろうか?


「ところで親方。こいつ誰っすか? ついに弟子でも取ったんすか?」


「取材だとよ。今日の朝からずっと着いてきて貰ってんだ」


「ずっと!? 朝のからっすか? 今日20人くらいいませんでした!?」


「意外とタフなやつでな。俺も驚いたぜ」


『照れるので止めてください』


「がははは、シャイな野郎だな。ほら出来たぞ」


「あざっす! やっぱ親方のはサイコーっすよ! こう、手にフィットする感じがたまんねえっす」


「これからもご贔屓にしてくれよ。あと何度も言うが」


「頭へのフルスイングは止めとけですよね! わかってますよ! じゃあこれから集会もあるんで!」


彼は勢いよく出ていく青年の背に微笑ましい視線を向けている。


『青春ですね』


「青春だな」


PM8:00 茨城県 つくば市 自宅


「これで終わりだな」


『お疲れ様です』


どうやら全ての業務が終わったようだ。


『では、最後に釘バット職人として何か一言お願いします』


「あー、まあこの仕事やって結構経つんだが柄の悪いやつが多くてな困ることも色々ある。だがよ、俺は若い頃に釘バットに助けられたんだよ。そん時から俺はこいつに夢中なのさ。まあ、だからと言ってこんな仕事に就こうなんて思うやつは俺以外にいないだろうけどな!がははは」


『今日1日ありがとうございました』


「おうよ! 夜道には気を付けろよ。何て言ったってここは日本一不良が多い場所茨城県なんだからよ!がははは」


~日本の職人「釘バット職人の1日」完~

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