第2話

「頼むよ犬吠埼君、乙茂内さん。どうしたらあの人に好かれるのか教えてくれ」

 部活動と言うのが基本的にない探偵部は直帰だ。そんな俺と乙茂内の前に、朝と同じような腰の折り方で頼み込んでくる藤堂がいる。とは言われても俺も何が買われたんだか分らずにあの部にいるのだからアドバイスできることはなかった。乙茂内も困っている。大体目の前にこんな愛らしい美少女を置いてあんなミイラとお友達になりたいと言う、お友達以上になりたいと言う心境が分からなかった。逆なら百目鬼先輩のネットワークでうんぬんかんぬんとなるのだろうが、そうではないのだ。百目鬼先輩と、お近づきになりたい。放課後の教室ですっかり常温になってぬるいプリンを食いながら、どうしたもんかなあと俺は途方に暮れる。

 大体俺はあの部の走狗なのだ。同じ走狗志望の奴に教えてやれるのは、実は地学準備室には冷蔵庫がひっそりと稼働していることぐらいだろう。でもこいつが欲しい情報はそうじゃない。情報。情報ネットワーク。やっぱり出て来るのは『自分で見付けろ』の言葉だけだ。百目鬼先輩はあれでクラスでも浮いていることはないと言うし、テスト範囲を教えた級友からちょっと遠いコンビニのスイーツを貰ったと喜んでいたこともある。ミステリアスと言うか変な格好のミイラだと言えば否定はしないし、逆に笑って見せることもある。ヒッヒッヒ。あの笑い方もどうかと思う。それも恋する少年には魅力的に映るのだろうか。キツネさんだって美人なのに。なんだって素顔の知れないあの人を選んだんだろうなあ、こいつ。

 とりあえずプリン代を払って貸し借りの無いイーヴンな関係に戻っておく。強いて言えば百目鬼先輩はチョコよりもあんこ派だ。が、そんな情報は要らんだろう。百目鬼地獄の端末さんは何人か知ってるけれど、そこから辿って行くにはあまりにも細く脆い糸だ。下手をすればこっちが叩かれる。ハエのごとく。誰もいない教室で、俺と乙茂内はうーんと困ってしまう。探偵部に入部する条件。毎昼一緒に飯を食えること。キツネさんと百目鬼先輩に好かれること。それぐらいだろう。それがない人間には、まあことりさんみたいに人畜無害そうな依頼人になるしかない。しかし今のこいつの依頼は百目鬼先輩と仲良くなることだ。ぐるぐる回る、ウロボロス。訪れるのは永遠か自滅か。

 大体ミステリアスなんて条件で人を好きになるだろうか。それはただの外見だ。こいつは百目鬼先輩の何を知っているんだろう。問うてみると赤い顔をされて、いや、と首を振られる。どういう意味だろう。ブルガリア人か?

「正直一目惚れだったんで何にも知らないんだ。だから君たちに訊いてるんだけど、こっちもあんまり知ってることがなさそうでちょっと空振りかな……」

 はは、と頭を掻いて笑う藤堂。空振りとはずいぶんと失礼な言われ方をしたもんだ。車通学だから家も知らない。クラスは二年A組。甘いもの好き。ただしあんこ系。どら焼きとか。羊羹とか。一度余り物だと言ってタッパーにあんこ入れてスプーンで食ってた時にはさすがに引いた。でもその程度だ。俺が引いた経験を話しても意味はないだろう。ぴぽん、と隣で窓辺に腰掛けている乙茂内の携帯端末からラインが音を立てた。覗き込んでみると、音声データが添付されている。何だろうと何気なく再生してみる。

 聞こえたのは男子達の下品な笑い声だった。

『何、お前マジであのミイラ女に告白したわけ? いやすげーわ、ははははは』

『だってあの人の持ってるネットワーク使えば三年間テストのカンニングし放題も良い所だぜ? 俺進学組だから二年ぐらいまでは優等生でいたいんだわ。それにはあの人のネットワーク、超使える』

『だからって彼氏候補になってみるとか、お前もぶっ飛んでるなあ』

『だってあの人俺の名札見ただけでフルネームまで当てて見せたんだぜ? 脈ありじゃね?』

『ねーって! あの人全校生徒の名前覚えてるって話だしよ!』

『そんなにねーかなあ』

『まあがんばれよ若人! ははははは』


 一分ぐらいの会話だが、それは俺達の藤堂に対する見方を百八十度変えるには十分だった。

 ちっ違うっと立ち上がった藤堂から乙茂内を庇うように俺は藤堂の前に立つ。

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