第2話

 しかしキツネさんの家業と言うのも気になるな。探偵部としての勘がうずくぞ。いつの間にか芽生えてしまった妙な勘が。

 やめだやめ、君子危うきに近寄らず。李下に冠も正さず。怪しいことしてるってばれたらどうなるか分からない。以前部室のロッカーで釘バット見付けた時のうすら寒さが戻って来た。しかも使用済みと思しき鉄錆が浮いてたんだ、怖すぎる。さてではキツネさんの何を考えてみよう。いやキツネさんである必要はない。百目鬼先輩だって乙茂内だっていい。この胸のもやもやを晴らしてくれる課題――課題?――課題……。

 やっべ数学の課題やってねえ! 俺は慌てて教科書とノートを出す。昨日教わった公式ですら覚えてない俺に、課題とは地獄門の上に刻まれた言葉に近い。考えろ、人よ。

「じゃあ次の課題、三十七番から二番まで!」

 恨むぜこの苗字! と、肩に何かがぶつかった。三つ後ろの乙茂内が、シィ、とウィンクしている。投げ付けられたのはノートのきれっばしだった。そしてそこには俺が当てられている課題があった。サンキュー乙茂内! でも借り作ったのは怖いな! 論理だてて順序だてて式を構成していく。探偵なんてのは乙茂内が一番似合うんじゃないだろうか。あの部の中で。一人は何もかもを俯瞰してるし、一人は情報ネットワークなんてチートなものを持っている。俺はと言えば犬だ。走れない吠えもしない忠犬ハチ公だ。ハチ公に失礼か。すまんハチ。許してくれ。と、俺は黒板にかりかりと課題を写して行った。

 結果は花丸だった。


「こーたくん? 美女に何か言う事あるよね?」

 ホームルームの後で近付いて来た乙茂内の言葉に、俺ははーっと溜息を吐いた。やっぱりタダではなかったか。たまには奉仕と言うのも良い物だぞ、乙茂内よ。善意だったら良かったが、そんなこともなく、俺は乙茂内に大きな借りを作ってしまったようだった。

 取り敢えず携帯端末で連絡を取ったのは百目鬼先輩だ。音ゲーのサビが二秒ほど流れた所ではいはいっと声が届く。

『美女ちゃん? どったの放課後なんかに』

「あー乙茂内じゃなくて犬吠埼です。犬吠埼哮太」

『あ、そーいや美女ちゃんのサブマシン借りたって言ってたね、後で登録直しとくよ。んで? 何の御用かな? 哮太君』

「キツネさんち教えてください」

『二万六千円』

「ちょっ金取るんですか!? しかも法外な!」

『ネットワークだってタダでは動かせないよ。情報屋って言っても良いかな。それに仲間の私的なことはそりゃ慎重にもなるよ。多分隣に美女ちゃんもいると思うけど、人はただでは動かない。勿論あたしもね。しかし今更だねー、知らなかったとはこっちも驚きなんだよ』

「そんなに有名なんですか?」

『それは秘密だね。サリーちゃんだね、アッコちゃんだね。取り敢えず用がそれだけなら、切っちゃうよん? それからキツネさん追い掛けた方が早いと思うなーもうチャリ置き場行ってるだろうしにゃー』

 煮ても焼いても食えない鬼だった。ぷちっと携帯端末を切ると、聞こえていた乙茂内にはあっと息を吐かれる。

「二万六千円は高校生のお小遣いにも痛いものがあるよー……哮太君自転車二ケツで」

「だからその予定はない」

「美女が漕ぐから!」

「そう言う問題でもない。取り合ず今日は諦めろ」

 ごろ、と雲が鳴く音がする。この調子なら明日は雨だろう。と言う事はチャリ通の俺達はバスと徒歩だ。キツネさんはバス。そこに合わせて追い掛ければいい。

 ぴしゃんっとどこかに雷が落ちた。まるで責めてるみたいだ、下心のもとに雨乞いする俺に。でも俺だけじゃない、乙茂内もだ。悲しいことは半分。ぶーっと頬を膨らませた乙茂内の様子にちょっとだけ笑って、俺はその視線に背を向ける。

「明日は策があるからそれまで我慢しろや」

「絶対だよ! 明日は絶対なんだからね!?」

 子供の様に叫ぶ乙茂内に、俺はひらひらと手を振った。さてバス停はどっち行きだろう。そこが問題だ。と、俺はチャリ置き場の見える廊下に張り付く。南だ。じゃあ明日も帰りは南側のバス停を使うだろう。小銭――は、要らないな。磁気カードが十分使える範囲だ。それに今時小銭しか使えないバスもないだろう。少なくとも首都圏では。中学の頃に使ってたのが残ってるから、まあ大丈夫だ。中学はバス通だったのだ。向きは反対だったけど。でもどこでも使えるだろう。一応チャージはしておくか? 他にも使えるし。購買もジュースの自動販売機は対応済みのはずだ。それで良いだろう。所詮チャリ通の範囲なんだから、大した距離でもない。

 しかし二万六千円とは他人を信用していない値段だよなあ。いじめとやらの後遺症がそれなんだろうか。百目鬼先輩にすらその塩対応とは。一体何をされたと言うのか。何で隠れたがるのか。思えばキツネさんの事なんて何にも知らないんだな、と、俺は外履きに靴を替える。チャリ置き場に向かい、明日の雨乞いの為の逆てるてる坊主でも作ろうか、なんて考えて。

 さあ、チャレンジの時間だ。

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