第5話

 冬が過ぎて春が来て、キツネさんは惜しまれつつも卒業し、家業の手伝いに入った。行けばいつでも会えるんだけど、なんだか行きづらくて、俺と乙茂内はまだ行けていない。百目鬼先輩は噂を聞いた途端直行したそうだが、綺麗な巫女さんがいるとおみくじ売り場は大繁盛だったらしい。一時的なものよこんなの、姉の時もそうだったもの。笑ったキツネさんの顔は、ちょっと、見たかった。


 そして四月も終わろうとしている二十五日。

 校舎の中でも一番奥にある部室の前に、佇んでる女の子がいた。

 弁当箱の巾着袋を振っていた指を止め、俺は首を傾げる。

 小学生ぐらいに見えない事もない、痩躯。

 縁の太い眼鏡が印象的だった。


「あ、乙茂内美女先輩と、犬吠埼哮太先輩ですねっ!?」

「え、あ」

「う、うん。そうだよ。あなたは、新入生? もしかして、入部希望者っ?」


 嬉しそうな乙茂内に、はいっと少女は答える。

 わー、後輩が出来たよ! と喜ぶ乙茂内は脇に避けて、俺は少女に問う。


「俺も犬吠埼で合ってるけれど、君は?」

「私は佐伯貫子さえき・ぬきこと言います! 一年F組です!」

「佐伯、って」

「そうなのだ!」


 新部長として校内で勧誘を行っていた真っ青な髪の百目鬼部長が、いつの間にか俺達の後ろに立っていた。


「キツネさんがいつか言ってたじゃあないか、来年は妹が入学してくる予定だって! その妹さんさ!」

「タヌキちゃん、って呼んで下さいね。貫子ってなんか可愛くないんで」

「タヌキで良いのか……」

「可愛いじゃないですか、タヌキ。うちの林にも時々出ますけど、逃げ足早くて可愛いんですよ!」


 貫子ちゃん――タヌキちゃんは笑う。その顔はちょっと、キツネさんに似ていた。


「さー、ばりばり活動頑張っちゃうぞー!」

「おー!!」

「まずは腹ごしらえだ! そして勧誘! 楽しむぞー!!」

「百目鬼先輩はまずその両目眼帯外してからの方が良いと思います」

「こう?」


 存外あっさり外された顔は。

 眼がぱっちりしてて、普通に可愛い子だった。


「……。…………。……………。あんたとタヌキちゃんと乙茂内で勧誘してくれば男は大体釣れるよ!」

「外見に惹かれる男に興味はないの。人間中身だよ、哮太君」

「そうだよ~、美女だって天パーが無かったら結構地味だから、アイロンでストレートにして出掛けると全然声かけられないもん」

「私で釣れますかね? ロリコンはお断りだなー」

「俺は何でここにいるんだろう……」

「そんなの決まってるじゃん」


 にしし、と百目鬼部長は笑う。


「こっくりさんの、言う通り!」

「へ?」

「美女ちゃんのクラスの男子片っ端からこっくりさんで聞いて行って、誰が探偵部にふさわしいか選んだのさ! そして選ばれたのが君だったのだ、犬吠埼哮太君!」

「犬吠埼哮太君!」

「犬吠埼哮太君!」


 びしびしびしっと三方向から指を差され、俺は頭を押さえた。

 なんと言うか。

 キツネさんは卒業したって言うのに、まだこっくりさんの盤上にいる気がする。

 あの時見たキツネさん作成の、チラシの上から逃げられない。

 小綺麗な顔した探偵部から、逃げられない。


「取り敢えずご飯だー!」

「おー!」

「わーい!」


 そろそろ会いに行くんで、お帰り下さい、こっくりさん。

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