義兄と兄、出会う①

「退屈だ…ああ本当につまらんぞ」


「お兄様…それで今日、五回目ですよ」


 自室で大企業の重役のような椅子に深く腰掛けて足を組みながら有原卿哉は誰に言うでもなく呟いた。 


 彼のすぐ横で同じく豪奢な椅子に女の子らしくチョコンと座っている麻里沙が本を読みながら口を開いた。


 確かに彼は苛立っていた。 それは内と外。 つまり学生である彼の学園での楽しみとプライベートでの行動に制限がかけられてしまっていたからだ。


「なぜ代表取締役である俺が出社するなと言われなければならんのだ!」


 苛立ちが限界に達したのか椅子から立ち上がって叫ぶ。  


 その際にチラリと傍らに居る妹である麻理沙を見るが、彼女は呼んでいた本から少しも視線を外さずに無感情に返事をする。


「それはお兄様のヤンチャが過ぎて宗兄様から叱られたからではないでしょうか?」


「う、うん…そ、それはそうなんだが…」


 予想外の冷たい反応に戸惑いながらも、それでも彼は気を取り直して再度吼える。


「大体あのお局がいかんのだ!たかが社員の分際で宗兄に告げ口なんぞするから…だいたいなんだってあの女はでしゃばりなのだ!我の崇高な理想を欠片も理解しようとしない……麻理沙もそう思うだろ?」


「…………………」


 無視である。 露骨なまでに無視である。


 彼女は兄である卿哉の言葉を黙殺していた。


 まるでその物言いが聞くに値しないとまでにある意味雄弁に彼女は物語っている。


 その沈黙の理由を理解している彼は、妹を諦めて別の存在に救いを求める。


「そ、そう思うだろ?メイドよ?」


「は、はあ…」


 麻理沙付きであるメイドのシャンティは気まずそうに返す。


 ほんの少し前、麻理沙の命を狙っていた暗殺者として日本にやってきた彼女は標的である彼女の説得(という名の脅迫)によって仕えることとなった。 

 

 その彼女にしても前職(とは言ってもある意味休職中であるが)で培った冷酷さでもさすがにこの空気にはいたたまれなかった。


 別に卿哉の理想に理解があるわけではない。 むしろ狂人とも夢想家ともいえる彼の考えには正直どん引きすることが多い。


 それでも彼女の主である麻理沙の代わりに返事を返すくらいの気遣いはしてやってもいいと思えるほどに室内の空気は強張っていた。


 息が詰まりそうな緊張感。 そしてそれが深窓の令嬢とも言えるくらいの少女が放っていることに対して彼女は畏敬とも畏怖とも言える感情を持たざるを得ない。


 麻里沙の態度が卿哉に対してだけは少々冷たいことは屈折し過ぎてある種、真っ直ぐに育ってしまったが故の愛情表現とも言えることは兄もメイドもわかっている。


 だが今回は違う。 明らかに麻里沙もまた不機嫌であった。


 それはわかりやすく態度や言葉で表す双子の兄である卿哉とは違い、ともすれば微笑ましいとか可愛らしいとも言えるかもしれないものとは違って恐怖さえ覚えるような代物だった。


 そしてそんな不機嫌な理由は兄もメイドも理解していたがゆえにそれ以上は何も言えずにただただ時間が止まったかのような無音が室内に充満し続けている。


 ふと麻理沙がパタンと本を閉じる。 それだけでも二人の心臓が少しだけ早くなる。


「はあ…お兄様の憤りは一部理解できるところもあります」


「そ、そうだろ?麻理沙よ!我が妹よ!お前も我と同じい、い…か…りを…」


 憤りの言葉は途切れ途切れとなった。


 彼よりもやや身長の低い麻里沙が真っ直ぐに彼を見ている。 表情には僅かな微笑みを浮かべてはいるが、それが表層的なモノである事に気づいているからだ。


 いやむしろそれは威嚇にも似た行動かもしれない。


 その証拠に卿哉だけでなくシャンティもまた射抜かれているように身動きが取れないでいる。


「ええ、あくまで一部です。でもそのせいで私まで宗兄様にしばらく来るなと言われる羽目になったことをどうか忘れずに…というか巻き添えを食らった妹の気持ちを考えて少しは黙っていることは出来ないのですか?」


「そ、それは俺なりに…だな…考えて…」


「…涼子さんのことは私も腹に据えかねています。けれどここ最近のお兄様のハッチャケ振りは私から見ても目に余りましたので…」


「だ、だって…あの女が…お局が…悪いんだ、お、俺は悪くなんか…ないんだ!」


 普段の尊大な物言いと反比例するように同年代よりも遥かに年少な態度になってしまう。

 

 何気に彼にとって宗雄とはまた違う形で麻里沙は頭があがらない存在であるからだ。


 少し涙目になっている兄にさすがにそれ以上は何か言う気が失せたのか、困ったように麻里沙は溜息をつく。


「それならまた学園であのプラスガウンタックに扮してみればよろしいのでは?」


「ブラックファントムだ!オマケ付きの玩具みたいに言うな!だがな、妹よ?それが出来ないからこそこうやって自室で我は不遇をたもっているのだ」


「…?ああ、つい先日に透火お兄様にボロボロに負けてしまってスーツの修理が完了していないんでしたわね」


「ま、負けたわけじゃ…ない。あれは戦略的撤退だ」


「ああ、そうとも言いますわね」


 そうなのだ。 事実彼が考案し、そして作り上げた学園に混沌と恐怖を撒き散らす謎の存在、ブラックファントムスーツは先日の戦いで大きく損壊していた。


 ファーストコンタクトでは透火のアルジェント零式を圧倒していたのだが、その後に彼がその扱いに慣れて使いこなしていくことで、最初にあった優位はどんどん縮められてしまっていた。


 そして先だっての闘いで修理が必要なほどに大きく損壊させられてしまったのだ。


「くそっ、これもあれも透火とあの女のせいだ…」


「半分以上はお兄様のせいですわね、とにもかくにもこれを機会に少しは自重することを覚えてくださいまし」


「いや…まて…これはこれで好都合というものではないか?逆境を乗り越えることでさらなる成長することだろう…そう考えれば神とやらがいるのならば随分と味なマネをしてくれる。ふふっ、よかろう、我は有原卿哉…この三千世界で最も稀有なる存在、必ずやこの事態を乗り越えてみせるぞ…ふははっはははは!」


「……はあ、もう好きにしてくださいな」


 『駄目だ、こいつ』という感情を吐く息に込めながら彼女はこの場を去ることに決めてメイドを促して部屋を出ていく。


 一人残された自室で卿哉ことブラックファントムは独りで高笑いをするのだった。

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