最終話 最も度し難いのは人間

「おい、そこまでわかっていてなぜ真の吸血鬼たちはそれを止めない?旦那は吸血鬼の王だろうに!」


「ははは!おもしろい!話はまだ続くぞ。


どうやらノーライフパウダーで作った奴隷が反乱をおこして、炭鉱の居住区を脱走したそうだ。やつらは人間との区別がつかない。なにしろ日光の下でも歩いているし、言葉もある程度喋れるしな。奴らはレプリカント人造人間たちと名乗り仲間を増やし、自分たちを作ったキルトリア人に復讐を考えている。


キルトリアが内密にオレに協力を依頼に来たぜ。なにしろ、人間には見分けがつかないノーライフパウダー奴隷を、オレたち吸血鬼は区別がつくからな。血の味がまるで違う。


人間どもはレプリカント人造人間たちをつかまえて、特定の質問をかけることで判別できるとか言ってやがる。論理性が破綻してるから答えられないって道理だそうだ。


ちなみにその結果何が起きていると思うか?」


カチュアが青ざめた顔で答えた。


「無関係な人も・・・」


「そうだ!なかなか俯瞰できているなお嬢ちゃん、為政者の素質がある。そう。国にとっては好都合だ。反国家分子や思想的な危険人物を逮捕し、調査も裁判もなしに一方的にレプリカントと認定し、投獄し処刑しているわけだ。」


「狂ってる・・・」


ドラキュラの話を全て信じるつもりはなかったゼンも、この国の状況を鑑みると辻褄があうことに怒りをあらわにする。


「つくづく人間ってのは度し難い生き物だ。どうだ?我らの眷属になりたくなったか?」


ゼンは、ドラキュラの口から出てくる人間の業の深さや、度しがたさにうんざりしてきた。同じことは傭兵時代に腐るほど見てきたにもかかわらず。


「キルトリア人に恨みをもつ復讐鬼ヴラド・ドラキュラ公。この状況下で真の吸血鬼のあんたらがキルトリアに復讐するってことか?」


「ははは。我が最愛の妻を焼き殺したキルトリア人に復讐?人間どもは既に地獄の業火に焼かれておるわ。民を化物に変えて同士討ちをしてでも国という組織を存続しようとするのが人間だ。やつらを利用し尽くすのもまた一興だな。


だが、この国を値踏みしてみるとだな。復讐の刃を立てる価値もない。復讐とは本来それに見合う相手にするものだ。既にもがき苦しんでいる奴らに刃を立てても意味が無い。国民も統治者も、根底が腐ってるから、いちど滅んで再建したほうが、復讐の刃を立てるに値するかもな。ははは」


ドラキュラは勝ち誇ったかのように高笑いをした。カチュアはブルブルと震えている。人間の業の深さだろうか、それとも自分が信じて身を捧げた神の無力さにだろうか。


「どうして・・・神様はこんな・・・人間って・・・」


「全能なる神が作った世界が、なぜこんなにも破綻してるかって?


それはな、神様はいるんだけど、不在なんだよ。ただいま席を外していますってことさ。


だから別のやつらが神の席に座ろうと必死なわけさ。それが人間か吸血鬼かそれともドラゴンかってことだ。いろんな奴らが代わる代わる席に座っていじりまわしてたら、そりゃ世界は崩壊してくさ。」


ドラキュラは雄弁に持論を語る。カチュアはきっと睨み返した。


「それでも負けないわ!わたしは自分の信じた道を歩むの!お父さんが悪事に加担しているならそれだって止めてみせる!」


「ほう・・・いい目をしているな。どうだお嬢ちゃん、オレと一緒に世界を再建でもしてみるか?」


「じょうだんじゃないわよ!!ぜったいお断り!!!」


暗く深刻な話が、カチュアのいつもの逆ギレで一気になごんだところで、ゼンは話を戻した。


「ヴラド・ドラキュラ、あんたはこんな話をオレたちにして、何を望むんだ。オレと決闘までして。」


「おまえが我が契約を履行するにふさわしい男か試すためだ。そしてなるほどいい腕だ。よく練上がった剣技だが、まだ成長する余地はじゅうぶんあるだろう。そしてここからが本題だ。このドラキュラとの取引を提案しよう。」


ドラキュラは、ゆっくりと葉巻を口に含んで煙を転がした。それからじっくりと時間をかけて次の言葉を続けた。


「取引の内容はこうだ。炭鉱の居住区を脱走した男女4名のレプリカント人造人間たちを捕獲してオレのところに連れてこい。特にリーダーのエルメロイ・ベイキーは手練の剣士だが・・・殺すなよ。生きたまま連れてくるんだ。」


バウンティハンター賞金稼ぎの仕事が取引か?なら見返りは?」


「いまこの場での身の安全を保証しよう。」


それを聞いてゼンもカチュアもゾッとした。確かにいま兄妹が力をあわせて闘ったとしても、ドラキュラには勝てない。おまけに背後には、獰猛なウェアウルフであるラウルが待機している。


「それから前払いとして、そこのお嬢ちゃんに浄化エクソシズムの魔導書をやろう。既に契約が終わっているから、権利を委譲すればお嬢ちゃんならすぐ使えるだろう。仕事を完遂したら報酬としておまえのオヤジの居所をおしえてやろう」


浄化エクソシズムの魔導書があればノーライフパウダーを飲まされたダイアンを救うこともできるし、カチュアが完成させようとしている解呪の薬品精製に大きく一歩近づく。父親に関してはこの時点では真偽の確認のしようがない。ゼンはこの取引をなおも頭の中で天秤にかけた。


「・・・断ったらどうする?」


「断らない。それにいまのお前を殺すのは造作も無い。それから断ればラウルが連れ込んだ女を我らの正式な眷属にする。それはおまえらは望まんだろう」


ゼンは続けて質問をつづける。


「もしオレがレプリカントの男女4人を連れ帰れなかったら?」


「例えばエルメロイ・ベイキーに殺されるってことか?ふむ、人手不足を補うならラウルをおまえにつけてやろう。戦力としては申し分ない。いいなラウル?」


「は、承知しました。」


ラウルが忠実な執事のように引き請けた。


「・・・ワンちゃんまで加わるか。そりゃ心強いな」


ゼンは苦笑した。自分が任務に失敗すればラウルが引き継ぐだろうし、放棄して逃げればラウルが殺しにくるだろう。


この取引の前にこれだけ真相を語るということは、背後にはもっと大きな策謀があるはずだ。


「他に裏があるんだろ?」


「そりゃもちろんだ。」


「・・・わかった。取引を交わそう。」


「ハハハ。懸命な判断だ。さあこっちに来い。契約の書をとりかわそう。」





こうしてゼンとカチュアは、ドラキュラとの謁見を終えた。腕にはダイアンを抱きかかえていた。


「お兄ちゃん。さがってて。すぐに治療しなきゃ」


ダイアンをロビーのソファに横たわらせる。顔が土気色で、ゼェゼェと息をしている。あきらかに苦しそうだ。カチュアは杖をかざすと浄化エクソシズムの詠唱をはじめた。詠唱の言葉は、古代の神聖語であり、ゼンには聞き取れない言葉だった。ドラキュラと交わした取引で、報酬としてもらった浄化エクソシズムの魔導書を、カチュアはドラキュラ立会いのもとに契約完了させていた。


巨大な光がたち、ダイアンの身体が少しだけ宙に浮くと、そっと地面にまた降りていった。


「お兄ちゃん終わったよ。浄化エクソシズムが完了した」


「そうか。強くなったなカチュア」


ゼンは眠るように横たわるダイアンの顔をなで、ノーライフパウダーの毒素が抜けていることを確認した。


「ヴラド・ドラキュラ、怖えぇおっさんだったな。」


「お兄ちゃん、だいじょうぶなの?あの人に利用されてるってことはないの?」


「そうかもな。だとしても、俺達はやつの取引にすがるしかなかったしな。」


カチュアは心配そうにゼンを見つめた。しかし、そこには確固たる自信が備わっていた。いまカチュアは神聖魔術を誰よりも使いこなせる自信があった。ドラキュラだろうがレプリカントたちだろうが、兄を傷つける敵には、容赦ない神罰を下す決意と実力があるからだ。


館を出ると夜はあけはじめ薄明るい朝陽がさしていた。


「さて・・・朝になったな。町に帰るか。おい、おまえはどうするんだ?」


ゼンは兄妹の近くに佇む人狼ウェアウルフラウルに話しかけた。


「オレはお前たちにつくことを命令されている。」


「あい、わかった。」


傭兵稼業が長かったゼンにとって、新参者が隊列に入るのは慣れた話。契約がとりかわされている限りは背中を刺されることもない。おまけに剣を交えて実力を認めた者であれば申し分ない。


「カチュアはいいのか?旅のお供が増えるわけだが。」


カチュアはラウルに向き合う。


「ダイアンさんの件ではいろいろあったけど、ドラキュラさんはわたしに浄化を譲ってくれたし、ダイアンさんも治ったからもういいわ。」


「感謝する」


ラウルはカチュアに礼を言った。ゼンは二人を見渡す。


「では、町に戻って飲みなおすとするか。ラウル!おまえイケるだろ?」


「ちょっと!お兄ちゃん!まだ飲むわけ!?もう朝よ!!何考えてるわけ!?」


騒ぎ立てるカチュアを横目に、ラウルはジャケットに手を差し入れると、一本の酒瓶を見せた。


「おぉぉ!!?これは・・・・ストラス ブランヴァディアス!!!超高級ウィスキーじゃないか!!ドラキュラの旦那の差し入れか!?」


「・・・いや、酒蔵から盗んできた。」


「ぷ!!とんだ執事だな!」


「あははは!」


ゼンにつられてカチュアも笑う。


「おまえらがレストランでオレの飲み仲間をみんな殺しちまったからな。飲む相手を探しているところだ。」


「あのクズどもはおまえの飲み仲間!?そりゃ悪いことした!でもおまえもうちょっと友達選べよな!」


「ちょっとお兄ちゃん!言い過ぎよ。ごめんなさい、わたし調子に乗って魔術で塵芥ちりあくたにしちゃった!」


じゃなくて、塵芥ちりあくたにしたんだよ!なにがかもだ!」


「・・・いや、むしろありがたい。あいつらにはポーカーの負けをずいぶん借りてたからな。」


兄弟と人狼は疲れた体もいざ知らず笑いあった。


「はぁ、でもあたしお腹がすいたし眠たいわ」


「いったん町まで帰ろう。ダイアンを家に返してやらないといけないしな。」



こうして兄妹はダイアンを連れて町に帰った。



ゼンとカチュアの兄妹による父とノーライフパウダーを探す旅は、人狼ラウルを仲間に加えた後に、レプリカント人造人間たちとの死闘とキルトリアを揺るがす政治闘争へとつながっていく。



それは新しい物語のテーマとなりうるだろうが



この物語はここで終わった。


(完)

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やがて増えゆく吸血鬼 kirillovlov @kirillov

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