第15話 剣の語らい

悠然と応接室を出て行くドラキュラ。ゼンとカチュアはドラキュラの後を追い、後ろを固めるようにラウルがピタリとつく。案内されたのは、地下の練兵場だった。そこに入ることを許可されたのはゼンだけで、カチュアは扉の前で待つことを告げられた。


「お兄ちゃん・・・吸血鬼の王様なんかと1対1で戦うことになるなんて・・・」


カチュアは心配のあまり手足が震えた。ゼンの剣技がいかに優れていたとしても、吸血鬼の王を相手に勝てるとはとても思えなかった。家族を失う悲しみがまたやってくるかとおもうと、胸が張り裂けそうになる。




ゼンが地下の練兵場の扉をくぐると、壁に様々な武器や、弓矢の的が設置された大部屋が広がっていた。


「さぁこれより先は剣で語り合おうか。つまらん問答で退屈させることがないよう目線をあわせてやる。」


「・・・あぁ!やってやるよ不死者の王よ!」


ゼンはスティレットを抜いた。ドラキュラも刀身が短い黒鉄の短剣を抜いた。奇しくも短剣対短剣の闘い。


ヴラド・ドラキュラは明晰な戦略もさながら、凶暴な吸血鬼たちを力でねじ伏せる力をもった王。ゼンがドラキュラを倒すには、奇襲前提でふいをつき急所への一撃で仕留めきるしかないが、練兵場のような遮蔽物のない閉鎖空間で1対1となると圧倒的に不利になる。ましてや戦闘が長引けば、無限のスタミナと再生能力をもつドラキュラには勝てない。


先手を仕掛けたのはゼンだった。


「いくぞ!」


ゼンは全力で左足から踏み込んで、一直線にドラキュラの懐に迫っていった。既にドラキュラは剣を構え迎撃体制に入っていた。ゼンの剣技は、相手の急所を一撃で撃ちぬくゆえに、強襲や奇襲がメインになる。実力的に上回っていれば迎撃の間もなく相手を圧倒できるが、実力が上の相手では、ゼンの圧倒的な突進刺突は迎撃されてしまう。


「策もなく正面から仕掛けるか。人間にしてはよく練った剣速だが、オレにはあくびがでるな。」


ドラキュラが間合いに入ってきたゼンを迎撃しようとした時、ゼンは眼前でおもいきり跳躍した。視界から一瞬で消えたゼンは、ドラキュラの頭上を超えて背後を狙った。


「バカめ!空中であればなおのこと串刺しにしてやるわ!」


ドラキュラがふりかえり、背後をとろうとしたゼンを串刺しにしようとしたその時、背中から胸にかけて強烈な衝撃が貫いた。


「ハァハァ・・・なんとか奇襲成功だな。」


ゼンははじめから一直線でドラキュラの心臓をめがけて刺突を放っていたのだ。


「きさま・・・魅了の魔術チャームをかけたな。」


ゼンは吸血鬼が得意とする、相手を魅了する魔術を詠唱していた。ゼンの攻撃を迎撃しようとしたドラキュラがこれに意識を向けた時、魅了の魔術チャームにかけゼンが頭上を超えて背後を狙うという「幻覚」を見せた。振り返ったドラキュラの背後をとらえ、ゼンが渾身の刺突を撃ち放った。


「フン・・・おもしろい。だが・・・」


「あーらら。やっぱ一撃じゃ倒せないか・・・」


ドラキュラの心臓を撃ちぬいたはずだったが、それでも倒れていなかった。剣を構えると、ゼンへの斬撃を繰り出していった。ゼンも、ドラキュラの斬撃をギリギリでかわしながら、スティレットの二撃目を狙っていた。


「ヴラド公!あんた何を知ってるんだ?」


「お前こそ何を知る?ノーライフパウダーを根絶でもするのか?」


ゼンはゆっくりと間合いを探りながらドラキュラに詰め寄る。


「オレたちは親父を止める必要がある!」


「フン。粉はあくまで結果に過ぎん。根源を根絶しない限り、いくらでも新しい粉はうまれるぞ。」


「それで人間に絶望したおまえは、人間を絶滅させようってのか」


「人間の業の深さは吸血鬼の比ではない。我ら眷属は血を求めるだけ。おまえらはすべてを望もうとする。それゆえ地獄の業火に焼かれるのだ」


ドラキュラの繰り出す斬撃は、少しづつゼンを圧倒していき、徐々に追い詰めていった。勝敗は既に決まったようなものだったが、ゼンの眼は、ドラキュラの心臓をまったく諦めていなかった。


「ククク。ちょっとした暇つぶしかと思いきや、なかなか楽しませてくれる。」


「おいおいまだこんなもんじゃないぜ旦那。おめぇの心臓、必ずぶち抜いてやるからよ」


ゼンは、スティレットを腰の鞘におさめると、おなじく左の腰にさげたもう一刀に手を伸ばし、一抹のためらいとともに刀を抜いた。


「・・・ほう。妖刀か?いや・・・それと全く逆か」


ゼンの抜いた刀の放つ、禍々しいオーラに、ドラキュラはほれぼれと魅入った。


「この刀に名前はない。悪魔を狩る役目を神から授かった天使が、その任務に没頭するあまり、悪魔だけでなく悪に染まった人間を狩り続けた時に使った刀と言われている。その天使は大天使に断罪されるまで、悪魔と悪人を狩り続けたって聞くけどな」


刀を構えたゼンは、正眼の構えをとり、あらためて吸血鬼の王に対峙した。


「この刀には悪魔と罪人の魂がしがみついている。刀を握ってられるのも、オレの精神力じゃ3分が限度だ。だから3分でケリをつけてやる!」


「3分!!わざわざ課せられた制約を告げるか!それともそれもふっかけか!?」


「さぁ・・・どっちかねぇ」


「いいねぇ!小僧!それでこそ人間だ!神の武具を魂ひとつで押さえつける気迫、全力で相手してやろう」






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