第14話 駆け引き

ドラキュラは手にしたグラスの酒を傾けながらそう言った。芯が強く遠くまで響いてきそうな声質。それにルビーのように真っ赤な目。まるで、目があった者を無意識に服従させそうな、カリスマに満ちた不思議な目。その目線でふたりをむかいのソファにすすめた。ゼンとカチュアは警戒しながらも、ドラキュラのすすめるままソファに座った。よく使い込まれた皮のソファで、深々と座ると全身がソファに受けとめてもらえるような安心感を感じる、すわり心地の良いソファだ。


「へぇ。ストラス ライラ。ハイランド地方ライラ島にある蒸留所で作られるウイスキーだ。いい酒だね。」


ゼンが、ドラキュラの席におかれた瓶を見て銘柄を答えた。


「・・・小僧、酒の味がわかるか。」


「その蒸留所は閉鎖されて50年経ってるからね。幻の酒と言われて久しい。採水する泉は妖精ケルビーが棲むほどうまい水がとれるって聞くけど、ぜひ味わってみたいな。」


「水の精に愛される蒸留所は高価な葡萄畑より貴重だ。蒸留所とともに造り手ももういない・・・ともに杯をかたむけても?」


「もちろん。」


ドラキュラは満足気にゼンの杯にウィスキーを満たす。琥珀色の美しい液体がコップに満たされ、すぐにフルーツを発酵させたような甘美な匂いが漂ってきた。ゼンは軽く礼をして杯をドラキュラに傾けた。


「たしかにこれはいいウィスキーだ。」


ゼンは、ホストから注がれた素晴らしい酒の味に感嘆の声をかけた。ラウルとの闘いで張り詰めた意識と、吸血鬼の王を前にした緊張感が少しだけ和らいだ。カチュアは二人の男のやりとりを緊張しながら見ていた。


「くくく。葉巻もやるか?・・・」


「ほう・・・クバネイティス産か」


ゼンが興味深そうに木箱を覗くと、カチュアが出しゃばってきた。


「ちょっとお兄ちゃん!!ダメよ禁煙中でしょ!」


「!?・・・そ、そういうわけだ。残念だが、今回は遠慮させてくれ。」


ゼンは丁寧に断った。


「お嬢さんはどうだ?オレンジジュースか?」


「む?ちょっとなによ。」


カチュアもからかわれたことがきっかけで、緊張が少し溶けた。


(なにこの和やかな雰囲気。兄さんは、いつもの煙にまくやりかたが通用するとでもおもってるの?それにダイアンさんはすぐにでも治療が必要で、吸血鬼化がもうはじまっているかもしれないのに)


「この謁見の目的だが、おまえたちがオレの望みを果たせるかどうか値踏みをするためだ。ラウルの報告によると腕はそこそこと聞いたが」


「お褒めの言葉をありがとう。オレたちの目的はそちらの人狼が連れ去った女性を取り戻すことだ。」


「ほう、ではその女を解放すれば、あとはオレの望みのままにするということか?」


グラスをサイドテーブルに静かに置くと、ゼンは丁寧にそしてはっきりと吸血鬼の王に尋ねた。


「人間として健康な姿でという条件をつけたい。人狼はノーライフパウダーを彼女に使った。」


「・・・それで?」


ヴラド公は鋭い眼差しでゼンを見つめる。彼の言う値踏みが既に始まっているかのようだ。


「彼女を吸血鬼にするわけにはいかない。」


「なら諦めろ。いちど眷属になったものは人間には戻れない。」


「眷属じゃないだろう。」


ゼンはかまをかけた。ヴラド・ドラキュラがわざわざ自分たちを館に招き入れた理由を探ろうとしていた。カチュアは固唾を呑んで二人のやりとりを見守っていた。


「眷属じゃない・・・か。そうだな。だとすると、我々とは無関係の話になるが?」


「おれたちはノーライフパウダーを探して旅をしている」


「探してどうする」


「精製方法を知った上で治癒を再現可能な魔術に昇華する。それからノーライフパウダーを根絶させる。」


「ほう。とすると、ラウルが連れ込んだ小娘を治癒させるのがこの謁見の目的とでも?」


「それはきっかけにしか過ぎない。」


ドラキュラはゼンとの問答を満足気に楽しみながら酒を味わった。ゼンは平静を装いながら手のひらに浮かんでくる汗を隠そうとした。回答をまちがえば、ほしい情報は出てこないから。


「なるほど。人助けはあくまでついでとでも。いいだろう誤解をひとつ解いてやろう。我々は粉は所有してはいる。だが作ったのは我々眷属ではない。」


「作ってはいない?どこからか奪ってきたものでもないのか?」


「ふむ、そうともいえるが・・・どうも目線があわないな。」


ゼンはいぶかしんだ。目線があわない?やりとりに失敗したのか?吸血鬼の興味を損ねたのか?いずれにせよ吸血鬼の心の中は深淵だ。ましてや、相手は吸血鬼の王。


「これ以上の問答にはいささか飽きてきた。その先は自らの剣で問うてみよ!小僧」


「あぁはじめからそうするつもりさ。」


ドラキュラがゆっくりと立ち上がった。ゼンもすっと立ち上がると、闘志をむきだしにしてドラキュラを睨んだ。


「ドラキュラ様。こちらに。」


さきほどから部屋の隅にて待機いていたラウルが、いつの間にかドラキュラの横に立った。


「戦闘の支度ができた。ついてこい。剣を交えて王の目線にあわせてやる。剣士ゼンよ。」




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