第4話 吸血鬼が出没する町

「ちょっと、あなたたち・・・あの、なんて言ったらいいかわからないけど。ありがとう。」


ダイアンがひとまずの礼を伝えた。


「いいのよ!でも、あいつらなんなの?」


カチュアがまだ怒りながら窓の方を睨みつけている。


「この町は、吸血鬼の根城と近いから、吸血鬼の首を狙ってハンターが出入りするようになったんだけど・・・」


「なかには徒党を組んで村に居座って、守り代をせしめるようになった連中も出てきたわけか」


ダイアンの説明の続きを、ゼンが言い当てると、彼女はうなずいた。


「あいつらは、この町の酒場にたむろするゴロツキ。吸血鬼騒ぎがなければ、野党にでもなっていた連中よ。あのラウルは特に危険。平気で人も殺すような残忍なやつ。お父さんも・・・」


「なるほどね。奴らに金をたかられて、ボコボコにされたってことね」


「・・・」


カチュアが心配そうにダイアンの背中に手をやる。


「でも、やつらメンツを潰されて。。。この先が心配だわ。」


ダイアンが思い出したように、ゼンとカチュアの顔を交互に見て心配する。自分の店の危険よりも、見ず知らずのふたりの心配をしてくれる。ゼンもカチュアも心優しいこの女性に好感を抱いた。


町から町に旅をする兄妹にとって、行きずりの優しさだけでも心温まるものだ。


「だいじょうぶ。当分やつらはこないよ。」


ゼンが言った。


「どうして?あれだけ揉めたし、それに何も解決してないわ」


ダイアンが不思議そうに尋ねる。


「あの手のゴロツキは金を巻き上げるのにリスクは侵さない。俺達がこの店に通ってる限りは下手はうってこないだろう。ま、この店のコーヒーもドーナツもうまいし、しばらく通うことにするよ!またよろしくな。ダイアン」


「・・・でも、あなたたちは旅人だわ。あなたたちが去ったあとはどうなるの?」


ダイアンが不安そうに尋ねる。


「あいつらとはすぐにぶつかるさ。なんたって、カチュアの神様をバカにしたんだもんなぁ?おとしまえをつけねーと。なぁカチュア!」


ゼンが、カチュアの頭をグリグリと乱暴になでる。


「ちょっと!お兄ちゃん!なんなのもう!!怒るわよ!」


ふざけて妹をからかっているように見えるゼンだが、その目はまったく笑っておらず、目の奥に狩人のような冷たい殺意すら漂っていることに、ダイアンは素人ながら気がついた。


「え、えぇ・・・。わかったわ。ありがとう。でもきょう入ったばかりのお店なのに、なんでそこまで・・・」


「俺達は旅人だからな。こういうおいしい食事を出してくれる店は重宝するんだ。そんだけさ。」


こうして兄妹は店を出て行った。




店を出て通りを歩く姉妹。カチュアは遠慮しがちにゼンに声をかける。


「ごめんね。お兄ちゃん気まぐれであんなことになって。」


「おいおい、気まぐれでおまえはさっき何しようとしてたんだ?詠唱もしないで、なんか神々しいもので抹消しようとしてなかったか?」


「あー気にしない気にしない。あれはあいつらがね・・・」


こうして賑やかに話しながら、姉妹は通りを歩いていった。




姉妹を見送ってから、ダイアンはどっと疲れたようにカウンターに座った。壊れた食器やテーブルを片付けるため、お店はいったん閉めた。


キルトリアに吸血鬼が蔓延してから数年。この町にはハンターがよく出入りするようになった。ダイアンの働くレストランでも、訪れる客の多くが吸血鬼狙いのハンターになっていった。


たしかに、吸血鬼の襲撃は恐ろしい。でも、自分の生まれ育った町が、なにか血生臭く物騒な空気に染まっていくのもまた恐ろしかった。この町はダイアンが生まれ育った町とは、どこか違う何かに変わってしまった気がする。


そんな中、明るく屈託のないけれど、どこか悲しい影を感じる兄妹を見ていて、ダイアンは心が安らいだ。


希望とまではいかないが、ゆっくりと狂っていくこの土地に、何か良い風が吹くのではないか。


そんな気にさせる不思議な魅力を感じたのだった。



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