大陸横断列車 ブラックホース 03

 大陸横断列車・ブラックホース。それはその銘の通り、彼等の住まうこの大陸を縦横と駆巡る私有列車だ。停車するのは機械都市の様な大都市だけに限らず、様々な小さな都市を訪れるという。ただの移動手段というより、旅行鉄道の趣きが強く、充実したサービスと毎度違った路線を走るという事で、繰り返し乗車する客も少なくない。鉄道に因る移動を重視するこの世界で、その名は遠く大陸の端、辺境都市群までも届くと言う。


 ――引き続き、場所は食堂車。機関士であるキースは仕事があると機関車両へと戻り、ジューダスは自分の部屋へとそれぞれ場を去っていた。車両内にはシルベスターとマリアベル、そしてベンジャミン、テルシェの四人。バジルはコンパーメントで区切られたキッチンに居た。


『さて、乗車にあたって君達にこのブラックホースの事を説明しなければなるまいが――』


 そう言ったのはそのブラックホースの主、機械鎧の老人ベンジャミン。大きな体をサイズの合わない椅子へ器用に収めて、若いカップルと同じテーブルを囲んでいる。

 シルベスターとマリアベルは、静かにベンジャミンの話を聞いて――は、居なかった。


「……シルベスター……これ、アボックさんのより美味しいかも……」

「むぐ、従業員としては認めたくないが……これが有名列車の力か……!」


 もぐもぐ。あむあむ。

 二人が手にし、頬張っているのは先程出されたばかりのパンだった。緊張が解けた途端、ぐぎゅうと空腹を訴えだした彼等の胃の為に、バジルが用意してくれたものなのだが、これしっかりとした弾力を持ちながらも柔らかく、一度舌に乗せれば芳醇な味の広がる絶品で、その芳ばしい香りも手伝って、彼等の心を掴んだのであった。小さなバスケットに山と積んであった筈のパンは既に残り二つとなっている。


『はは、喜んで貰えて光栄だが、パンで腹を満たしてしまうと、他が食べられないぞ?』

「あっ、すみません、話は聞いてますから気にせず続きを」

『人の食事の邪魔をする程野暮ではない。急ぐ話でもないし、ゆっくり楽しんでくれ給え』


 そこへコンパーメントの扉が開き、バジルの大声が響いた。


「おーっしゃ! 本日の昼食、海沿都市で採れた旬のホタテをふんだんに使ったシーフードドリアあああああ! お前等、海の味わいに溺死しろ!」


 丸いお盆が分厚くなった様な胴体と間接のついた足を持った自駆機械オートマタが、その平坦な頭部に料理を乗せ、車輪を転がしながらテーブルへと運んでくる。


《シーフードドリア ヲ ゴチュウモン ノ カタ》


「あ、はい」

「私も」


 お盆型給仕自駆機械オートマタの質問に、二人が返答する。すると、それはピカピカと何度か緑色の目を点滅させ、配膳の為のアームを動かし始めた。


「ここ、自駆機械オートマタも使ってるんですね」


 シルベスターの呟きに、隣のテーブルにて携帯ゲームで遊んで居たテルシェが反応する。


「そうだよー、去年機械都市マキナシティに行った時、あたしが選んだの。可愛いでしょ?」

『一応、この列車にも給仕サーバーが二人居るのだがね、混雑している時や、こうした時間外の接客には重宝する。常に準備が整っているバジルは良いが、給仕の二人は他の仕事をしている事も多いのでな。ここ十数年で世界の技術指数は格段に上昇したが、矢張り最先端は機械都市、特に自駆機械オートマタは他都市では未熟な技術だ。良い品を手に入れるなら機械都市に限る』


 機械を全身に纏った人間に言われると、中々説得力があった。


「そっか……貴方、機械都市製なのね。うん、お仕事ご苦労様」


 基本的に自駆機械オートマタが好きなマリアベルはそう言って、優しく微笑む。

 会話している間に、お盆型給仕自駆機械オートマタはシルベスターとマリアベルの前に料理を並べて終えて居た。ゴユックリ、と言って、それは再びバジルの居るコンパーメントへと引っ込んだ。それと入れ違いになるようにして、今度は別の車両へと繋がる扉が開き、一人の少年が食堂車内へ入ってきた。


「何だ? あんた達」


 黒く長い髪を一つに束ね、服装は白いシャツに灰色のズボン。小さな木箱を一つか抱え。

 食事に手を付け始めていた二人を少年は怪訝な顔で見、それから自分の雇い主がそこに同伴している事に気が付いた。


『紹介しよう、彼等はシルベスター殿とマリアベル殿。この度諸事情によりこのブラックホースの客となった。唐突ですまないが、何時も通り世話を頼む』

「はあ、また気紛れですか?」


 少年は眉根を寄せてベンジャミンを見る。どうやらこの列車に於いて、今回の様な事は珍しくないらしい。


『ワタシは常に一貫している。気紛れなど起こした事はない』


 鎧の奥で笑うベンジャミンに少年は溜息を吐いた。


「ま……オーナーのお人好しは今に始まった事じゃないですね。――俺はコンラッド。ここの給仕……と雑用を担当してる。何か有ったら俺かハーティ……もう一人の給仕に言え」

「宜しく、シルベスターだ」

「マリアベルよ。間違えはしないと思うけれど」

「こんなに可愛いけど、俺の彼女なんで口説いちゃ駄目ですよ?」

「口説くかよ」


 シルベスターの軽口に、コンラッドは至極嫌そうな顔をした。これまでの乗員とは違って、下手な冗談は好まないタイプのようだ。

 ふと、ベンジャミンが口を開く。


『そうだ、コンラッド。今、仕事は残っているか? 若し何もないなら、ハーティを探してきて欲しいのだが。彼等を部屋に案内して貰いたい』

「ああ、良いですよ、バジルのオッサンにコレ届けに来ただけなんで」

「聞こえてるぞコンラ! てめえ晩飯を特別唐辛子トッピングにすんぞー!」


 コンラッドの歯に衣着せぬ物言いに、キッチンからバジルの怒声が飛び、ぶつくさと不平を言いながら少年は荷物を抱えてコンパーメントの扉へと向かう。


「仲が良いんだね、ここの人達」


 料理を口にしながら、マリアベルは騒がしいキッチンの方を見遣る。


『はは、今は客が少ないので少々気が緩んでいるようでな。普段はここまで客の目を気にしない訳ではないのだが』

「まあ、堅苦しいよりかは、俺達は楽だけど」


 騒がしいのは、二人とも嫌いではない。機械都市の市場での人々のざわめきは、人々の繋がりでもあったから。

 二人の食事が終わりに近付く頃には喧騒は止み、むっすりとした表情で(加えて何故か額の一部を腫れ上がらせて)、出てきたコンラッドは、ベンジャミンに言い付けられた仕事をしに、他の車両へ向かった。その後、コックの勝ち誇った顔を見て「馬鹿面」と称したテルシェと馬鹿と言われた当人との第二戦が勃発していたが。


「あー、美味かったし、腹は一杯だし、満足だ……」

「シルベスター、その侭寝て牛にならないでね」


 すっかり空になった器が、白いテーブルクロスの上に並んでいる。普段の食事よりワンランク、いやツーランク程上のものを食し、二人はすっかり満たされていた。タダだし。

 そこへ、再び車両のドアが開き、また別の人物が入ってきた。


「――あ、丁度良かったみたいですね」


 それは、一見男とも女ともつかない姿だった。短く揃えた癖の強い髪に、涼しい目許。けれど、良く見ればどちらであるかハッキリと解る。何故ならその人物は、女性給仕用の短いスカートを穿いていたからだ。

 彼女の姿を確認し、ベンジャミンが話し掛ける。


『ハーティ、お前に任せたい事があって呼んだのだが――』

「あ、はい、コンラ君から聞いて居ます。お客様のご案内を、と」


 少し緊張気味の所作。

 可愛いと言うよりも、凛々しいと表現した方が相応しい顔立ちの女性だった。顔立ちは良い方なのだが、矢張りどうにも中性的で、寧ろ短い髪のせいで男性的だと言えよう。お世辞にも可愛らしい給仕服が似合っているとは言えず、服装さえ変えてしまえば、充分に美少年として通用するだろう。僅かに、大人しそうな雰囲気だけが彼女に女性らしさを添えていた。

 ハーティと呼ばれた女性は、主の正面に座った二人の客人を見る。


「ハーティと申します、シルベスター様、マリアベル様、以後お見知りおきを」


 ぺこりと頭を下げられ、つられて二人も軽くお辞儀をしてしまう。


「あの……別に、様とか付けなくて良いですよ……?」

「えっ、いえ! そんな、お客様ですから!」


 シルベスターの提案に、ハーティはぶんぶんと全力で首を左右に振る。


『彼女は未だここの仕事に慣れて居なくてな、お手柔らかにしてやってくれ』

「お、オーナーがこんな服を支給されるからです……!」


 恥ずかしそうに短いスカートの裾を押さえるハーティ。自分の趣味で着ているのではなく、単に仕事着として着せられているだけらしい。何とも哀れではあるが、その恥じる姿は可愛らしい。


「…………」

「シルベスター。初対面の女の子の太股をじっと見るのは、紳士としてどうかと思うの」

「はっ! ち、違っ!」


 悲しき男の性か、無意識の内に徐々に視線を下げていたらしく、シルベスターは慌てて顔を窓の方へと逸らす。ハーティの方と言えば、思わぬ事に頬を真っ赤に染めていた。


「あ、あの! それではこちらへ!」


 何時の間にかやってきていたお盆自駆機械オートマタに空の皿を乗せると、彼女は慌てて扉へ向かい、二人もそれを追うのであった。



 食堂車から車両を一つ跨いだ客車に案内される。ぴかぴかに磨かれた飴色の床に、外から差し込む光が反射している。ブラインド式の窓に遮る物は何も無く、遠く広がる青空と緑の草原を見渡す事が出来る。窓の向かいには扉が三つ並び、その真ん中の四○三という金属のプレートがある部屋の前でハーティは足を止めた。

 彼女が部屋を開錠している間、シルベスターとマリアベルは端まで綺麗に磨き上げられた床を感心したように眺める。


「……こういう所って赤い絨毯が敷いてあるイメージだったけど、こっちの方が壮観だなー」

「ぴかぴかだね。私達、場違いだわ」

「ここは廊下ですからね。汚れた乗務員も通りますから……あ、でもお部屋は絨毯ですよ」

「えっ」


 硬い金属音が響き、ゆっくりと扉が開かれる。ぽっかりと空いた四角い空間の中には、ハーティの言った通り高級そうな赤い絨毯があった。更に、美しい曲線を描く腕を幾つも携えた照明器具があり、彫り物をされたオーク材の大きなベッドが二つあり、壁には品の良い絵画が何点か飾られ……兎に角、一般庶民な二人から見て物凄い部屋がそこにはあった。


「…………」


 ぱたりと、シルベスターは扉を閉じる。


「……何か、間違いの様な物が見えたけど」

「え? あの、す、すみません、ご不備が……」


 失礼があったかとオロオロと表情を迷わせるハーティ。それを、マリアベルが優しく声を掛ける。


「落ち着いて、小鳥。私達はその部屋の内装の素晴らしさに臆しているだけだよ」

「い……良いの? こんな高そうな部屋……」


 無賃で乗せている予定外の客にこの待遇は破格にも程があるのでは無いだろうか。


「はい、オーナーはそうだと……あ……出来れば、綺麗に使って頂けると……」

「OKマリィ、塵一つ、存在の痕跡すら残さないように!」

「頑張る」

「無茶ですお客様っ!?」


 ビシっと親指を立て合うカップルは、そしてそおっと、一度閉ざした部屋の扉を開く。

 そこには――


「――先程から、何をしているのですかお二方」


 そこには、不思議そうに輝いている(ような気がする)機械の目が一つあった。

「うわあッ!?」

「…………」

「ば、バレルさん!?」


 ――そう、バレル。生身の体に鎧を纏うベンジャミンとは違い、全てが機械で出来た鋼鉄の人型自駆機械オートマタ銃身バレルの名を持つ彼は相変らず用途の判らない装備を身に着けた侭、軽く会釈した。


「ていうかさっき開けた時は居なかったよな!? 何時の間に!?」

「先程は入口から死角になる場所に隠れて居りました。侵入自体は随分と前になります。貴方方がこの列車に滞在すると決定された後、指定されるであろう部屋を予測計算し、速やかに鍵を開錠、入室後施錠しました」

「何してるんですかバレルさん!?」

「お邪魔しております」


 最新鋭自駆機械オートマタは冗談も言えるようだった。頭を抱えるハーティを脇目に、バレルは淡々と話をする。


「お二人にお会いしたく、こうして待って居りました」

「……不覚だけれど。私、こんなにも突っ込みたくなったのは始めて」


 何事も受け流す事の多いマリアベルとしては中々に珍しい事である。


「えーっと……で、何の用かな? ……バレル、だっけ」


 何とか混乱から回復し、シルベスターは無表情なオートマタに尋ねる。


「いえ、何も複雑な話ではなく、単に同じ乗客として、車内を散策したり、お茶の時間を楽しんだりしたいと思いました」

「…………」


 普通だった。怖いくらい普通な発言だった。人外の者として、彼はそれで良いのだろうか。

いや、シルベスターもマリアベルも人外の矜持等知りはしないが。

 というか最近のオートマタは紅茶もエネルギーに変換出来るのだろうか……?


「それなら、これから車内を回るから一緒に行かない?」


 そう提案したのはマリアベル。


「若し、貴方が良ければだけど。……シルベスターは良いよね?」

「ん、マリィが良いって言うなら俺は全然構わないけど」


 バレルには色々と驚かされるが、二人とも彼を嫌いだとは思わない。だから余り迷いはせずに申し出を承諾する。


「良いかな、ハーティさん? 案内する奴が増えちゃうけど」

「はい、私は構いません、皆さんに楽しんで頂ければそれが何よりですから」

「有難う御座います、ミス・ハーティ」


 微笑むハーティに、バレルは軽く頭を下げ、表情の代わりに仕草で感謝を伝える。


「じゃー俺達、少し準備してくるから待っててくれ」

「お荷物は見当たらないようですが?」


 手を振り部屋に入るシルベスターに、きょとんとその空の手を見つめるバレル。

 当然である。二人は普通の乗客とは違い、何の準備もせずにこのブラックホースに乗り込んだのだ、手荷物などあろう筈もない。


「埃っぽくなっちゃったからね、少し綺麗にしたいの、女の子としてはね?」

「そういう事女の子に言わせちゃあ駄目だなー男としてはさ。……男じゃあないかも知れないけど」

「成程。すみません、ミス・マリアベル」

「ううん、気にしないで」


 くすりと笑うと、マリアベルは少し煤けた白い服を翻し、洗面所へと向かって行った。


 ◆ ◆ ◆


 ――……。

 ――目標座標確認。

 ――時速壱弐〇キロにて走行中。

 ――追尾なるかや?

 ――是。是哉。

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