2月14日

 あるところに2月14日がいた。

 2月14日は日付だ。

 カレンダーを部屋に飾る人間は皆、2月14日と出会う。

 2月13日の翌日。2月15日の前日。

 それが2月14日。


 2月14日自身は人間たちと出会うことを特段楽しみにしているわけではなかった。

 しかし2月14日は人間たちの間では特別な日とされており、ある人間は歓迎し、ある人間は嫌悪し、ある人間は決意を胸に、ある人間へと贈り物をする。

 とはいえ2月14日は、自分がどのような意味を付与されていようが構わなかった。

 2月14日にとって、自分は日付でありそれ以上でも以下でもない。

 ただ、2月14日は、自分を創り出した人間のことが嫌いではなかった。

 2月14日は、人間たちが「良い一日だった!」と最後に思ってくれさえすれば、来年を待つまでの間すこしだけすっきりした心持ちでいることができた。


 2月14日23時48分。


 2月14日がそろそろこの年の仕事を終えようとしている時のことだった。

 ふと、とある少女の姿が目に留まった。

 少女は部屋のベッドの中で泣いていた。

 人間たちにはよくある失恋だった。

 贈り物を渡そうとしたのに先を越されてしまい、少女が好意を寄せていた人は他の人のものになった。

 ふたりの間で、たどたどしくも幸せな時間が流れ出し、少女はそれを邪魔するくらいならと、ラッピングした小箱を後ろ手に隠した。

 家に帰り、部屋にこもり、何度も想いを殺した。

 殺しても消えなかった。


 嗚咽を漏らして少女は泣いている。

 少女を毛布が包み、毛布を部屋が包み、部屋を夜闇が包み、夜闇を2月14日が包む。


 2月14日は日付だ。

 2月14日自身に何かを変える力はない。

 2月14日は人間たちのことが嫌いではなかった。

 2月14日は、人間たちに、自分のことを「良い一日だった!」と思ってほしかった。


 だから2月14日は祈った。

 2月14日に合わせる両手はなく、唱える舌もない。

 それでも2月14日は祈った。

 夜の闇を、すこしでも月光が照らしてくれますように。

 少女の部屋が、誰にも泣き声を聞かせまいと決意した少女を守ってくれますように。

 毛布が、冷えた少女の小さな身体を深く深くあたためてくれますように。

 あなたは私という日付に強く意味を込めた。

 ならば必ず明日にも意味を込めることができる。

 そして、明日の明日の明日の先で、私はまた、あなたを待っている。


 私は2月14日。

 たとえただの日付に過ぎなくとも。

 きっと特別な日。

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