第二十二節 ナイドルの試練 二
「どれだけ調べても、サジェの人物像がわからなかった。月の民の有力部族がカノープスの動きを見張るために遣わした人物だということしか、
「キミの演じるサジェは、熱血な感じだよね。パブリックイメージとは違っている。でも、あれがキミの想像するサジェなんだろう?
「〝月明の剣〟でのサジェの行動を読んで……」
神殿でずっと退屈していたというヴィルジェーニアスは、カノープスたちとの戦いを望む。それが騎士にふさわしい試練だと。そして、カノープス、ブランヴァ、サジェの三人のうちの誰かがヴィルジェーニアスに一太刀でも浴びせられたら、月明の剣を貸し与えると約束する。
神であるヴィルジェーニアスが、戯れに人間と戦う。勝算があるかどうかすらわからないが、カノープスたちには応じるほかなかった。
「戦いは、圧倒的に不利だった。だが、ブランヴァが囮になって隙を作ったことでカノープスとサジェは勝機を得て、ついにはヴィルジェーニアスのドレスの裾をわずかに斬った……と、
「なんで? 仲間だし、それくらいはするんじゃないか?」
「ブランヴァは、カノープスに心を開いていたんだろうか」
「へっ?」
「〝エルトファルの修行〟の時点では、ブランヴァは風の民であるカノープスを見下していて、姿を見せなかったとある。真昼の姫君エステーリャの騎士であるカノープスは、陽の民の王族にかなり近しい者だ。エルトファルとの間にも友情があるように読める。そんな人物にもブランヴァは、心を開いていなかった……」
陽の民は、この世界の最高神である
「ブランヴァが囮を買って出たのは、主であるエルトファルがその場にいたからだと考えた方が、筋は通る……と思う」
「そうだね。でも、断言はできない。
「未だわからない、と……ただ、俺の解釈で演じてみろ、とも。だから俺は……エルトファルを演じるつもりでオーディションに臨み……受かってしまった」
受かってしまった。
その言葉の選び方からは、まさか自分が受かるはずがないという驚きと、本当は受かりたくなかったという苦悩の両方が窺えた。やはりユアンは、チャリティーストーリアへの出演を望んでいなかったのだろう。レグルスには、それがわかった。
ユアンが俯くより早く、レグルスは口を開く。
「先生たちがみんなで話し合って、それでもユアンが受かったってことは、ユアンの解釈はありってことだろ。ユアンの考えが正しいんじゃないのか?」
「……確信があるわけじゃない」
「確信に至ることはできないよ。ボクたちよりもずっと
デネボラの冷静な意見には、その通りだとしか言いようがない。
「ぬうう……でも……ヴィルジェーニアスは、乗り越えられない試練をおれたちに課すのかなあ……」
レグルスは、話しながら考えを整理する。
「ヴィルジェーニアスは、ユアンが疑問に思ってることを知ってて、試練の内容を決めたような気がするんだ」
おそらくヴィルジェーニアスは、学園の中に潜み、レグルスたちを観察していた――あるいは、神であるがゆえに、森羅万象を知っていた。
「試練っていうより、試験っぽいというか。騎士には戦いを求めて、ナイドルには……ナイドル候補生には試験を、って感じでさ。実技試験なら体調管理が大事だから水分を摂るべきだし、直前まで教科書で復習するし」
三人は自然と、テーブルの上に現れた冷茶と教科書を見やった。
自分たちはまだ学生に過ぎない。教員や脚本家のような深い造詣もない。そんな自分たちでも乗り越えられる試練でなければ、すべてが止まったままになってしまう。
「あの女神は、そんなにやさしいかな?」
デネボラは忌々しそうに毒づく。
「それこそ、確信はないです。でも……なんか、そんな気がするんです」
ユアンはひどく不安げな顔をしている。デネボラも、不遜な口ぶりとは裏腹な表情だ。どうやらユアンの強い不安が、デネボラにも伝わってしまっているようだ。
「なあ、ユアン。このあとどうなるかはわからないけど、何もしないでいたら、何も変わらない。おれたちもこのままだし、チャリティーも再開できない」
「……」
黙りこくるユアンに、レグルスは言葉を尽くす。
「不安なままでもいいよ。アステラパシーは、おれには効かないし。デネボラさんに何かあっても、おれがなんとかするから」
レグルスは立ち上がった。
「やってみよう」
胸の奥が熱を持つ。だが、痛みはない。体を流れるアステラが、穏やかに、しかし強く燃えている。
二人が、じっとレグルスの顔を見る。
「……キミの言うことには、まったく根拠がないね」
先に口を開いたのは、デネボラだ。
「でも、頼もしい言葉だ」
その顔に、不安の色はなくなっている。
「ボクはずっと薄氷の上を歩いてきた。もっと足元が危うくなったって、歩みを止めたりはしない。レグルス、ボクはキミに賭ける」
その瞳に、銀色の炎が揺らめいている。
レグルスにもユアンにもわかった。デネボラは、この一瞬で、アステラパシーを撥ね除けた――アステラパシーの影響を、堅固な意志で打ち破ったのだと。
「ボクの心は、誰にも操らせない」
桜色の柔らかなドレスを着ていようが関係ない。やはり、デネボラは格好良い。
「やってみなければ、何も変わらない……」
ユアンがぼそりと呟き、テーブルの上でぎゅっと拳を握った。
不安を押しのけようとしている彼に必要なのは、きっと、背中を押す言葉だ。
「……ユアンなら、さ」
その言葉は、自然と零れた。
「いつも通りやれば、できるよ」
「……っ!」
ユアンがそう言ってくれたから、レグルスが初めての試験を乗り越えられた。
見開かれたすみれ色の右目に、レグルスの姿が映って揺れる。一度目を閉じて、唇を震わせながら、
「……わかった。俺は、エルトファルを演じる」
と、静かにユアンは言った。
レグルスがデネボラをちらりと見ると、深く頷いてくれた。
「じゃあ、台本を直さないとね」
天井を見上げながらデネボラが言うと、案の定、テーブルの上に台本が三冊現れた。ページをめくってみれば、それぞれに自分たちの書き込みがあった。
「じゃあ、サジェの名前をエルトファルに書き換えて、ブランヴァのセリフは敬語にして……」
レグルスは再び椅子につき、台本と同時に現れたペンでストーリアに手を加えていく。その様子をユアンとデネボラが左右から覗き込み、逐一意見をくれる。
三人は時間を忘れて、修正に没頭した。
◇ ◇ ◇
「このセリフはブランヴァじゃなくて、エルトファルが言うことにして……これで……よし!」
一仕事終えたレグルスは、ふうと細く息を吐いた。
「あとは、おれがちゃんとブランヴァをやれるかどうかだなあ」
テッラ・アステラを宿すレグルスは、ブランヴァを演じたことなどない。今さらながら不安になってきた。
「話の内容を丸暗記するくらい見たんだろう。〝月明の剣〟を、アステラヴィジョンで」
「まあ……」
「脚本を直したのも君だ。きっと、俺以上に頭に入っている」
「うん、うん。レグルス、キミはキミが思ってるよりも、できるよ」
「デネボラさんまで……」
「さあ、まずは一度合わせてみようじゃないか」
デネボラはアステラ・ブレードを発現させると、軽やかにステップを踏んだ。
「レグルス。これまでも、君はしっかりやってきた。努力してきた。だから……」
ユアンもアステラ・ブレードを発現させ、一振りした。
「いつも通りやれば、できる」
「……うん」
腰に提げた鞘をイメージして、アステラ・ブレードを抜き放つ。
刀身は、炎を纏ってはいない。ただ、ほのかな緋色に輝いている。
「じゃあ、エルトファルがカノープスとブランヴァを助けてくれる場面から!」
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