アトラ③


 ■■■

 

 

 ベッドの上でカルマはスリープモードと通常モードを繰り返していた。体のどこにも損傷はない。つい最近機能停止はしたが、ドールにとっては血管にあたるコードが切られただけだ。人間ならば即失血死するような損傷だが、ドールならコードを繋ぎ直し魔力を流せば復活する。

 AI部分にはなんの怪我もしなかったため、記憶の抜け落ちもない。どうやって敵勢力の彼らを倒したかも、その後味わった死のような感覚記憶に残っている。

 

 「死ぬって、あんなかんじなのか……」

 

 最小の声でつぶやく。ドールにとっての本当の死はバックアップデータの削除かもしれない。彼らは破壊されてもすべてのパーツが入れ替わっても、同じ人格で起動できるのだから。

 しかしカルマはコードを破損したため、ゆっくりと体の魔力が失われるように感じた。魔力とAIの切断とはいえ、魔力はすぐに供給停止するわけではない。循環する血液だって直ぐに尽きるが一応は各器官に流れ、その分は機能維持できる。それと同じに、カルマの体感時間では即死ではなかった。

 その際に走馬灯のようなものが見えた。アサナギとの出会いから自分がいなくなった場合の想像まで。

 そうして彼は死を恐れた。なにかと理由をつけてアサナギを避け、部屋にこもるようにもなった。

 

 「やあやあ!見舞いに来たぞ、後輩よ!」

 

 静かな部屋にそんなうるさい異物が混入した。ふと部屋の入り口を見れば、快活な笑顔を見せるレダと申し訳なさそうなリシテアがいる。

 

 「お客様です。カルマにどうしてもユミル攻略法を聞きたいとのことで、レダを案内しました。ただしお嬢様には見つからないよう急いでカルマのお部屋に匿ってください」

 

 引きこもるカルマをあたたかい目で見守っていたリシテアだが、そろそろなんとかすべきと考えたのだろう。来客のレダをカルマの部屋に通した。その際に脅しもする。

 レダとアサナギは決めた時しか会わないと決めている。今アサナギが工房から帰ってくれば、非常に気まずいことになるだろう。

 カルマが呆けている間にレダは部屋に入りこむ。そして勝手に椅子へと座った。

 

 「見舞いの品だ。読むといい」

 「紙の本?」

 「ああ、電子書籍用マネーの方が貴殿も好きに選べて良いかと思ったが、ここは趣味を押し付けさせてもらう」

 

 レダは筋骨隆々な見た目に反して読書家で、紙の本を好む。それは簡単には消えない媒体だからだ。

 そして買った本の包みを開ける。『女の子にモテたい君に贈る誰でもできるテクニック』『女の子は怖くない』『女の子の気持ちを理解するには』の三冊。悪意ある見舞い品だった。なんの記録を残させるつもりだ、とカルマは本をその場に置いた。

 

 「それで、ユミルは強敵だと聞いた。どうやって攻略したのか聞きたい」

 

 レダは早速本題へ入る。リシテアはいつもの家事へと戻っていった。攻略法を聞きにきただけならと、カルマはそっけなく説明する。

 

 「あれは小さな体格との戦闘は慣れていない。だから俺の動きとは位置的にも時間的にもズレが生じるんだ。そこをついた。けど、一回見せた技はすぐに対策を練れていたからもう通用しない」

 「なるほど、小さい相手と組み手をしたことがないのだな。それに気付いたのならもう、とっくに対策は練られているか……」

 「単純な戦闘能力もやばいが、その見た目もやばい。強いくせにのっぺらぼうと見分けがつかないから襲撃されれば油断をしてしまいそうだ」

 「ふむ、素体として紛れこみ奇襲をかけられると終わりだな。工房に警戒させよう」

 

 最強であるレダはこれからユミルとあたる可能性が一番高い。そして戦術的にも発言権があるので指示を考えなくてはならない。それと同時に考えるのはアサナギの安全だ。

 

 「連中、またアサナギを狙うだろうな」

 「……そうか」

 「恐らくであるが、ファレノはアサナギに対して勝手に親近感を持っている。不自由な体を補うための膨大な魔力を持つ事などから共通点があるからな。『当然仲間になる』なんて思っている事だろう」

 

 

 

 

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