ユミル⑤


 「率直に言おうか。僕がここで待っていたのは時間潰しだ。仲間を待つためのね」

 「仲間……?、ノラネコのか?」

 

 カルマは勘で尋ねる。もしやファレノはここらのノラネコをしめ、リーダーとなったのだろうか。それなら少年達の彼に対する尊敬のような恐れはわからなくもない。ファレノはもう杖をついた男性ではないのだから。

 しかしそれでもまだ彼は細身で暴力がノラネコを黙らせる事が得意そうには見えない。暴力で黙らせるとしたら、扉口からまったく動かない長身の男の方なら納得できる。しかし彼はドールでもマスターでもない、ノラネコほどの身なりでもない人間だ。

 

 「違うよ。ノラネコは協力してもらっているだけだ。多分、僕を探しに何体ものドールがやってくる。ノラネコは血気盛んだから、きっと勝てもしないのにドールに喧嘩をふっかけるだろうね。だから『ファレノを探す人がいたら無傷で連れて来い』と命令してあるんだ。そうすればノラネコは怪我しない、僕らはやってきたドールと会話ができる、君は僕を発見できる。と、いい事尽くしだ」

 

 軽やかにどういう事情かをファレノは語る。最初から、ファレノはカルマやドールがここに探しに来ることを読んでいたのだろう。そして余計な争いを避けるため、事前にノラネコ達に通達しておいたという。それはファレノがノラネコをしめたという事ではないかとカルマは思うが、彼の言う仲間はノラネコではないらしい。

 

 「つまり、僕の事はスパイと考えて欲しい。他の敵勢力からやってきて、クウェイルの工房やマスターの戦力を調べていた。そしてこれからとんずらする」

 「とんずらっ?」

 「あと余裕あれば引き抜きだね。君のマスターであるアサナギ君は引き抜き対象だ。だからこうして君がここに来てくれた事を幸運に思うよ。君のような強いドールでないと破壊するだけだろうし」

 

 思考が追いつかない。頭に熱がこもりそうな思いをカルマはした。

 ファレノは故郷懐かしさに逃げ出したわけではない。最初からある目的でこの国に潜入し、目的をある程度達成して、だから逃げようとしている。

 そして最後には探しに来たドールを破壊し証拠隠滅、もしくは仲間に引き入れる。そんな内容をファレノは子供が秘密基地の作り方を語るように言った。

 追手を破壊すると言うことは戦力があるということだ。カルマは一言も発しない長身の男を見る。どう見ても彼は人間だが、もしかしたらドールかもしれない。

 

 「あぁ、オーキッドはドールじゃないよ。正真正銘の人間だ。戦闘は得意だけれど、所詮人間のうちだ。ドールに勝つ事は難しい」

 「……ドールを連れていないのか?」

 「いるけど、形が特殊なんだ」

 

 ファレノは懐に手を突っ込む。そして板のような物を取り出した。携帯端末のような大きさ。しかし液晶画面などはなく、木目しかない。板だった。

 

 「君には見せてあげよう。その方が話ははやい」

 

 板が光る。一瞬だが強い光だった。しかしその一瞬で、板は人になった。正しくはドールの素体だ。

 

 「え……?」

 「彼女はユミル。……まぁ、君達には男女差も何もない姿には見えているだろうけどね。僕にとっては可愛い女の子だよ」

 

 ユミルと呼ばれたドールの素体。成人男性並みの体格のそれは、どう見てものっぺらぼうで女の子というものではない。しかしファレノは柔らかく彼女の名を呼ぶ。まる恋人の名を呼ぶように。

 そういえばファレノのドールはのっぺらぼうだったという。しかしそれを部屋において彼は逃げたはずだ。そしてドールになる前のあんな板だってカルマは知らない。

 

 「どうして。あんたのドールは部屋に置いていったんじゃないのか?」

 「最初から自分のドールをブレインとハートだけにした板状にして持っていて、支給されたドールのブレインを入れ替えたんだよ。君の端末だって、メモリやバッテリーは取り換えられるものだろう。それを想像してほしい」

 「ブレイン?」

 「あ、こっちではAI部分だったね」

 

 聞き慣れない言葉は続くが意味はそのままだ。ブレインは脳。つまりAI。一度ドールを解体して頭の中、AIだけを取り替える。それは別人格のドールとなる。

 カルマはミモザの発言を思い出す。普通のマスターなら人の形をしたものでないと起動できないようだが、アサナギレベルのマスターならば、AIと電池さえ繋げればどんな形状であってもドールにできる、と。

 ドールを板状にすればスペースを取らず、なにかに紛れこませる事ができる。

 

 

 

 

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