ユミル④


 「どうしたんだ、お坊っちゃん」

 「ここには危ないから来ちゃいけないって、パパとママに教えられなかったのかなー?」


 ガラの悪い少年二人組からは想定していた通りの絡まれ方をした。カルマはお坊っちゃんらしい育ちの良さを出しつつ、それに用意していた答えを返す。

 

 「人を探しています。こちらにファレノという男性は来ていないでしょうか?杖をついた、若い男性なのですが」

 「ファレノさん?」

 

 どうやらこのノラネコ二人組は心当たりがあるらしい。しかし妙だ。『ファレノさん』と彼らが呼ぶなんて。柄の悪い人間にとってファレノはいいカモで、敬意を込めるようには思えない。

 男二人は視線を合わせてしばし困惑していた。そしてカルマの姿を見ながらひそひそと相談している。

 『こいつが例の?』『そうは見えないだろ』『でもこういう奴が来たら絶対連れてこいって言われているし』『見なかったことにする?』『やだよ、あの人らこえーもん』

 例えひそひそ話であっても、聴力の優れたカルマにはしっかりと聞こえていた。しかしそれでも意味がわからない。警戒されてはいるようだが。

 

 「アー、ファレノさんの居場所なら、ボクは知ってるヨー。一緒に来てくれるかナー?」

 

 ぎこちなくノラネコのが答えるが、怪しい。本来ならばついて行くべき事ではない。ノラネコ達の巣窟に連れ込まれ、金目の物を奪われるかもしれない。しかしただの人間相手ならばドールであるカルマは負けない。何よりこの二人はファレノを確かに知っている。逃したくはなかった。通信機に連絡を入れては警戒されるだろう。

 

 「ありがとうございます。案内してくださるのですね」

 「このビルの三階にいるヨー散らかってるから足元に気をつけてネー」

 

 カルマは愛想のいい笑顔を見せながらそのビルを見上げた。目的であるビルの隣。平均より低い建物だ。窓はあるし壁にヒビはある。たとえ閉じ込められても脱出は可能だろう。

 案内するとは言ったがノラネコ二人は距離をあけ、かろうじて見える範囲でついて来る。それはまるで、誰かにおびえて仕方なくやっているようだ。

 おそらく彼らは事前に誰かの命令があって、カルマを案内する事になっていたのだろう。もしかしたら、ノラネコがファレノを誘拐して、それを探しに来た人が現れたから身代金を取ろうと企んでいるのかもしれない。それならカルマが助け出せば解決する。

 

 どこかから拾ってきたらしいガラクタだらけの階段。薄暗くてつまづきそうだ。それを登りきりカルマは三階についた。ノラネコ二人はこくこくと頷く。このまま部屋に入れと言うことだ。その案内人との距離から少年達が仕掛けた罠という心配はなさそうだ。

 

 「あー……ファレノさん、いらっしゃいますか?」

 

 どう声をかければいいのか、悩みながらもカルマは猫かぶりモードで部屋の人物に声をかけ扉を開ける。部屋の中に人は居た。成人男性二人だ。一人は長身で長い髪を束ねて扉口にいる。そしてもう一人、玉座のように一つだけ置かれた椅子に座っている。その人物こそが黒髪の陰気な青年、写真のままのファレノだった。

 

 「思っていたより早かったね」

 

 陰気そうな印象のファレノだが、カルマを見ると爽やかに微笑んだ。しかしそれにカルマは違和感を覚えた。微笑みではない。目が合う事についてだ。

 彼は全盲のはず。ならば入室者の位置を把握し、微笑みを向けるなんてできるはずがない。

 こういった事は覚えがある。アサナギのように、魔力で自分にない能力をカバーしていること。

 

 「おや、君はアサナギ君のところのカルマ君か。遠くからしか見たことはないけれど」

 

 しかも見ただけでカルマの素性がわかったという。その事で嫌な予感がした。

 

 「あんた、本当は目が見えるのか?それとも、魔力で……」

 「勘がいいようでなによりだ。僕の目は見えない。それを魔力でカバーしている」

 

 嫌な予感が当たった。やはりアサナギと同じようにファレノは能力を魔力でカバーしている。しかしその魔力によるカバーはドール起動による副産物であるはずだ。ドールで魔力の感覚を掴まないで、器用に自分にない能力をカバーする事はできない。

 それも視力をカバーするのならアサナギ並みの素質の持ち主ということになる。この魔力でドールがのっぺらぼうだなんてありえない。彼は手を抜いていたという事かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

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