嘘と秘密は紙一重03

♢ ♢ ♢



「買った、買ったー!」

「ありがとう、マスター!」


買い物袋を右手に下げ、ハルは私の隣を歩いていた。ハルにとても似合う服が買えて、満足。ほかに何かないかと、ショッピングモールの中をぶらりと散策中。


「でも、よかったの?こんなにたくさん……」


紙袋を持ち上げ、ハルは首をかしげる。ニートだと初日に説明してある。お金のことを心配してくれているのだろう。


「……別に、お金は有り余ってはいないけれど、まだ当分持つからね」


仕事をしているときは、休日出勤は当たり前、たまの休みは疲れを取るために一日中寝ていた。幸か不幸か、お金なんて使う暇がなかったのだから。


「そっか」


ハルは私にそれ以上深く聞かずに柔らかく笑っただけだった。おそらく、気をつかって何も聞かないでくれたのだろう。そんなことを思っていれば


「おがあざんどごー!!!」


という涙を含んだ声が聞こえた。声をした方を見れば、4,5歳だろうか。幼稚園くらいの男の子が涙をぽろぽろ流して歩いていた。


「あの子、迷子かな?」

「たぶんね」


心配そうに尋ねてくるハルにそう答えてから、辺りを見渡す。母親らしき人はおらず、ほかの大人も知らん顔。


「どうしたの?お母さんとはぐれたの?」


気が付けば体が勝手に動いていた。膝をついて目線を彼と同じにする。


「うぐっ……、うん」


嗚咽をもらしながら彼は頷く。鞄からハンカチを取り出して、彼の目元を拭い『どこから来たかわかる?』と言えば、首をふるふると振った。


「お名前、言える?」

「……おおたけ……けんと」

「そっか、ちゃんと言えて偉いね。けんとくん、お姉ちゃんと一緒にママに会いに行こうか!」

「ママを?」

「うん!」


私が頷くと、けんと君は泣き止んでぱぁと笑顔になった。心細かったのだろう。ぎゅっと私が渡したハンカチを握りしめた。


「マスター、どこに連れていくの?」

「とりあえず、インフォメーションに。アナウンスしてもらおうと思う」


“よし!”と言って、私は立ち上がってけんと君の手を握ると、けんと君はツイツイともう片方の手で私の服の袖を引っ張った。


「どうしたの?」


不思議に思いけんと君を見れば


「お兄ちゃんも!」


けんと君はハルを見た。


「俺も?」

「うん!にぎにぎ!」


そういって私とは反対側の手で、ハルの手を握った。ハルは一瞬驚いたようだったが、やがて『うん、にぎにぎだね!』そういって、柔らかく微笑んだ。



♢ ♢ ♢



「マスターは、優しいね」


そうハルが言ったのは、けんと君をインフォメーションに送り届け、お母さんがけんと君を連れて帰るのを見届けた後。買い物も終え、駐車場に停めた車へ向かっている途中。買い物袋を右手に下げ、少し前にいたハルは振り向いた。


「え……?」

「けんと君のこと。ほかの人は、知らん顔して通り過ぎているのに、マスターだけだよ」

「……だって、心細いでしょ?」


ハルは直球に褒めてくる。それに裏がない。だからこそ、質が悪い。つい照れてしまい、我ながら可愛くないことを言っている自覚はある。


「マスターのそういう優しいところ、俺は好きだよ」

「……――ありがとう」


けれど、そんなのはお構いなしだ。こちらが恥ずかしくなる。


「それに、けんと君、あんなに泣いていたのに、一瞬で泣き止んだし、マスターは子どもと接するのに慣れているんだね」

「…………」


ハルの言葉に懐かしい光景が浮かんだ。


♢ ♢ ♢


「こんばんは!」

「こんばんは。あら、今日は一段と元気ね?何か嬉しいことでもあったの?」

「えへへ、わかる?」

「コラ、敬語でしょ?」

「はーい」

「伸ばさない」

「はい」

「うん、素晴らしい」


ころころと表情を変える子どもと接することが大好きだった。

子どもの笑顔を見るのが大好きだった。

なにより、身近で子どもの成長を見るのが大好きだった。


なのに………私は、逃げだしたんだ。


♢ ♢ ♢


「……マスター?」


はっと気が付いたときには空色の瞳が心配そうに私を見ていた。何でもないよと首を振るとハルは黙って私を見て、目を細めた。


「帰ろうか!!」


そして、買い物袋を持っていない方の手で私の手のひらを握った。


「わ!ちょ、ハル……!?」

「けんと君だけ、マスターとにぎにぎずるいからね!」

「にぎにぎ!?」

「そう、にぎにぎ!!」


ハルは私の右手をひっぱって前を歩いていく。


ハルの手のひらは相変わらず冷たいはずなのに、触れている手のひらは、柔らかく、そしてほんのり温かい気がした。ぎゅっと力強く握りしめれば、もっと確かな力で握り返してきた。まるで俺がいるから大丈夫というように。それがなぜだか嬉しくて、安心して私は口元を緩めた。


空を見上げればすっかり茜色に染まり、私たちの間を優しい風が通り抜けた。

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