第33話結束の合宿!⑨

「表に立つのは俺達だ。でも舞台は、俺達だけじゃ出来ねえだろうが。衣装は瑞樹とお前が作ったもんだし、武器だって俺は何一つ関与しちゃいねえ。シゲちゃん先生も、わけわかんねー部の顧問だってのに、俺達が頼まなくたって沢山協力してくれた。俺には音響なんてさっぱりだし、演出効果なんて一ミリもわかんねえよ。けどそうやってそれぞれで積み重ねてきたモンを、最初から『演出』って目線で纏めてきたのが、お前だろ。十分すげえだろーが。胸張っとけよ」

「啓……」

「ぼ、僕はっ!」

 胸前でふたつの拳を握る睦子の叫びに、定霜が振り返った。

「僕は、後悔しています。あの時、迅くんを説得出来なかったのは、僕にも『自分は演者じゃないから』って気持ちがあったからです。迅くんも自分と同じだって、どこかで三人と、線を引いてたんです。……逃げてたんです。お前は違うだろって言われるのが怖くて、友達だって思ってたくせに、三人を、信頼しきれていなかったんです」

「瑞樹……」

「けど、僕はやっぱり友達として、チームとして、仲間になりたいんです! 先輩達や、三人や、迅くんとも! だからちゃんと、向き合いたいんです! お芝居の事はよくわからなくても、それ以外で支えられる事は、沢山あると思うから……!」

 睦子が息を吐き出すと、吹夜が肩を竦めて「もう沢山、助けられてるんだけどな」と呆れたように笑った。

「あ! えと、これから、もっとです!」

 慌てて言い直す睦子は、どこか嬉しそうだ。

 つられて笑みを浮かべるこのめの横で、キシリと床が鳴いた。紅咲だ。表情は未だ堅い。

 定霜と紅咲は、このめがこの部に誘う前から仲が良かった。二人の間には明らかな信頼関係があったし、それが崩れたとなると、このめ達のようにはいかないのかもしれない。

「迅」

 張り詰めた緊張の中、定霜が恐る恐る顔を向ける。

「っ、凛詠サン、オレ……」

「ばーか」

 茶化すような口調に、このめは不意をつかれて紅咲を見た。

 紅い唇が三日月を描く。目端は薄っすらと赤くなっていた。

「早く割んないと、スイカ、ぬるくなっちゃうんだけど。僕、食べるなら冷えたやつがいいんだよね」

「っ!」

「もっと右だ。さっさと割って、一番美味しいとこ持ってきてよ」

「……ッス!」

 直接的な言葉はない。だがこれが、紅咲と定霜の『仲直り』なのだろう。

 タオルの上から腕で目元を乱雑に拭った定霜は、何かを込めるかのように棒を両手でキツく握りしめ、力いっぱい振り上げた。

「いっけー!」

 声が重なる。

 勢い良く振り下ろされた棒が、ガッと鈍い音を青空に響かせた。


***


「で、なんであそこまでお膳立てしたのに外すの?」

 綺麗な三角のてっぺんをシャクリと食む紅咲の横で、正座をした定霜が勢い良く低頭する。

「ほんっとサーセンした凛詠サン!」

 あの時定霜が振り下ろした棒はスイカに掠りもせず、その横の地面を思いっきり叩いた。

 結局、スイカは『終わったしー、面倒だから切ろー切ろー』と文寛兄弟があっさりと持っていき、『やっぱ冷えてないとー』と再び冷蔵庫に戻された。

 このめ達も双方の目的は果たしたと、着替えてメイクを落とし、少し早い夕食作りに取り掛かった。なんせこの人数の男子高校生集団だ。カレーを作るにも、材料を切るだけでそれなりの時間を費やす。

 料理長の雛嘉特性カレーは、美味しいが辛かった。いわく、「これでも抑えたのよ?」らしいが、杪谷と文寛兄弟以外はてんで駄目だった。一緒に並べたスイカの甘みが、いい緩和剤だった。

 食べ終わった食器を運ぶと、雛嘉に「アンタ達は残ったスイカ食べちゃって!」と追い出されてしまった。台所からは、

「ちょっとヤダ、アンタ食器洗うにも危なっかしいってどういうコトよ」

「どこが危なっかしいんだ、普通だろう!」

「いやセンパイ遅すぎですし」

「拭き拭き隊暇なんですけどー」

『ともかく割らないでくださいよー』

 と、慌ただしい声が聞こえる。

 スイカを手にした吹夜が、当然といったように、

「俺は外すと思ってたけどな」

「アアッ!? テメエはそもそも参加すらしてねーだろーが!」

「朱斗として行く場面でもなかったし、わざわざ計画した『作戦』だってのに、俺が出てって割っちまう訳にもいかないしな」

「そういえば」

 睦子が不思議そうに小首を傾げた。

「あの時、僕が割ってしまっていたら、どうする予定だったんですか?」

 チラリと見遣る吹夜の視線が痛い。

 このめは「ええーっと」と情けなく頬を掻いた。

「そこは、考えてなかったかな……。成り行きって感じで」

「んでこのめはいっつも詰めが甘いんだよ!」

「え、えへへ」

「でもほら! 結果うまくいったんですから! ね!」

「感謝しろよ」

「くっそ、その面ムカつく……!」

「迅、うるさい」

「サーセン! 凛詠サン!」

 やっぱり、こうでないと。

 数日ぶりに戻ってきた和気あいあいとしたやり取りに、このめはこっそりと胸中で安堵する。

 仲直りも出来たし、キャラの感情も、掴めたような気がする。

 今回の『作戦』はどれも、このめ一人では出来なかったものだ。この仲間達がいたから、上手くいったんだと思う。

 ふと、隣の部屋へと視線を転じると、このめ達と同じく台所から追い出されてしまった杪谷が、縁側でのんびりと庭を眺めていた。手には藍色の扇子。閉じられているそれは、たしか雛嘉の所有物だった気がする。

 このめはそっと立ち上がり、その側へと歩を進めた。

「スイカ、なくなっちゃいますよ」

 杪谷はこのめに気づくと、「ああ、うん。皆で食べちゃっていいよ」と微笑み、それから「……座る?」と少し右に腰を移動させた。

 別に譲られずとも、縁側は長い。座る箇所はいくらでもあるというのに、そうしてくれたのは、このめの話したがっている雰囲気を察してくれたからだろう。杪谷の洞察眼が優れているのか、このめがわかりやすいのか。

 苦笑して、杪谷の隣に腰掛ける。すっかり夜に沈む庭は昼間よりも静かだ。艶やかに主張していた一株の紫陽花も、寄り添いかしこまっている。

「……ありがとうございました。濃染先輩達にも話をして頂いて、お家まで」

「ううん。僕だって、この部の一員だからね。皆で成功させたいって気持ちは、一緒だよ」

 杪谷の手元で扇子がくるりと回る。

 思わず視線を遣ったこのめに気付いた杪谷は、「ああ、コレ?」と肩を竦めて、

「なんか、何か持ってないと、落ち着かなくって。まだ、『碧寿』が抜け切れてないのかな」

 部屋の明かりを背に受けて、穏やかな横顔には藍色の影がおちている。庭を眺める双眸は柔らかい。

 このめは足を抱えた。

「……成映先輩は、落ち込まなかったんですか?」

 驚いたような眼が向く。それからまた、その視線は夜の庭へ。

「うーん、落ち込んだ、んだと思う。正直言うと、よくわからなかったかな」

「わからない?」

「僕はこうして、皆で演れるのが楽しかったから。『生きてない』って言われた時も、『だって、生きてるのは僕だし』って思っちゃったんだ。それが多分、違うんだよね。……今日、碧寿として翔と話した時、碧寿がどんどん、僕を侵食してくるような感覚がしたんだ。このめくんだってわかってるのに、本気で『いつか喰ってやらなきゃ』って思ったよ。哀れに思ったんだ。妖かしと人の狭間にいる翔の事を。父親の影に縛られる苦しみが、自分と重なったりもして。不思議な感覚だったなあ」

 自分という輪郭がぼやけて、溶けて、別の存在に移り変わっていく感覚。

 このめにも、よくわかる。

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