第16話着々と前進!⑤

 妙な迫力に言葉も発せず、ジワりと冷や汗が浮かぶ。蛇に睨まれた蛙よろしく硬直しながら視線を受け止めていると、杪谷が穏やかに、


「僕達文化祭で演劇するコトになって。音響やってくれない?」

「……なんだと?」


 処理が遅れたロボットのように、ぎこちなく首だけを動かした濃染の双眸が杪谷に向く。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。


「……演劇? お前がか?」

「うん。それもね、『鬼』なんだ。凄く格好いいんだよ」

「で、アタシは成映の『式神』」

「ちょっと、待て。状況がよくわからん」


 片手を上げて制止する濃染。このめは意を決して「あのっ!」と腹底から声を出した。

 驚いたような視線が集まる中で、「これも練習これも練習これも練習!」と呪文のように胸中で唱え、このめはぐっと拳を握る。


「俺たち! 『二.五次元舞台愛好部』っていうのを立ち上げまして! このたび成映先輩と眞弥先輩にもご協力頂ける事になって! でも俺! 音響のことすっかり忘れてて! そしたら先輩方が濃染先輩ならご協力頂けるんじゃないかと教えてくれ……ください? あれ? くれまして? くださいまして?」

「わかったから、落ち着け。話は聞く」

「あっ、すみません!」


 勢い余って空回ってしまった。羞恥に顔を赤くしたこのめは仕切り直そうと思ったが、パニックに近い脳はやはり上手い次を教えてくれない。

 と、吹夜が助け舟を出す。


「スマフォ。映像、まだ残ってんだろ? コイツら勧誘する時に使ったの。アレ使えばいいんじゃないか」

「! そうだね!」


 ポケットからスマフォを取り出したこのめはててっと小走りで濃染の側に寄り、以前、紅咲の勧誘の際に使用した映像を再生しながら部の成り立ちを説明した。

 濃染は黙ったまま画面を覗き込み、このめの言葉に耳を傾けている。先程よりも随分と滑らかに言葉が出て来るのは、彼から理解しようという雰囲気が伝わってくるからだろう。

 思えば何度目かになる説明が終盤に差し掛かった頃、突如濃染の背後の扉が開き、飛びかかるようにして二人の生徒が濃染にのしかかった。


「まだお話中ですか?」

「これ幸いとサボりですかー?」

『部長権限ってズルくないですかー?』

「ぐっ! お前ら……っ!」


 背丈は濃染より低い。最後に声を揃えた二人の生徒は、それぞれ左右からヒョコリと顔を覗かせて画面を覗き込み、


「ああ、知ってるコレ」

「あやばみだー」


(あ、アレ? 双子?)


 感情の見えない平坦な声を紡ぐ中性的な顔立ちの二人は、瓜二つと言ってもいいほどに実によく似ている。違いと言ったら、セットされた軽やかな緑髪の分け目が逆なくらいだろうか。

 着用するシャツの色はペールピンク。重なるネクタイとスラックスの地は赤色だ。

 つまり、二年生である。


「いい加減降りろ!」と濃染に叱られ渋々離れた二人は、視線を上げ杪谷と雛嘉に会釈した。

「成映センパイと」

「眞弥センパイだー」

『お久しぶりですー』


 先程からそうだが、抑揚のない声を重ねるこの二人は、表情もあまり動かない。

 顔見知りらしい杪谷と雛嘉は「うん、久しぶり」「相変わらずねぇ、アンタ達は」と返した。

 次いで雛嘉はこのめと、後方で事態を見守る吹夜達へと順に眼を向け、


文寛琉斗ふみひろるとと、琉生るい兄弟。見ての通り双子よ。琉斗が『姫』で、琉生が『騎士』だったかしら?」

『ピンポンですー。この通りー』


 声を合わせてピンのつくネクタイを指に首肯した文寛兄弟は、スルリと布を落とすと、やはり感情の見えない瞳でこのめを見下ろす。


「いくら成映センパイと眞弥センパイの後輩でも、引き抜きのお誘いはゴメンだよ」

「こんな朴念仁でも、ウチの部では一応大事な部長だからねー」

「お前達はもっと言葉を選べないのか!」

『やだなぁー最大限に褒めたんですけどー』

「余計な単語が多すぎだ!」

「センパイ、カルシウム不足じゃないですか」

「煮干し買ってきましょうかー」

『明日まだ覚えてたらですけどー』

「いらん!」


 なんとなく、なんとなくだが、濃染の置かれた立場がわかった気がする。

 苦労人。浮かんだ言葉を胸に押し込みながら、このめは「誤解です!」と事のあらましを告げる。文化祭の舞台時に協力して貰いたいだけで、部の勧誘に来たのではない。


 新設の部、それも、杪谷と雛嘉が所属したという事もあり興味を惹かれたのか、文寛兄弟は濃染とは違い何度も質問を挟んできた。

 それは『あやばみ』の場面だったり、具体的な部の活動方法だったり、文化祭でのプランだったり。その時々で疑問に思った事をそのまま並べ立てたという感じだが、このめはその度に一つずつ答えた。


 まるで入学試験の面接のようだ。

 緊張に顔を強張らせたままの『査定』に満足したのか、視線を上げた文寛兄弟は濃染を見上げた。


「そういう事なら、いんじゃないですか? ウチの部、コレといった出し物をするワケじゃないですし」

「濃染センパイもー高校生活最後の文化祭なワケですしー」

『淡い青春の一ページ作り的な』

「ハイ、決定ね」

「よろしく、壮」

「どうしてお前達が決めるんだ……っ!」


 片手で額を抑えた濃染は深い溜め息をつき、次いではっきりとした声で「やらん」と言い切る。

 当然、先に了承を出していた文寛兄弟と雛嘉はそれぞれ不満を口にし、杪谷も残念そうに笑みを引っ込めた。


「ホラッ! 成映がしょんぼりしちゃったじゃないの!」

「鬼だ」

「血も涙もないー」

『かーわいそー』

「あああなんなんだお前達は! 俺の意見はどうなる!」

「……うん、そうだね。ごめん」

「っ、成映?」


 素直に引くとは思わなかったのか、濃染が焦燥に揺れる瞳を向ける。

 杪谷は薄く笑んだ。


「……壮なら、助けてくれると思ったんだけど、仕方ないね。戻ろう眞弥。このめくん達も、来てもらったのに、ごめんね」

「いえっ、元はといえば俺のミスなんで!」

「アンタ達も、邪魔して悪かったワね。さ、戻りましょ。これだけいるんだもの、ちょっと話し合えば別の案が見つかるワよ」

「本当、部活中すみませんでした!」


 頭を下げたこのめは杪谷と雛嘉に背を軽く押され、もう一度「お邪魔しました!」と告げ後を追うように歩を踏み出した。

 それこそ武舘に頼んでみようか。

 意識下で次の算段を立てながら踵を返す吹夜達に並ぶと、後方から「ぐっ!」と絞り出すような声が届いた。

 濃染だ。実に不本意だと顔面に貼り付けながら、眉間に皺を寄せ、


「……わかった、やってやる!」

「! 本当ですか!?」勢い良く振り返るこのめ。

「壮?」


 同じく濃染を捉えた杪谷の双眸から逃れるように、恨めしそうな顔で文寛兄弟へと視線を流す。


「その代わり、琉斗と琉生も手伝え! あのコントロールルームを一人で動かすのは無理だ」

「最初からそのつもりでしたよ」

「センパイ一人じゃ寂しいでしょうしー」

『俺達なんて出来た後輩ー』

「出来た後輩というのはもっと……いや、いい」


 濃染は諦めたように言葉を飲み込み、このめ達へと向き直った。


「俺達は放送部だ。だが、演劇に合わせた音響など試しがない。やるからには手を抜くつもりはないが、あまり無茶な要望には応えてやれないからな」

「っ! 全然! 大丈夫です! ありがとうございますっ! や、やったーっ!」


 嬉しさ余って後方に立つ定霜に飛びついたこのめに、


「おわっ! んだよビックリし、てねえけど離せっ!」

「あ! ごめん!」


 定霜から離れるも未だ飛び上がる勢いで喜ぶこのめの左右で、そっと視線を交わした吹夜と紅咲が「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 倣うようにして、定霜と睦子も慌てて低頭する。


「今はコッチの部活あるし、詳しいお話しはまた後日ね」


 言ったのは琉斗で、その左肩にもたれ掛かるようにして腕を置いた琉生が、「キミ達の自己紹介もその時にー」と軽く手を上げた。


「……壮」


 呼んだ杪谷が、柔らかく相好を崩す。


「ありがとう」

「……ふん! せいぜい失敗するなよ」


 このめ達が教室に戻ると、いつもより嬉しげな微笑みを浮かべる杪谷の横で、もう耐えられないと吹き出した雛嘉が「アイツ、典型的な『ツンデレ』なのよ」と教えてくれた。


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