伍日目

 強く意気込んでこの神社に来たはいいが、さてどうしよう。

 また願い事をしても、それでは意味がないだろう。意識を遠くに飛ばされるだけだろうから。

 ここは1つ、誰もいないことをいいことに――――


「あのー、もしもし!? 聞こえる!? 悪夢ー!?」


「お、おいっ!? 何やってんの!」


「何って、今呼んでんのよ、悪夢を」


 悪夢を呼ぶ? まさか、僕にあの悪夢を見させてきた張本人をか? そんな、僕にあんな景色を見させてきた奴なんて、ろくでもない姿をしているに違いない。見ただけで殴りかかる自信がある。

「――――そんな怖いこと言わんでくれよ」


 ――不意に耳元で、そんな声が聞こえてきた。この声は――間違いない。このスゥっと入ってくる声は、朝のものだ。


「誰だお前!?」


 振り返りながら声の主にそういった俺は、その後唾をのむことになる。


「なんじゃ、『神』でも見たような顔をして」


 それは本当に、神のような形をしていた。

 外国人のような天然の金髪。幼い顔立ち。それを不思議と思わせない幼い体つき。

 目も金に染まり、少し吊り上がった目は僕をしっかりととらえ、その中で僕を反射させている。肌が光を反射して、一言でこの容姿を表現するならば――悪夢とは反対のイメージの、『光』だろうか。

 その光は、和服をきっちりと着こなし、何故だかそれが似合っている。


「なんじゃ、何とか言ってみぃ」


「ちょっと!? 秋斗君はね、あなたの被害者なのよ!?」


「ほお――朝の少年は、この少年なのか。――朝とはまたちごうた顔つきをしておるから、気付かんかった」


 ――これは、心の中を読んでいるのか? 僕が命の在り方の答えに近付いたから、それを言っているのか。


「――本当に、こやつは被害者なのか? 本人は、どう思っているのか、わしは聞いてみたいのぉ」


 どうなのじゃ? と振られてしまっては、こちらは答えるしかない。


「ま、まあ。被害にあったっちゃあった、けど――いい被害だった」


 ――反応がない。声が少し小さくなったのは自分でも分かったが、まさか聞こえなかったことはないだろう。

 春さんの様子を見てみると、春さんは漫画でよくある、驚いたポーズをして、待っていたかのように言った。


「ま、まさか……秋斗君、Mだったの……?」


「Mじゃねえ!」


 その様子を見て、その金髪は楽しげに言った。


「なんじゃなんじゃ。仲が悪いのかと思うたら、案外仲の良いではないか。昨日のことはもう解消されたのかの?」


「昨日のことは、もう大丈夫。僕は気にしてないよ」


 春さんは? と振る。――返ってくる答えが何だとしても、僕は受け止める気でいる。だって春さんは、僕を受け止めてくれたのだから。


「私は……――――秋斗君が――――――」


 最後まで聞こえなかった。が、光は、春さんが言い終わってちょうど、笑い出した。


「見とらんうちに積極的になったのう! この前まではあんなだったのに!」


「そ、それは関係ないでしょ!?」


 いったい何なんだ、神っていうのは。




 それから、少しの説明と雑談を経て、色々な情報を手に入れた。

 この金髪娘、『ナイトメア』という少女は、外国の神らしく、朝の悪夢は外国の戦地の光景らしい。

 雑談は、他愛ないことや、僕のあれについての話だった。――あれの時は、ナイトメアも乗り気になったから、マジになって止めなければ危ないところだった。

 その雑談の時も、ナイトメアは終始、自らの年齢を言おうとしなかったが、口調と戦地という言葉から察するに、結構年上だろう。――だが、それで『さん』をつけてしまったら、怒られそうな気がするので気付かないふりして僕は呼び捨てで呼ぶ。

 それで、当の目的は達成(?)され、これからどうするのだろうか。春さんは、今から何をするか決めているのだろうか。


「それでね、2人とも。これからだけど――――」


 おっ。思っていた矢先に話題に挙がった。こうしてそのことを口にするのだから、それなりに計画はしているのだろう。


「何する?」


 ――――――――――――――――――何する? じゃねえよ!

 全く、これだからこのポンコツは……


「とりあえず、日も落ちてきたことじゃし、家に帰ったらどうじゃ?」


 呆れたようにナイトメアはそう言う。――お前の気持ちはよく分かる! 僕も春さんのポンコツ加減にはついていけないことがあるから!


「そうだね、帰ろうか」


「ところで悪夢って――」


「その呼び方はキライじゃと言っておろうに」


「今日もここにいるの?」


 ――え? 何言ってんの? まさか、まさかだけど……!


「もしよかったら、秋斗君のうちにおいでよ。きっと泊めてくれる」


 言いやがった! こいつ、言いやがったぞ!

 まさかとは思っていたことが起きてしまった。今の春さんはフラグを回収するのがとても速い。――まじでやめてほしい。


「まあ、暇じゃったら、行ってやらんこともない。――泊めてもらえるのなら、泊めてもらおうかの」


 少しいたずらを含めた顔でそう言うと、影に姿を落とす。

 それをしっかり見てから、僕らも家へと向かった。




 帰ると、そこにはおやじがいた。服装から察するに風呂上りだろう。


「おー、お帰りさん。どうだった、探検は」


「探検なんかしてねえんだけど」


「ちょっと西の神社に行ってまして」


 西の神社、という言葉を聞いた瞬間、おやじは懐かしそうに僕と春さんを見た。


「西の神社か……よくあそこの都市伝説とか、本当にあるのか、検証しに行ったなー……」


「……その時の話、また聞かせてくださいね」


「おうよ、その時は秋斗も一緒な」


 笑う2人をよそに僕は心の中で、絶対嫌だと呟いておいた。――まあきっと、聞かされる羽目になるのだろうけど。

 それから、春さんを風呂に入れて、僕もその後風呂に入った。――綺麗な人だからって、やましいこととかしてないからな!

 それから、飯を食い、2階に上がり、今日に対しての雑談をし、そして布団の中へと入る。


「それじゃ、お休み」


「うん、お休み。春さん」


 僕が眠りに着こうとしたとき、ガラガラッと、小さい音が耳に届いた。

 誰か風呂に入るのか? まさか、おやじが? 2度目だろうに?

 と、そんなことを思ったが、さして気にならなかったので、僕の意識は勝手に深いところへ沈んでいった。

 ――そして、僕の1日が、僕の春休みがまた1日、終わった。




「どうだ? 上の奴らは寝たか?」


「ああ、心配せんでももう深い眠りについたよ」


 ――風呂場にて、1人の男と女がいた。

 その2人は、お互いを見ずに声だけを交えていた。


「まさかお前があの女と一生を結ぶとはなぁ」


「そんなことより、どうだい? うちの風呂は?」


「なかなかよいな。外の世界にこんなものはなかったからの。――しかし、あの頃と、お前様は何一つ変わらんのぅ」


 しかし気持ちいいと、女は言う。

 それに男もうなずくばかりで、しばらくの間その空気に浸っていた。


「――しかし、お前様の息子はなかなかなものじゃぞ。あの年頃で命を知らんとは……無邪気な子供に変わらんぞ」


「……どうするかはあいつ次第だ。どうなろうが俺の知ったことではない。あいつはあいつの好きなように生きればいい」


「どうじゃか……お前はそれで一度後悔しておろうに……今更言うことではないが、お前様が傷つくのは見てられんのじゃ、今も昔も」


 女は男を心配し、それでもなお、男は己の意志を貫く。それはたとえ過去があろうと。


「まあ、お前の言いたいことは分かる。俺も昔から今まで変わらなかったわけじゃない。まあ、またお前と出会えるなんて思ってすらいなかったからな」


「それには流石のわしも同意しかねるな」


 女と男が再会を静かに喜び合う。否、喜び合っているのかさえ、本人にしか分からないことである。


「まあ、あの小僧がどうなるかは、わしらにも分からんな」


「未来が読めるわけじゃないし、――あと、俺の気持ちもお前たちには分からない」


「――黙っとれ……」


 そうして、男と女の密会が終わる。

 ――そして女は、女の元へ行く。




「久しぶりじゃの」


「――ほんとね」


 女同士の密会はその言葉で幕を上げる。


「おぬしがあやつと一生を結ぶとはな」


「まあ、あなたからしたら不思議でしょうけど、それでも私はあの人の幼馴染なのだから」


 女と女は素っ気なく言葉を交えていく。


「それとも――まだあなた、あの人を狙っているの?」


「まさか、それはない。わしが好ましく思っとるのはおぬしだけだからの」


「どーだか」


 女と女は再会を喜び合うでもなく、ただ淡々と話すだけ。


「しかし、おぬしと同じような子が、まだいるとはのぅ。わしは心底驚いたよ」


「それについては私も同感よ。――今のご時世にあんな子がいるなんて。昔の旦那と我が子の姿が重なって見えてしまうから嫌になっちゃうわね」


 女と女は互いに皮肉をぶつけあっているようにも見える。――それは自虐にも聞こえてしまう。


「しかしまあ、おぬしがここまで落ち着いた人間になれるとはのぅ。最後に出会ったときはもっとはっちゃけておったのに」


「人は変わるものよ。人間は、初めは甘くても経験を積み重ねて苦くなって、その内おいしいコーヒーになるの。そうして、誰かにその味を確かに残していくものよ」


「そうかいそうかい。――今日はこれくらいでお開きにしようか。今日はおぬしと一緒にでも寝ようかの」


「――勝手にすればいいわ」


 素っ気なく女が返すと、その反応にむくれた女が頬を膨らませる。――それは姉妹のようであり、姉妹ではないと、本能的に感じさせる光景だった。

 廊下に、1つ、2つ、3つと、足音が重なる。

 それは次第に静まっていき、時が経ち、やがて朝が来る。

 今はそれを、皆が無意識に思っている時間。

 その時間が、今日の終わりを告げる音となった。

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